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環境ポピュリズムの足音が聞こえる<1>温室効果ガス「46%削減」は責任ある目標なのか

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POINT
■菅首相が気候変動サミットで表明した温室効果ガス「46%削減目標」は、国内外で好意的に受け止められた。地球温暖化対策の強化を願う人が多い表れだろう。

■問題は、46%という数字の根拠や、実現への具体策が示されていないことである。国民ウケを狙い、安易に高い目標を掲げたのだろうか。人気取りを狙った「環境ポピュリズム」との疑念が拭えない。

■野心的な削減目標を達成するには、火力発電を大幅に減らし、再生可能エネルギーなどCO2を出さない電源の比率を急激に高める必要がある。

■多くの再生エネは、天候などで発電量が大きく変動する短所を抱え、急拡大させると電力の安定供給を損なうリスクがある。現状では発電コストも高い。こうした副作用についてきちんと説明せず、高い目標を掲げるのは無責任だ。

 政府は、2030年度までの温室効果ガス削減目標を、従来の26%から、一気に2倍近い46%に引き上げた。国際社会で、地球環境対策に消極的だと批判されてきた日本が、失地回復を狙った一手と言える。しかし、肝心なのは見かけの目標の高さではない。どのように実現するかだ。世間の注目はコロナ対応に集中している感もあるが、環境・エネルギー政策の進路も国の命運を左右する。「46%削減目標」で浮かび上がった菅政権の課題について、3回にわたって連載する。

調査研究本部主任研究員 林田晃雄 

野心的な「46%削減目標」

 菅首相は4月22日、気候変動問題に関する首脳会議(サミット)で、2030年度までに二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量を、13年度比で46%削減する目標を表明した。首相は、「さらに、50%の高みに向け、挑戦を続ける」との決意も示した。経済大国の日本が温暖化防止へ積極的な姿勢を示したことは、内外で高い評価を受けた。世界的な脱炭素推進の動きを受けて、多くの国民が日本でも地球温暖化対策が進展するよう望んでいるのだろう。

菅首相は気候変動サミットの直前に開かれた「地球温暖化対策推進本部」で、温室効果ガスの新たな削減目標を打ち出した(2021年4月22日夕、首相官邸で)
菅首相は気候変動サミットの直前に開かれた「地球温暖化対策推進本部」で、温室効果ガスの新たな削減目標を打ち出した(2021年4月22日夕、首相官邸で)

 首相の目標表明に、素早く動いたのが小泉環境相である。翌日の23日に読売新聞など報道各社のインタビューに応じた。読売新聞オンラインのサイトでインタビューの詳報を確認すると、「マラソンに例えれば、今まで入っていなかった先頭集団に入ったと言える」などと、目標引き上げの意義を強調している。

 エネルギー政策を所管する経済産業省は当初、排出削減策を精いっぱい積み上げても、39%が限度だ、などと主張してきた。それを大きく超える目標を定めた理由について小泉氏は、「首相の決断力。これを抜きには語れない」と指摘した。さらに、「環境省、経産省、資源エネルギー庁など、 緻密(ちみつ) な積み上げをやらなければいけない立場の職員が、空気の薄い登山を諦めずに一緒になって登ってくれた」とも述べている。

「腰だめの数字」では困る

 高い目標設定に慎重だった梶山経産相は、4月30日の閣議後の記者会見で、「確実性の高い対策を緻密に積み上げてきたわけではない」と説明した。「さらなる政策対応により、どの程度の導入拡大が見込めるかということも含めて、ある程度の数値は官邸に伝えた」とも語った。小泉氏と梶山氏の発言を総合して考えると、46%の削減目標は、現時点で実現が視野に入った削減策を丁寧に積み上げたものではなさそうだ。実態は、「できるかもしれない」という期待を込めた、「腰だめの数字」と受け止めた方がいいだろう。

官僚は菅首相の「政治決断」に忖度したのか(首相官邸)
官僚は菅首相の「政治決断」に忖度したのか(首相官邸)

 仮に、官僚が菅首相の政治決断に 忖度(そんたく) して、具体的なエビデンス(根拠)のない数字をひねり出したとすれば、責任ある目標とは言えまい。コロナの感染拡大を受け、2020年末から内閣支持率が低迷していた折でもある。国民ウケのいい脱炭素政策で人気回復を狙った「環境ポピュリズム(大衆迎合主義)」ではないかとの疑念も頭をよぎる。46%が責任を持って出した数字だと言うのなら、政府は数字の根拠をきちんと国民に説明するべきだ。

国民は実現可能性を疑問視

 もちろん、地球温暖化対策は待ったなしである。日本も毎年のように記録的な豪雨災害や超大型の台風に見舞われ、国民の間で地球温暖化への危機感が強まっている。温室効果ガスの削減を着実に進めなければならない。

 菅首相が46%削減目標を表明した4月22日、経団連の中西宏明会長(当時)は、「人類にとって喫緊の課題である気候変動問題の解決に向けた強い覚悟を示すとともに、国際社会を主導する確固たる決意を表明したものとして評価したい」と、前向きなコメントを出した。

 温暖化の弊害が顕在化している実情を考えれば、当然の反応だろう。金融機関も、石炭火力発電所などCO2排出量の多い施設への新規融資を行わない方針を相次いで打ち出し、「地球環境ファースト」の姿勢を強めている。政府がCO2削減について高い目標を示し、国民や産業界に努力を求めること自体は、支持する人が多いに違いない。

石炭火力発電への風当たりは強い(福島県いわき市の最新鋭石炭火力発電所)
石炭火力発電への風当たりは強い(福島県いわき市の最新鋭石炭火力発電所)

 ここで、気になる数字を紹介したい。読売新聞が5月7~9日に実施した全国世論調査によると、「46%削減目標」を達成できると「思わない」との回答が77%に上った。これに対して、実現できると「思う」は、わずか14%だった。多くの国民は「やりたいこと」と「できること」をきちんと区別して、「これは無理だろう」と、冷静に判断しているようだ。

 確かに、2030年度まであと9年しかない。画期的な技術革新が起きてCO2を出さない水素エネルギーの普及が飛躍的に進む、などといった 僥倖(ぎょうこう) に期待するのは虫が良すぎる。技術水準やコストの面で導入が見込める排出削減策を地道に集め、目標を定める正攻法をとらなければ、国民の信頼と協力は得られまい。

日米協調と国際的評価への配慮

 多くの国民が実現できると思えないと感じるほどの高い目標が定められた背景には、日本が地球環境対策に積極的だとアピールして、国際的な地位を高めたいという思惑もありそうだ。米バイデン政権は、温暖化対策に背を向けたトランプ前政権の方針を大きく転換し、高い削減目標を掲げた。日本もこれに協調する姿勢を、内外に示す狙いもあったに相違ない。

日米首脳会談後、共同記者会見でバイデン米大統領(右)と菅首相はそろって、脱炭素対策を強化する考えを強調した(2021年4月16日、ホワイトハウスで)
日米首脳会談後、共同記者会見でバイデン米大統領(右)と菅首相はそろって、脱炭素対策を強化する考えを強調した(2021年4月16日、ホワイトハウスで)

 日本の地球環境対策の遅れに対する海外からの風当たりは強い。特に福島第一原子力発電所の事故後は、安全性の確認を理由に長期にわたって休止している全国の原発の穴を埋めるため、CO2を大量に排出する石炭火力を多用してきた。2018年の全電源に占める石炭火力の比率は32%で、先進7か国(G7)では37%のドイツに次いで高い。ドイツが38年までに石炭火力を全廃する方針を示しているのに対して、日本は引き続き「活用していくエネルギー源」(18年の第5次エネルギー基本計画)と位置づけていることも、批判の的になっている。

「気候行動サミット」関連会合でスピーチする小泉環境相。この初外遊では、石炭火力発電に関する外国人記者の質問に即答できず、しばし沈黙する苦い経験をした(2019年9月22日、ニューヨークの国連本部で)
「気候行動サミット」関連会合でスピーチする小泉環境相。この初外遊では、石炭火力発電に関する外国人記者の質問に即答できず、しばし沈黙する苦い経験をした(2019年9月22日、ニューヨークの国連本部で)

 2019年12月にスペインで開かれた「国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)」の際には、国際NGOが地球温暖化対策に消極的な国などに贈る「化石賞」を、会議の期間中に2度も受ける不名誉に浴した。

 その少し前、小泉氏は苦い経験をしている。環境相に就任した直後の19年9月、初外遊として 颯爽(さっそう) と乗り込んだニューヨークで、石炭火力を「削減する」と言い切ったが、すかさず「どのように?」と外国人記者に切り返されて、即答できずにしばし沈黙。ようやく「先週就任したばかりだ……」などと答えて、失笑を買った。先に紹介した「先頭集団」発言からも、日本の環境対策に関する国際的な評判を気にしていることがうかがえる。

平成不況の教訓に学びたい

 日米協調や国際連携なしに日本の繁栄はないが、世界の 趨勢(すうせい) に合わせていれば、すべてうまくいくというわけでもない。例えば、日本が「失われた30年」と言われる平成不況に陥った経緯を振り返ってみよう。

 日本経済の長期低迷を招いた直接の原因は、好景気に浮かれてバブルを膨らませた揚げ句、破裂させた日本自らの失策である。ただ、その背景には、対日貿易赤字を削減したい米国からの 執拗(しつよう) な内需拡大圧力があった。外圧を和らげるために好景気を長引かせようと、政府・日銀が低金利政策を漫然と続け、株価と地価の資産インフレ、つまりバブルの膨張に拍車をかけた面もある。

 そもそも、当時の低金利政策は、1985年9月に行われた先進5か国(G5)の蔵相・中央銀行総裁会議で行われた「プラザ合意」が引き金となった円高不況への対策として始まった。日本経済の暗いトンネルの入り口は、この国際協調だったことを忘れてはならない。

 脱炭素は時代の要請であり、世界各国が足並みをそろえて取り組むべき課題だ。新たな投資を引き出すチャンスになると、前向きに受け止める人も多い。だが、バラ色の未来を描くことに熱中して、副作用への目配りを怠れば、将来、手痛いしっぺ返しを受け、ほぞを () むことになりかねない。

金メダルと同列には論じられぬ

 小泉氏は、4月24日の産経新聞に掲載されたインタビューで、「目標達成できなかった場合の政治責任は」と問われ、「五輪に出るときに金メダルを目指すといってはいけないのか。政治に大事なのは、高い目標を掲げて、官民の最大限の努力を引き出すことだ」と強い調子で反論している。

 アスリートが金メダルを目指して精進する姿はすがすがしい。しかし、アスリートの「金メダルの夢」と、エネルギー政策の大転換を伴うCO2の削減目標を同列に論じるのは筋が違う。金メダルを取り損ねれば、選手は挫折を味わい、コーチ陣やファンも落胆するだろう。だが、影響は選手とその関係者にとどまる。一方、CO2の約4割は発電によって排出されている。CO2を大幅に削減するには、電源構成を「脱炭素型」に大きく変える必要がある。これに失敗して、電力の安定的供給体制が揺らぎ、深刻な電力不足に陥った場合の不利益は、国民全体に及ぶ。「やっぱりできませんでした」では済まされないのだ。

日本の「電源別発受電電力量」の構成比(電源構成)は、福島第一原発事故の後、火力発電が8~9割を占めている(グラフは、日本原子力文化財団の「原子力・エネルギー」図面集より)
日本の「電源別発受電電力量」の構成比(電源構成)は、福島第一原発事故の後、火力発電が8~9割を占めている(グラフは、日本原子力文化財団の「原子力・エネルギー」図面集より)

 現在、日本の電力は、CO2を大量に排出する火力発電に8割近く依存している。これを減らし、再生エネや原発など、CO2を出さない「ゼロエミッション電源」の比率を高めねばならない。とはいえ、再生エネは日照や風次第で発電量が大きく変動する短所があり、それを劇的に改善する方策は今のところない。再生エネに、どのようなペースでシフトしていけば電力の安定供給体制を確保できるのか、入念に検討することが大切だ。現状では発電コストが高く、国民負担が増す恐れもある。温室効果ガスの大幅削減の副作用について丁寧に説明せず、見栄えのいい「高い目標」を掲げるのは無責任である。

 やみくもに再生エネの比率を上げれば、現状の電力供給体制や技術では、恒常的な電力不足や大規模停電などを招く懸念が拭えない。短兵急に事を進めると、失政による国難を招きかねないのだ。菅政権には、CO2削減の目標設定はリスクを伴う重大な政策決定だという自覚はあるのだろうか。道を誤れば、むろん菅首相や関係閣僚の政治責任などでは済まされない。もっとも、9年後も責任を取れる立場にいるとは限らないが……。

(つづく) 

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2151807 0 政治・選挙 2021/06/24 10:36:00 2021/08/05 13:02:26 2021/08/05 13:02:26 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210623-OYT8I50096-T.jpg?type=thumbnail

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