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解散権制約の落とし穴 英国EU離脱の教訓から考察する

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POINT
■首相による衆院解散権に制約を求めることを、憲法改正の呼び水とする案がある。

■現在の「自由な解散権」には、民意と政治の距離を近づける意義がある。制約には慎重な議論が必要だ。

■解散権の制約を導入した英国では、ブレグジットを巡り大混乱に陥った。

■解散権の議論は、民主主義や権力分立の原点に立ち返った検討が不可欠だ。

 首相による衆院の解散権を制約することは、果たして妥当だろうか。憲法改正の有力な項目として国会で再燃する可能性があると見られているのが、現在は首相がほぼフリーハンドを握っている解散権について、何らかの形で制限すべきではないか、という議論だ。だが、2011年に解散権の制限を導入した英国では、欧州連合(EU)からの離脱を巡って政治の迷走が続いた。民意を政治に反映するルートを細めることは、議会制民主主義の不安定化を招くこともある。憲法改正論議を活発化すべきなのは当然だが、解散権のありようは、三権分立という国家の根幹に関わるだけに、きわめて慎重な制度設計が求められよう。

主任研究員 舟槻格致 

憲法改正の呼び水に

 首相による衆院解散権の制約が永田町で取りざたされている背景には、憲法改正の中でも、9条などと比べ、野党の理解が比較的得られやすそうな項目であることがあろう。

 2019年の参院選公約で、当時の立憲民主党は「解散権の制約や知る権利の尊重など、立憲主義に基づいて国民の権利拡大に寄与する観点から憲法論議を進めます」、国民民主党は「内閣による衆議院解散権の制約(中略)について、国民とともに議論を深めます」と明記した。立民の山花郁夫・憲法調査会長は、読売新聞のインタビューに「首相による衆院の解散権は、解散制度が発祥した英国においてすら、今では自由に行使することが、できなくなっている。与党の都合が良い時にいつでも解散できる今の日本の制度で本当に良いのかどうかは、まさに立法事実が存在する項目だろう」と語ったこともある。立法事実とは、憲法改正の必要性を支える事実、というほどの意味である。

 一部の野党が、衆参の憲法審査会で本格的な憲法論議に入るのを拒み続けてきた中、与党側が、野党側も前向きな論点を改正しようと突きつければ、審議に応じざるを得ないのではないか――。こんな見方が自民党内にはある。

 だが、こうした考えに落とし穴はないだろうか。

 野党側が、解散権の制約を重要な統治機構改革の課題ととらえ、真剣に検討しているのかは、疑問がある。なぜなら、民主党の野田内閣も衆院を解散しているからだ。当時、民主党内からは、自民党の挑発に乗ったような形で解散に踏み切った野田氏の「敗戦責任」を問う声が多く聞かれたが、「解散権の濫用」をたしなめる声は、ほぼ皆無だったといってよい。従って、最近の野党側の主張は、統治機構改革というよりは、いつでも解散できることを誇示する与党をけん制するという、政局的な思惑に基づいていると、まずは疑ってかかった方が良いかもしれない。

 従って、仮に、解散権の制約について議論することを野党に呼びかけて憲法審査会を開いたとしても、野党側が「憲法を改正しなくても解散権の制約は可能だ」と論議をすり替えてくることを警戒した方が良いだろう。公約のどこにも、解散権を制約するために憲法を「改正する」とまでは書かれていない。

解散権の機能とは

 ここで簡単に、日本における解散権の経緯と現状を振り返りたい。

 日本国憲法に、内閣の衆院解散権について明示した条文はない。このため憲法施行直後から、解散権のあり方を巡って激しい論争が起きた。1952年の吉田内閣によるいわゆる「抜き打ち解散」では、解散で議席を失った苫米地義三氏が、解散の効力を裁判で争った。最高裁は、衆院の解散は統治行為に当たるとして「司法権の憲法上の本質に内在する制約と理解すべきものである」と判示した。つまり内閣に自由な解散権があると積極的に認めたわけではないが、判断が回避されたことで、その後、首相により事実上無制約の解散権が行使されるようになり、今に至っている。

 学説はどう考えているのだろうか。

 日本を代表する憲法学者の中から、芦部信喜、高橋和之、大石眞各氏の見解を確認すると、以下の通りである。いずれも、三権分立よりはむしろ国民主権の観点から解散権をとらえていると言って良い。

 芦部氏は、解散は「政治的には、解散に続く総選挙によって、主権者としての国民の審判を求めるという民主的な契機を含む。ただ、発生史的には、解散は、国王が議会に対して懲罰を科するという意味を持っていた」と解説する。歴史的に解散権の意義が変化してきたということだろう。

 高橋氏は、解散権を制限すれば、議会が強くなりすぎることに警鐘を鳴らす。「国民を直接代表する議会が発言権を高めてきた歴史を基礎に考えれば、内閣が議会と対抗する武器である解散権が非民主的と烙印を押され制限されていくことも自然な展開に見える。(中略)しかし、(中略)解散権の脅威から逃れた議会が同時に国民からも乖離するという展開に陥りやすい。(中略)代表民主政を基礎にする限り、内閣に自由な解散権を与え、議会を解散の恒常的な脅威の下に置いた方がよいことが理解される」と指摘している。

 大石氏も、自由な衆院解散権を積極評価しており「解散とは、すべての議員について、その任期満了前に地位を失わせ、議院を一時的に消滅させることをいうが、内閣による衆議院解散決定権の行使は、むしろ国民意思を問う民主的方法として再構成される。したがって、その行使には特段の限界はない(中略)。というのも、議院内閣制の民主主義的な理解からすれば、国政のあり方を最終的に判断するのは国民であって、しかも内閣は総選挙後に総辞職することが義務づけられているのであるから、とくに解散決定権に限界を設ける必要はない、と考えられる」と主張している。

 三氏の見解を整理すれば、解散権とは、歴史的には「権力の抑制と均衡」という、権力分立原理からの役割、言い換えれば「自由主義的・人権保障的」な機能を持つものであった。だが、君主の行政上の実質的な権限が失われた現代民主政の下では、総選挙の実施、さらには「いつ総選挙が行われるか分からない」という恒常的な「不安」を通じて、立法府とその構成メンバーである議員に対し、主権者である国民の意思になるべく近い政策を進めさせる不断の誘因を発生させ、国民主権原理を実効あらしめるという、「自己統治(self-government)的・民主主義的」な役割が大きくなってきているということであろう。

 自由主義的な機能ばかりに着目し、行政府の権能の縮小を論じるのは、解散権制度の理解としては十分ではない。解散権を制約すれば、民主主義のプロセスを傷つける懸念も無視できないということになろう。

固定任期議会法を採用した英国

 以上の議論を前提に、近年の英国政治の推移を振り返ってみたい。

 英国において、首相による庶民院(下院)解散の権限が縮小されたのは、2011年の「議会任期固定法」(Fixed Term Parliaments Act 2011、以下、FTPA)においてであった。

 従来英国においては、首相は、下院(議員任期5年)の解散権を首相が持つものとされてきた。これは、極端に短期間で解散するなどした場合に国王に拒絶されうるという留保は一応ついていたものの、実際には首相は繰り返し解散権を行使し、1970年代以降は、与党が世論動向を見ながら4年程度で解散を行うパターンが続いた。これに対しFTPAは、下院議員の任期を5年と固定化するとともに、下院の解散ができるケースを〈1〉下院総数の3分の2以上の決議〈2〉下院の過半数による不信任決議――の二つのパターンに限定した。これは、保守・労働の2大政党以外にきわめて不利な完全小選挙区制を採る英国において、憲法改革を掲げ続けてきた「自由民主党」が、与党の保守党と2010年に連立政権を樹立する際に、保守党に飲ませたものであった。保守党が単独過半数を狙って解散総選挙に打って出るのを防ぐ狙いもあったとされる。

 FTPAは、解散制度のない米国議会の影響を受けたもので、小選挙区制度をベースに与野党がアリーナ型の議論を展開する、いわゆるウエストミンスター・モデルと呼ばれてきた英国の間接民主主義による議会制のプロセスが、大きな修正を迫られたことを意味した。従来の英国モデルでは、国の命運を左右するような大きな判断を政府が迫られた際に、下院を解散して国民の信を問うことが可能であった。そして、勝敗がはっきりと出る単純小選挙区制度によって国民から選ばれた与党によって構成された政府は、国民の信任(mandate)をバックに、強力に政策を推し進めることができた。

 これは、米国議会のように、執政府と立法府の党派が異なる「ねじれ」が生じた場合に、いわゆる「レームダック」現象が起きるのを避ける巧みな仕組みでもあったが、FTPAにより首相の解散権が封じられ、解散への恐怖心が薄らげば、首相の「にらみ」が効かない議会の遠心力は高まってしまう。FTPAを受けて2015年5月に行われた下院総選挙において、当時の保守党キャメロン政権が、EUからの離脱という極めて重要な争点への賛否をあいまいにしたまま、決着を国民投票という、議会を通さない直接民主制的な手法に委ねることを公約したことも問題だった。

 19年11月20日に、ブレグジット(英国のEU離脱)をテーマに東京都内で開かれた読売国際会議で、元駐英大使の野上義二氏は「日本のお手本であった英国議会は間接民主主義の完成形を目指し、完成させた。ところがブレグジットというきわめて複雑な問題を直接民主主義で、しかも二者択一にゆだねた。それがそもそもの今の混乱の原因だ」と指摘した。

 16年6月に行われた国民投票で離脱賛成が多数となった後、保守党政権は迷走を繰り返した。メイ首相は、離脱案について議会の了解を得ることが出来ず、メイ氏から交代したジョンソン首相は、EUとの離脱交渉を巡り対立する下院の膠着状態を解消し、自らを支持する保守党が多数を占める議会を樹立するべく19年9月4日、同9日、10月28日にそれぞれ総選挙の実施を求める動議を提出したが、FTPAが求める下院の定数(650)の3分の2に当たる434議席に及ばない298、293、299の賛成票しかそれぞれ得られず、政権は麻痺状態に陥ったと認めた。

 ジョンソン首相は、議会任期固定法の例外として、12月12日に総選挙を行うことを内容とする、出席議員の過半数の可決で賛成できる特別法(Early Parliamentary General Election Act 2019)を制定し、総選挙の実施に踏みきらざるを得なかった。

英首相官邸前でEU旗を振る離脱反対派
英首相官邸前でEU旗を振る離脱反対派

 結局、英国では、FTPAの当初の想定では、総選挙は基本的に5年に1度しか行われないはずだったにもかかわらず、2015年、保守・労働両党が合意して解散した17年、そして19年と、3度の選挙が行われる異例の事態に陥った。読売国際会議に出席したサイモン・フレーザー元英外務次官は「下院の任期を固定したFTPAによって、かえって任期が短くなった。FTPAは機能しなかったと言うことだ」と断言した。保守党は、FTPAの廃止を公約した。

 首相による任意(unilateral)の解散権を制約することは、一見すると政治の安定につながるようにも見えるが、国民の意思を確認しながら政権の方向性を修正するという貴重な機会を減らす側面も無視できない。政治がかえって不安定になるのは、当然だろう。

 そもそも、選挙を減らせば政治の安定度は高まるという考えは、民主主義国家において正しいだろうか。民意を適時適切に反映した運営が行われるシステムが無ければ、政治と世論のひずみが広がり、かえって政治は不安定になってしまうだろう。

 つまり、政治と世論は、多少の距離を置きつつも、なるべく離れない「不即不離」にあることが望ましいのではないか。政治が民意に近づこうとするだけでは、ポピュリズムに陥ってしまう。時には政治が民意をリードし、国民を説得することも求められるはずで、内閣による議会の解散は、その手段にほかならない。「今の制度は与党に有利すぎる」といった視点でばかり解散制度を議論するのは、間違いだろう。

 行政府と立法府の権力分立を考える際には、そもそも制度を考え出した先人の知恵に立ち返る必要があろう。三権分立を提唱した仏啓蒙思想家モンテスキュー(1689~1755)の「法の精神」に、以下のくだりがある。

 執行権が立法体の企図を阻止する権利をもたないなら、立法体は専制的となろう。なぜなら、立法体は、その想像しうるすべての権力をおのれに与えることができるので、他のすべての権力を滅ぼしてしまうであろうからである。だが、これにたいして立法権は、逆に執行権を阻止する能力をもつべきではない。なぜなら、執行はその本性からして限界をもっているから、それを制限することは不必要であり、その上、執行権はつねにいちじてきなことがらについて行使されるからである。

 同著が書かれた当時の政治状況は現代と異なるから、そのまま当てはめるのは乱暴だろうが、行政の権限を立法府が縛ることに警戒が必要という点は、現代にも通じる面があるように思われる。

 また、ダイシーの主著「憲法序説」には、次のような下りがある。

 (国王の)解散大権は一見、国民の意思を無視するために行使されることがあるように思われる。だが実際はその逆である。国王の裁量的な(解散)権限は、時に、そして憲法の先例が求めるところにより、下院の権威を奪うために用いられる。だが、憲法によって下院がその権力と存在を奪われるのは、下院の意思と選挙民の意思が食い違うからである。

 解散権の持つ基本的な意義について、あらためて認識する必要があるのではないだろうか。

今後の憲法論議に向けて

 憲法の中でも、統治機構規定は、どの党が政権についても従うべきルールにほかならず、相撲でいえば土俵に相当する。土俵を整備する際には、自分が有利になるか否かは度外視して、フェアな戦いができる舞台とすることに注力するのが、全プレーヤーの務めだろう。解散権についても、仮に今の野党が政権に就いた時でも立ち往生することのないようなルールを慎重に考慮すべきではないだろうか。

 もちろん、あまりに頻繁に衆院の解散総選挙が行われる場合には、各党が繰り出す政策が近視眼的なものになりがちで、長期的な国益とビジョンに基づく戦略的な提案がしづらくなるという側面はあるかもしれない。そうした観点から解散権のあり方の見直しも検討されることはあって良いが、少なくとも、衆院選で野党が負け続けてきた原因を今の解散制度に求め、首相の権限を縛ろうと主張するようでは、真に国民のためになる解散権の制度設計は難しいのではないか。政府内からは「解散権の制約を決めても、それで困るのは次以降の首相からだ」と、解散権の制約論を半ば容認する声も聞かれる。だが、近視眼的な妥協で決着を図ることになれば、中曽根氏の言葉を借りれば、歴史法廷から厳しい裁きを受けることになるのではないだろうか。

■基本文献

 芦部信喜・高橋和之補訂(2019)「憲法 第七版」(岩波書店)

大石眞(2014)「憲法講義1 第3版」(有斐閣)

小堀眞裕(2012)「ウェストミンスター・モデルの変容 日本政治の「英国化」を問い直す」(法律文化社)

同(2013)「国会改造論 憲法・選挙制度・ねじれ」文春新書(文藝春秋)

高橋和之(2017)「立憲主義と日本国憲法 第4版」(有斐閣)

高安健将(2018)「議院内閣制――変貌する英国モデル」中公新書(中央公論新社)

バジョット(1873)「イギリス憲政論」(小松春雄訳)中公クラシックス(中央公論新社)

モンテスキュー(1748)「法の精神」(井上堯裕訳)中公クラシックス(中央公論新社)

Dicey, Albert Venn ,(1915), “Introduction to the Study of the Law of the Constitution ” Liberty Classics

◇参考資料

河島太朗(2012)「イギリスの2011年議会任期固定法」国立国会図書館調査及び立法考査局

篠田英朗(2019年9月19日)「日本の改憲議論とイギリスの大混乱から「首相解散権」を考える」( https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67246 )

衆議院憲法審査会事務局(2017)「参政権の保障をめぐる諸問題」に関する資料(衆憲資92号)

Gardner, Carl,(2015), “What a Fix-Up! The Fixed-Term Parliaments Act 2011”

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1594942 0 政治・選挙 2020/11/01 20:03:00 2020/11/01 20:03:00 2020/11/01 20:03:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/11/20201101-OYT8I50033-T.jpg?type=thumbnail

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