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携帯値下げは菅政権のリトマス紙

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POINT
■家計にとってありがたいから「善政」とは限らない。値下げ要求は、政権のデフレ脱却方針と矛盾しないのかも気になる

■携帯電話のような寡占市場では、価格を決める「神の見えざる手」が働かず、料金は高止まりする。市場機能の回復が大切だ

■総務省(旧郵政省)の競争促進策は失敗を繰り返してきた。足元では独占強化の動きも。その先に見える未来とは?

 菅政権の看板政策の一つが、携帯電話料金の値下げである。携帯各社は相次いで割安な料金プランを発表した。むろん「家計は大助かり」と、(ちまた)には歓迎ムードが流れる。ただ、この政策に死角はないのだろうか。

主任研究員 林田晃雄

相次ぐ割安プランの新設

 ソフトバンクは格安ブランド「ワイモバイル」で、月間データ容量が20ギガ・バイト(GB)の「大容量」プランを新たに設ける。月額料金は4480円だ。ソフトバンクの50GBのプランが月額7480円だから、データ容量はやや減るものの、料金は40%安い。KDDI(au)も格安ブランド「UQモバイル」で20GB、3980円のプランを始める。こちらは、auの容量無制限プランより48%安い。NTTドコモも大容量プランの値下げを検討中だ。菅首相は官房長官の時から、携帯料金について「4割程度下げる余地がある」と語っていた。これに配慮したことは間違いないだろう。

菅首相は就任後初の記者会見で、携帯料金値下げの必要性を強調した(2020年9月16日、首相官邸で)
菅首相は就任後初の記者会見で、携帯料金値下げの必要性を強調した(2020年9月16日、首相官邸で)

 とはいえ、今回はあくまで格安ブランドの新プラン設定だ。大手本体のサービスに加入している人が割安料金の恩恵を受けるには、大手との契約を解除して、格安ブランドに加入し直さなければならない。今後は、もっと手軽に割安プランに移れるように、菅政権が大手本体のサービスについても料金値下げを求めていくのかが焦点となるだろう。

国民ウケはいいけれど

 いずれにせよ、今や必需品となった携帯・スマートフォンの料金が下がれば、家計は大いに助かる。ただし、「みんなが喜んでいるから」というだけで、経済政策として「善政」と言い切れるのだろうか。国民ウケのいい政策ばかり連発するようでは、政権はポピュリズム(大衆迎合主義)のワナに落ちていくことにならないか、懸念は残る。

 念のために申し上げるが、私も携帯電話料金の値下げを大歓迎している。NTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクの携帯大手3社は、2019年度の売上高に占める営業利益の割合(営業利益率)が約20%もある。東証上場企業の平均5.5%と比べれば、大幅に高い。ある転職関連サイトの分析では、日本の情報通信業の平均年収は600万円台なのに、携帯大手3社は900万~1200万円台と1.5~2倍も高い。携帯大手が「もうけすぎている」と批判されるのも一理ある。

スマートフォンは、買い物の決済にも使える必需品だ(2020年9月、東京都港区で)
スマートフォンは、買い物の決済にも使える必需品だ(2020年9月、東京都港区で)

 ただ、一連の値下げ騒動を眺めていて、どうもしっくりこない気持ちが残る。一個人として値下げは歓迎だが、経済記者としては、民間企業が自由に決めるべき料金に、政府が「介入」していいものなのか、という疑問が拭えないからである。安くなればみんなハッピーだからいいじゃない、という考えは安直すぎる気がする。一時はみなが歓迎しても、結局は国民を困らせる政策は山ほどある。例えば、消費税や所得税などの税金を全部やめれば、国民は大喜びだろう。だが、政府にはお金がなくなる。道路や橋の建設・補修が止まり、交通網はズタズタになる。堤防整備など人命を守る公共事業もストップする。医療や年金などの社会保障制度は崩壊する。「善政」の仮面をかぶった「悪政」である。

アクセルとブレーキ

 携帯料金の値下げが、菅政権の他の経済政策と矛盾しないかという点も気にかかる。菅首相はアベノミクスの継承を掲げている。その柱は、物価が下がる「デフレ」からの完全脱却である。物価を上げることは、安倍政権から引き継がれた大方針だ。ところが、今年8月と9月の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は、2か月連続で下落した。それも、約4年ぶりの大きな下落率である。主因は、菅首相が官房長官時代から強く提唱した観光支援策「Go To トラベル」で、ホテルや旅館の宿泊料が下がったためだ。

「Go To トラベル」の影響で、今年8月と9月の消費者物価指数はマイナスに落ち込んだ(2020年10月、東京発着の旅行が支援対象となってにぎわう原宿・竹下通り)
「Go To トラベル」の影響で、今年8月と9月の消費者物価指数はマイナスに落ち込んだ(2020年10月、東京発着の旅行が支援対象となってにぎわう原宿・竹下通り)

 コロナ渦で苦境に陥った観光産業の支援も、高止まりする携帯電話料金の値下げも必要な措置だろう。ただ、携帯料金が大幅に安くなれば当然、物価はさらに下がる。BNPパリバ証券の試算によると、携帯料金がすべて「4割値下げ」になったら、消費者物価指数は約1%押し下げられるという。8月と9月の物価に単純に反映させれば、下落率は1%台半ばとなる。民主党政権時代の「大デフレ」の再来となりかねない。菅政権は、物価を上げるアクセルを「踏むぞ」と号令をかける一方で、ブレーキをかける政策にも熱心なのだ。考えれば考えるほど、菅政権がどこを目指して日本経済のかじ取りをしようとしているのか、わかりにくくなってくる。

市場も「失敗」する

 思考が混線してきた時には、基本に戻って考え直す方がいい。今回のテーマは携帯電話料金の値下げだから、価格はそもそもどう決まるのか、おさらいしたい。モノやサービスを売る人は、できるだけ高く売りたいと思う。一方の買う人は、できるだけ安く買いたい。売り買いされる「市場」では、売り手と買い手の希望が折り合ったところで価格が決まり、取引が成立する。アダム・スミスの言う「神の見えざる手」が働くのだ。

新型コロナウイルスに伴うデマで、店頭からトイレットペーパーが姿を消した(2020年2月、東京都江東区で)
新型コロナウイルスに伴うデマで、店頭からトイレットペーパーが姿を消した(2020年2月、東京都江東区で)

 ただし、市場は決して万能ではない。任せきりにして不都合が出ることを、経済学では「市場の失敗」と呼んでいる。利益優先で環境対策を怠る悪徳企業は公害を出す。コロナ騒動でマスクやトイレットペーパーの買い占めが横行し、極端な品薄と価格高騰を招いたのも「市場の失敗」の一例である。

寡占の弊害とは

 携帯料金の場合は、少数の事業者が市場を支配する「寡占・独占」と呼ばれる「失敗」だ。通信や電力など、商売をするために基盤のネットワークが要る産業は、寡占や独占に陥りやすい。後発組は新たなネットワーク作りに多大な費用がかかって利益が出にくく、先行組になかなか追いつけない。競争相手が限られれば、業者同士は身を削る価格競争は避けて料金を高止まりさせ、利益の最大化を図る。主戦場は、新規契約者を取り合うシェア(占有率)競争になる。だから、携帯各社は新規契約者に限って端末料金を大幅に値下げしたり、多額のキャッシュバックをしたりしてきた。一方で、長年同じ会社と契約している「お得意様」は、割高な料金を払い続け、心ならずも携帯大手のもうけに貢献させられている。

 そうは言っても、菅首相の言う「4割値下げ」は本当に適正な料金水準なのだろうか。「見えざる手」を持つ神でなければわからないはずだ。武田総務相は「諸外国に対して遜色のない水準」にしたいと訴えている。確かに、総務省の調査では、月間データ容量5GBのプランの料金は、ロンドン、パリなど欧州の主要都市では、東京よりも5割ほど安い。

 ただ、「内外価格差」では経済産業省が別の調査をしている。企業間で取引される製品やサービスの価格は、日本は米国の1.4倍、中国の2.5倍も高い。例えば、小口電力や液化天然ガス(LNG)は米国の3倍以上だ。私たちは携帯電話に限らず、「コスト高」の国に暮らしているのである。「スマホは今や生活必需品だから料金を下げろ」というのなら、ほかにも下げねばならない品目はいくらでもある。政府がそれを実行していったら、まるで戦中・戦後の「統制価格」のようになってしまうだろう。

競争促進が本筋

 政府が特定の料金水準を押しつけるよりも、携帯大手3社の寡占状態を解消し、価格決定の機能を取り戻すことが、適正な料金を実現するまっとうな手段であることは間違いない。市場による価格調整によって、寡占企業が意図的に高止まりさせていた料金を適正な水準に下げていく。これなら、努力をする企業は生き残り、怠けていれば淘汰(とうた)される。価格を市場機能にゆだねるのだから、政府のデフレ脱却方針とも矛盾はしない。

 とはいえ、競争の回復は「言うは(やす)く行うは(かた)し」である。「格安スマホがあるじゃないか」と思う方もいるだろう。ただ、格安各社は自前のネットワークを持たない。大手各社に「接続料」と呼ばれる使用料を払って回線を借用しており、その負担は重い。格安サービスを行う会社は原則として利益などを公開していないが、近年は利益率が下がっているとみられている。借りている通信容量に上限があるため、利用が集中する時間帯に通信速度が落ちやすくなるなど、サービス面での制約もあるという。

 大手には、派手な宣伝で培った「ブランド力」や、長年の実績に基づく消費者の「安心感」など、目に見えないアトバンテージもある。その壁は厚く、民間調査機関・MMD研究所の調査では、2020年3月の格安スマホのシェアは、14%にとどまっている。「第4のキャリア」と期待されている楽天モバイルも、基地局整備の遅れなどで本格サービスの開始が半年ほど延期され、ようやく2020年4月にスタートを切った。早急な基地局の整備や、過剰な値下げの是正を求める行政指導もたびたび受けている。順風満帆の船出とはいかなかったようだ。安くてわかりやすい料金プランを武器にドコモなど大手3社に挑むが、牙城をどこまで切り崩すことができるか、未知数である。

連戦連敗の歴史を覆せるか

 総務省(旧郵政省)は、携帯電話を含む通信市場の競争促進策では「連戦連敗」の歴史を背負っている。1980年代から始まった通信自由化で、多くの新規参入事業者が誕生した。携帯電話会社に、第二電電(DDI)、日本移動通信(IDO)、ツーカーセルラーなどの名前があったことをご記憶の方もいるだろう。これらの会社は今の大手に吸収・統合された。自由化初期に参入した固定回線の新電電3社も、今はKDDIとソフトバンクに吸収されている。旧郵政省は、多くの事業者が競争する市場をイメージして自由化を進めたが、寡占化の波を止めることはできなかったのである。

 政府は今年10月27日に「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」を発表した。格安スマホ会社が払う「接続料」の大幅引き下げなど、競争促進の方向性はうなずける。ただ、こうした競争促進策が効果を上げるには、長い時間を要する。競争促進策が奏功し、携帯大手が割安な料金プランを出してきたとは思えない。別の「力学」が働いたことは間違いないだろう。

 菅首相は近著「政治家の覚悟」(文春新書)で、総務相時代、ある事業者に対して、電気通信事業法に基づく初の立ち入り検査を実施した経験を紹介している。官僚は、「法的根拠がなく難しい」と渋ったものの、「届出制とはいえ総務省が監督しているのですから、このまま黙っているわけにはいかないと思いました」と述懐している。結局、立ち入りは実行された。携帯大手は、役所の統制がさらに厳しい登録制である。政府には登録を取り消す権限もある。法的根拠が弱くても立ち入り検査に踏み切った経験のある菅氏が、携帯各社に料金値下げを強く迫ったらどうなるか。勝負は目に見えている。

足元で進む独占強化の動き

 菅政権が携帯各社への締め付けを、さらに強めていくとどうなるのだろう。政府が競争促進策に取り組んでいるように見える一方で、むしろ足元では、さらなる独占への動きが進んでいるような気がしてならない。

 NTTは9月29日、上場子会社のNTTドコモを、完全子会社化すると発表した。意思決定の迅速化や競争力強化が狙いだというが、記者会見でNTTの澤田純社長は、完全子会社化による経営の効率化などにより、「値下げ余力は出てくる」と語った。菅政権の値下げ要求が、NTTグループの再統合、つまり独占強化を後押しする一因になったとすれば皮肉なことである。

携帯各社は「5G」への投資を加速させている(東京都目黒区の「ノジマ」にあるNTTドコモのスマートフォン売り場で)
携帯各社は「5G」への投資を加速させている(東京都目黒区の「ノジマ」にあるNTTドコモのスマートフォン売り場で)

 10月1日には、KDDI(au)が、傘下企業の運営する格安ブランド「UQモバイル」の事業を自社に統合した。ソフトバンクも、格安ブランド「ワイモバイル」との連携を強化している。携帯各社は、次世代通信規格「5G」への投資余力を高める狙いもあり、経営体力のさらなる向上を模索している。こうした中での「値下げ要求」を受け、携帯各社が経営戦略をどう練り直すか、今のところ不透明だ。

「溺れる未来」はまっぴらだ

 これから、菅政権はどう出るのだろう。腰を据えて競争促進に取り組むのか、1年以内に行われる次期衆院選をにらんで携帯各社への圧力をさらに強めるのか。市場重視か統制か。政策の筋道を通すか、目先の国民ウケを優先するか。携帯値下げ問題の帰趨(きすう)は、菅首相の「経済政策観」を見定める、格好のリトマス試験紙と言える。

 政府が携帯各社を追い込み、業界が生き残りをかけて独占の強化に動いたら、その先にどんな未来が見えるのか。

 猪木武徳氏の「経済学に何ができるか」(中公新書)によると、19世紀のイギリスの哲学者、ヘンリー・シジウィックは、著書「倫理学の方法」で、独占市場で起きることについてこう例示したという。「溺れている富豪に、傍に誰もいないことを確かめて、『財産の半分をよこしたら助けてあげる』とささやくこと」と。

 「給料の半分の料金を払えば、スマホを使わせてあげる……」。そんなささやきが聞こえてくる社会など、まっぴらだ。

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1614891 0 政治・選挙 2020/11/10 13:21:00 2020/11/10 13:21:00 2020/11/10 13:21:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/11/20201102-OYT8I50016-T.jpg?type=thumbnail

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