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原発事故から学ばない日本…「規制の虜」を許す社会構造とマインドセット

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POINT
■東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故から10年がたつ。国会事故調査委員会は「事故は明らかに人災」とする報告書を提出したが、7項目の提言はほとんど顧みられず、背景にある「規制の (とりこ) 」の問題も残ったままだ。

■原発に対する「安全神話」の本質は、当事者の「安全願望」ともいえるようなものだった。地震大国の日本には原発の安全性を検証する責務があるのに、政、官界や関係機関はそこから逃げている。メディアの事故の検証も不十分だ。

■原発事故は、過去の成功体験にすがり、変革を怠ってきた日本人への警告でもあった。日本は「タテ社会」の社会構造から変えていかなければ、事故の教訓をくみ取ったとはいえない。

政策研究大学院大学名誉教授 黒川 清 

事故から10年となる東京電力福島第一原発(2021年2月、沼田光太郎撮影)
事故から10年となる東京電力福島第一原発(2021年2月、沼田光太郎撮影)

あれから10年で何が変わったか

 東日本大震災から10年がたつ。大震災発生後の2011年12月8日、日本の憲政史上初めてとなる政府から独立した「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」(国会事故調)が国会に設置された。筆者を委員長に10人の民間人の委員で構成され、公開が原則、国政調査権も発動できるもので、出頭、資料提出に強い権限を持つ一方、ほぼ6か月で結論を出すことが要件とされた。

参考人聴取を行う国会事故調(2012年5月27日)
参考人聴取を行う国会事故調(2012年5月27日)

 委員会の動向は世界中から注目を集めたため、会議は日程も含めてすべて公開し、インターネットでライブ配信、英語の同時通訳(ロシア語を加えたこともある)もつけた。調査、分析、現地の視察、海外視察、さらにのべ1167人からヒアリングを行った。

 地震・津波が引き金になったとはいえ、「事故は明らかに人災」とする報告書を2012年7月5日に衆・参両院議長に手交、公表した。これと同時に、事故の背景には、政府が「規制の虜」になっていたことを明示した。筆者は同名の書籍も刊行し、これを打破しない限り、原発再開はあり得ないと訴えた。

「規制の虜」とは何か

 「規制の虜」とは、コロンビア大学教授などを務めたアメリカの経済学者、ジョージ・スティグラーが唱えた経済学説で、国(規制当局)が国民の利益を守るために行う規制が、逆に企業など規制される側のものに転換されてしまう現象をいう(注1)。

 わが国の原発の世界では、電力会社を規制するはずの政府が、電力会社に規制されていた。規制する側の政府より、規制される側の電力会社の方が専門知識があり、様々なノウハウを持っていた。しかも、電力会社と政府は地域の発・送電を独占し、発・送電の分離や、グリッド(格子状の広がり)で地域を超えた送電網を広げるなどして、地域ごとにベストな再生可能電源にシフトできることを認識していた。しかし、これをやらなかった。

 地域独占性が高い電力会社の社員の多くは、選挙になると応援に駆り出され、電力会社が政、官界のために天下りポストを用意することも常態化していた。こうしたことから、政、官界は事実上、電力会社に規制される側になっていた。

 メディアは住民の立場に立って、安全性を監視する姿勢で調査報道するのが役割だが、当局と電力会社側の説明を垂れ流しするだけで、自ら調べ、監視していく姿勢に乏しかった。「規制の虜」とは、こうした社会構造を許してきた状況全体を指す表現だ。

原子力ムラは生き続けている

 日本には「原子力ムラ」という言葉がある。政、官、業だけでなく、学界、メディアまで「なれ合い」が跋扈(ばっこ)している慣行をさす。それを支えたのが、「原子力は安全で、事故は考えられない」という思い込みであり、それはいつしか「安全願望」となっていった。

 東電は、「耐震バックフィット(注2)」を先送りにし、耐震補強工事が必要であるにもかかわらず、事故のあった1、2、3号機については全く工事をしていなかった。当時の原子力安全・保安院もそれを承知しつつ、黙認していた。安全対策を放置して事故を起こしたのだから、人災であることに異論の余地はない。福島第一原発の事故は、長い間信じられてきた原子力の「安全神話」ではなく、「安全願望」が引き起こした人災だったのだ。

地震大国としての責務

 日本は、世界で起きるマグニチュード5以上の地震の約3割が起きる「地震大国」だ。そこに50基以上の原発を抱えているのだから、責任をもって原発の安全を検証しなければならないのは当然のことだった。

 だが、「世界で最も厳しい安全基準」というのは原子力行政側の見解であり、お題目に過ぎなかった。筆者は原発事故の後に、国際原子力機関(IAEA)の関係者と意見交換したり、海外の講演などに呼ばれて原発関係者から話を聞いたりしたが、日本の安全対策は明らかに不十分だった。

 本来なら、原子力規制委員会などで発電企業を規制するべき政府が、国民に責任をもって必要な規制をしなくてはならないのに、それができていなかった。政、官と電力会社が手を組んで、世界の安全水準に合わせようとしなかったともいえる。世界中の関係者がそのことを知っていた。責任ある立場の日本の関係者や、日本政府だけが知らなかったはずはない。日本の原発関係者は、運転中の原発を止めないための理由を探していただけではないか。

 このような社会構造になった一因には、国際性の欠如もある。事故後に世界の原子力関係者が「何でも協力する」と申し出てきても、日本政府は耳を貸さなかったようだ。最近も、関西電力や九州電力などでトラブルが起きているが、この背景にも、海外を含めた外部の声に耳を貸さない内向きの体質があるのではないか。

七つの提言は棚ざらしのまま

平田健二参院議長に最終報告書を手渡す筆者(左、2012年7月5日)
平田健二参院議長に最終報告書を手渡す筆者(左、2012年7月5日)

 筆者ら国会事故調は、国会に対し、<1>規制当局に対する国会の監視、<2>政府の危機管理体制の見直し、<3>被災住民に対する政府の対応、<4>電気事業者の監視、<5>新しい規制組織の要件、<6>原子力法規制の見直し、<7>独立調査委員会の活用――という7点を提言した。しかし、あれから9年たつのに、七つの提言はほとんど顧みられず、棚ざらしになったままだ。政府、自民党、経済産業省、原子力規制委員会、東京電力は、われわれが報告書を通じて発した警告を、どう受け止めたのだろうか。

 あれだけの事故が起きて10年がたっても、政策は本質的に変わっていない。政、官界は誰も責任を取らないし、メディアも事故調報告書の総括をしない。口を開けばみんな評論家でしかなく、責任ある立場の人たちは失敗から学ぶ姿勢がない。取り巻きはそんな人たちに忖度(そんたく)し続けている。事故を境に日本社会は変わらなければならないし、世界からもそれを問われているのだが、われわれは変わらなければいけないことを、十分自覚してきたとはいえない。

 福島第一原発では、事故の後処理でも、屋外の仮設配電盤にネズミが侵入してショートによる停電が起きたり、大雨で汚染水をためたタンク群を囲む(せき)から水があふれたり、といった初歩的なトラブルも起きている。世界の原子力規制組織の懸念は依然、解消されていない。

 東電や規制委員会だけでなく、日本政府に対しても、なかなか原発事故処理の前面に立たないことに疑問が投げかけられている。政策をつくるのは官僚だが、官僚は今までの法律の枠組みでしか物事を考えない。未曾有の事故だったのだから、過去の法律では対応できるはずがない。なのに、「こういう法律があるから、政府ではなく東電がやることになっている」などという理由で、問題から逃げている。法律を変えるべき政治家も、責任を取らされるのを恐れ、官僚の言い分に乗ってしまっている。

未来につながる視点と行動に期待する

 原発事故では、日本の戦後の高度経済成長を支えてきた、こうした古いシステムの脆弱(ぜいじゃく)性も露呈した。旧式でもはや機能しないことが露呈したなら、清算して根本から新たな仕組みに作りかえるべきだったのに、古びた中身はいまだに変わっていない。

 日本人は組織づくりは得意だが、つくる組織の運営や統治の透明性、国際性のレベルはまだまだ低い。そこには日本社会に特有な、多くの日本人に共通するマインドセット(思い込み)がある。日本人は、ずっと同じ企業、同じ組織に所属してキャリアを過ごす終身雇用、年功序列の「タテ社会」のシステムを常識としてきた。「銀行員」や「エンジニア」といっても、就職したら定年まで同じ会社に居続けて、職種を変えずに別の企業に移る「ヨコ移動」は難しかった。

 「タテ社会」のシステムでは、キャリアを安全にすごすため、なれ合いと、より大きな権限をもつ人たちへの忖度が起きがちだ。このシステムの中では組織を改革しようとしても、既得権益にしがみつく人たちと、その取り巻きたちによって排除されてしまう。このシステムは、中央省庁や主要産業、メディア、さらには科学界に至るまで、社会構造全体に及んでいる。

 GDP(国内総生産)と科学研究予算はこの10年、日、米、独、仏、中の各国の中で、日本だけが伸びていない。技術革新も製造業の戦略も、「ものづくり国家」として成功した過去の成功体験の延長線上で取り組んできたためだ。世界はこの30年間に冷戦が終わり、IT(情報技術=Information Technology)とネットの急速な広がり、AI(人工知能=Artificial Intelligence)やDX(デジタル技術による業務やビジネスの変革=Digital Transformation)へと急速に動いている。

 日本はいまだに福島原発事故の教訓をしっかりとくみ取らず、その教訓はガレキとなって取り残されているように見える。廃炉・ガレキを片付けることも重要だが、今のやり方ではとてつもない時間が必要なのは明らかだ。これからは、日本型しがらみに染まっていない若い世代の活動に期待して支援していきたい。

 国会事故調の報告書の内容を読み込んだ若い世代が、自発的に6部構成の動画(こちら、17分弱)を、日本語と英語で製作した。多くの高校・大学生がこれを見て、自分たちでできることを考え、この動画を広げる運動を始めている。次世代のエネルギーが日本を作りかえてくれることを期待したい。この若者たちはすでに、社会の中で、大いに活動しているのだ。

  • (注1)「規制の虜」(Regulatory capture)を唱えたスティグラーは、1982年にノーベル経済学賞を受賞した。
  • (注2)原発の状態を定期、不定期に点検することを「バックチェック」といい、点検結果を踏まえて、原発の状態をその時々の国際的なレベルに整合させることを「バックフィット(backfit)」という。日本は「チェック」はするが、「フィット」の有無は明確にしていなかった。国際的には「バックフィット」の言葉しかなく、「バックチェック」は日本だけの 詭弁(きべん) 的表現ともいえる。

プロフィル
黒川 清( くろかわ・きよし
 1936年生まれ。東大医学部卒、医学博士。内科医としてペンシルヴァニア大学にはじまる在米14年、UCLA医学部内科教授などの後、東大医学部内科教授、東海大医学部長などを歴任。日本学術会議会長、第一次安倍内閣、福田内閣で日本初の科学担当の内閣特別顧問。2013年のG8サミット(主要国首脳会議)で発足した世界認知症審議会委員を務めている。

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1895085 0 政治・選挙 2021/03/08 18:16:00 2021/03/09 11:32:53 2021/03/09 11:32:53 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210309-OYT8I50013-T.jpg?type=thumbnail

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