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環境ポピュリズムの足音が聞こえる<3>菅首相は政治の師の「遺言」をどう聞くか

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POINT
■経済産業省が「実現は難しい」と主張した温室効果ガスの「46%削減目標」は表向き、霞が関の目立った抵抗もなくすんなりと決まった。背景には、人事権をちらつかせて官僚を服従させてきた「菅流統治」への 忖度(そんたく) があるのだろうか。

■権力で役人を屈服させるのではなく、丁寧に理を説き、各分野の法律や専門知識に精通した官僚機構を使いこなしてこそ、本来の政治主導と言えよう。

■「上が決めたことに下は従え」。そんな政治姿勢は、閣僚にも伝染するのだろうか。コロナ禍の飲食店営業の自粛を巡る「西村発言」などを見ると、そう感じざるを得ない。

■菅首相が「政治の師」と仰ぐ梶山静六氏は、亡くなる直前の著書で、根拠のない明るい未来を語ることは正しい政治のあり方ではない、とつづった。根拠が乏しいまま「46%削減」の夢を語る菅首相は、師の「遺言」をどう聞くのだろう。

 無理筋とも言われた二酸化炭素(CO2)削減目標は、なぜあっさりと決まったのか。日本の政策論議は、「無理が通れば道理がひっこむ」という状況に陥ってはいないか。本連載の最終回では、「西村発言」でも露呈した、菅政権の政策決定を巡るガバナンス(統治)の課題を点検する。

調査研究本部主任研究員 林田晃雄 

なぜ官僚は抵抗しなかったのか

 菅首相のトップダウンで決まった「46%削減目標」について、多くの関係官僚は今でも陰では「非現実的だ」とささやく。それでもなぜ、彼らは目立った抵抗をしなかったのだろうか。まず、その背景を考えたい。

 私が旧知の官僚に聞いた限りでは、菅首相がこれまで、官僚の人事権をタテに持論を押し通してきた統治手法が関係していることは間違いなさそうだ。

 国家公務員の人事は、最終的には内閣の権限と責任で行われ、任命権は各省庁の大臣が持つ。一方、官僚には特定の党派にくみしない「非政治性」が求められる。実務的には長らく、各省庁の事務次官を頂点とする事務方に任されて、政治は介入を控えてきた。

 この慣行に「政治主導」の大きな風穴をあけたのが、2014年5月の内閣人事局創設だ。ただ、実はその前段がある。1997年5月、内閣に設置された「閣議人事検討会議」のことである。幹部人事を閣議了解する前に、官房長官と3人の副長官が、各省庁の示した人事案を事前審査する会議のことである。その初代のトップは時の官房長官、梶山静六氏である。菅首相が「政治の師」と仰ぐ人物だ。

官房長官として最後の記者会見に臨む梶山静六氏。後ろは副長官として支えた与謝野馨氏(1997年9月10日、首相官邸の記者会見室で)
官房長官として最後の記者会見に臨む梶山静六氏。後ろは副長官として支えた与謝野馨氏(1997年9月10日、首相官邸の記者会見室で)

 梶山氏は橋本竜太郎内閣の官房長官として、各省庁に歳出カットを迫る財政構造改革の先頭に立っていた。予算減額に抵抗する族議員や各省庁に、持ち前の「剛腕」で、にらみを利かせた。梶山官房長官を副長官として支えた与謝野馨氏に、こんなエピソードを聞いた。

 無駄な公共事業への批判を背景に、「財政構造改革の推進方策」(1997年6月策定)には、大胆な公共事業費のカットが盛り込まれることになっていた。そんな折、公共事業を所管する建設省の局長級幹部が梶山氏を訪れ、「そんなに公共事業を減らしたら、景気が大変なことになりますよ」と進言した。すると、梶山氏はこう一喝した。

 「あんた、そんなに景気が心配なら、経済企画庁(現内閣府)に異動させてやろうか!」

 官僚の幹部人事を取り仕切る官房長官が発した怒りの一言に、「青くなって帰って行ったよ」。梶山氏はいたずらっ子のような顔で笑っていたという。もちろん、梶山氏はそんな「懲戒人事」は行わなかった。その幹部は順調に出世し、後に事務方トップの建設事務次官に上り詰めた。

 梶山氏は陸軍航空士官学校の出身で、かつて自民党総裁選に出馬した際、田中真紀子氏に「軍人」と 揶揄(やゆ) されたほど 強面(こわもて) の印象があった。確かにすぐにカッとなる。鋭い眼光でにらみつけ、甲高い声でまくし立てる。各省から来た秘書官はもとより、梶山官房長官の番記者だった私も、たびたびどなりつけられた。しかし、外見に似合わずひょうきんな性格で、心根は温かく、ガキ大将がそのまま大人になったような方だった。そのおおらかな人柄は、多くの官僚や記者に愛された。

人事権を「伝家の宝刀」に

 梶山氏の「弟子」を自認する菅首相はどうか。残念ながら、直接の取材経験はないので、著書を参考にしたい。菅氏は、首相就任を機に出版した「政治家の覚悟」(文春新書)の第6章「『伝家の宝刀』人事権」で、こんな話を披露している。

菅首相は総務相時代、NHK改革をめぐる発言が「許せない」として担当課長を更迭した(東京・渋谷のNHK放送センター)
菅首相は総務相時代、NHK改革をめぐる発言が「許せない」として担当課長を更迭した(東京・渋谷のNHK放送センター)

 総務相だった菅氏は、受信料の2割値下げなどのNHK改革を目指し、NHKは激しく抵抗していた。その頃、NHK担当の課長が新聞各社の論説委員らとの懇談会で、改革の見通しについて「そう簡単ではない。どうなるかわかりません」という趣旨の感想をもらした。菅氏は、NHK改革に対する総務省の本気度が疑われる「許せない」言動だとして、その課長を直ちに更迭した。他の官僚は震え上がったことだろう。

 著書には出ていない話もある。官房長官になっていた菅氏は2014年、総務相時代に導入の先頭に立った「ふるさと納税制度」を拡充するよう、古巣の総務省に指示を飛ばした。これに対して税務担当の局長は、問題視され始めていた「返礼品の高額化」に歯止めをかける必要があると、異を唱えた。事務方トップの次官候補と目されていたこの局長は、次の人事で自治大学校長に転出させられ、そこで官僚のキャリアを終えた。当時、菅氏による「異例の左遷人事」と話題になった。

 持論を通すためなら、逆らう官僚を飛ばすこともためらわない。霞が関から、そんなふうに恐れられている菅首相が、「温室効果ガスの削減目標の大幅な上積み」を求めたのだ。よほど骨のある役人でも、「それは無理です」と突っぱねることができなかったに違いない。

 政治主導の政策決定には、大胆な手をスピーディーに打てる利点がある。菅首相が「突破力」を評価されてきたのも、「できない理由」を探すことに () けた官僚たちを、ねじ伏せてきたからだろう。ただし、官僚を排除した揚げ句に迷走した旧民主党政権のように、独りよがりになる危険とも隣り合わせだ。

 政界きっての政策通だった与謝野氏は、著書「堂々たる政治」(新潮新書)でこう語っている。「役人は少し褒め、少しおだてて方向性を与え、あとは政治家が責任を取る。そうすれば役人はいくらでも知恵を出すし、いくらでも働く」と。

 法律や過去の政策に精通した「日本一のデータベース」とも言うべき官僚機構を敵に回すのではなく、上手に使いこなしてこそ、本物の政治主導が実現できる。与謝野氏はそう言いたかったのだろう。

西村発言に見る「強権姿勢」

 私の方針に従え。従わないならひどい目に遭わせるぞ――。目的のためなら手段を選ばないような統治手法を、閣僚たちも見習っているのではないか。そう思わせたのが、飲食店に対する酒の提供自粛要請を巡る一連の「西村発言」である。

 本稿の主題である環境・エネルギー問題からは少々それるが、もう一つのテーマであるポピュリズムと、政策運営のガバナンス(統治)は切っても切れない関係にある。あえて言及したい。

新型コロナ対策を巡る自らの発言について陳謝する西村経済再生相(2021年7月15日、参院内閣委員会で)
新型コロナ対策を巡る自らの発言について陳謝する西村経済再生相(2021年7月15日、参院内閣委員会で)

 政府は、緊急事態宣言などの対象地域にある飲食店に対し、夜間の休業や酒の提供停止を要請しているが、応じない店も少なくない。そこで、新型コロナ対応を担当する西村経済再生相は2021年7月8日の記者会見で、要請に協力しない飲食店ついては、金融機関を通じて順守を働きかける考えを示した。酒類の販売業者には、取引を停止するよう関係省庁を通じて要請した。

 金融機関に逆らって融資を止められたら、企業経営はたちまち行き詰まる。立場の強い金融機関に要請されたら、企業は従わざるを得ない。これが金融機関の「優越的地位」だ。独占禁止法はその「乱用」を厳しく禁じているが、西村氏の発想には、金融機関の強い立場を利用して言うことをきかせようという意図が垣間見える。少なくとも要請を受けた飲食店は、そう受け止めるに違いない。

 酒類の販売業者への要請も、言うことをきかない飲食店を「兵糧攻め」にする狙いだろう。酒類販売業を営むには国の免許が必要だ。長年の取引先を「切れ」という無理難題を突き付けられても、免許権を握る国の意向を無視するのは難しい。コロナ対応の指揮をとる西村氏が、感染拡大を沈静化させたいと願う気持ちはよく分かるが、公権力を背景に民間企業の信頼関係を壊すような要請をしたのは、いくらなんでも行き過ぎだったろう。憲法の保障する「営業の自由」を侵す懸念さえある。政府が要請を取り下げたのは当然だ。

菅政権のガバナンスは大丈夫?

 ここまでなら、西村氏の「勇み足」で話は終わるのだが、事はもっと根深いようだ。

 7月13日の閣議後の記者会見で、産業界を所管する梶山経済産業相は「私自身は強い違和感を覚えた。趣旨をしっかり確認するよう事務方に指示した」と説明した。金融機関や酒類取引業者を監督する麻生財務相兼金融相は、「普通に考えておかしいと思わなきゃおかしいだろ。だからほっとけと、それだけ言いました」と述べた。

 担当閣僚なら、営業の自由の侵害や優越的地位の乱用につながりかねない問題だと、承知していなければおかしい。閣議などの場で疑義を問題提起するのが筋である。事務方に趣旨の確認を指示して済ませる。あるいは、「ほっとけ」という投げやりな一言だけで、具体的な判断や対応は役所に丸投げする。そんな官僚任せの姿勢では、「政治主導」の看板が泣く。

酒類販売業者への要請撤回について記者の質問に答える菅首相(2021年7月14日、首相官邸で)
酒類販売業者への要請撤回について記者の質問に答える菅首相(2021年7月14日、首相官邸で)

 さらに気がかりなのは、菅首相が7月14日、記者団に対して「要請の具体的内容は議論していない」と述べたことだ。首相と関係閣僚は、7月7日に事務方から要請の概略を聞いていたのに、踏み込んで検討していなかったことになる。機微に触れる問題について政権幹部が知恵を出し合い、 真摯(しんし) に話し合った形跡が見えないのは残念だ。

 関係省庁の官僚は当然、問題の多い要請であることは分かっていたはずだ。しかし、「もの言えば唇寒し」と思ったのだろうか。積極的にいさめた形跡はない。役人が保身を第一に考え、必要な進言をためらうようでは、まっとうな政策決定は期待できない。政治が一方的に指示を出し、 萎縮(いしゅく) した官僚はそれを丸のみにする。そんなことを繰り返すうちに、政治と行政の風通しが悪くなってはいないか。政策運営のガバナンス欠如が心配だ。

師の「遺言」は首相の心に届くか

 政治家の役割は国の進路の大きな方向性を示すことにある。とはいえ、法体系や先例をよく知り、財源や人員体制などを勘案し、手堅く政策を進めようとする官僚の意見にも耳を傾けないと、政治は選挙に有利なバラ色の政策に走りがちになる。「無駄な予算を削れば財源はいくらでもある」と主張し、巨額の子ども手当など大盤振る舞いのマニフェスト(政権公約)で政権を奪取した旧民主党は、 () しき前例だ。

 梶山氏は、亡くなるわずか2か月前の2000年4月に出版した著書「破壊と創造」(講談社)で、日本経済再生から社会保障、外交・防衛、教育と、幅広い政策分野に及ぶ提言を残している。政治家としての「遺言」のような著書の、ある一節が心に響いた。

 「現状を悲観的に見ておきながら、未来に対してだけは根拠のない明るいビジョンを示すのは、政治家として正しいあり方ではない」

 この著書が世に出て20年以上になる。本稿が指摘した環境・エネルギー政策の問題点を、梶山氏は持ち前の千里眼で、はるか前に見通していたかのようである。少なくとも菅首相には、温室効果ガスの「46%削減」を実現するための具体的方策や実現可能性、実施に伴う経済的影響や国民のコスト負担について、早急かつ明確に説明する責務がある。

 「根拠のない明るいビジョン」をまやかしだと喝破した政治の師の「遺言」を、菅首相はどのように聞くのだろうか。

(おわり)

環境ポピュリズムの足音が聞こえる <1>温室効果ガス「46%削減」は責任ある目標なのか

環境ポピュリズムの足音が聞こえる <2>ちぐはぐな菅政権の電力政策

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2222132 0 政治・選挙 2021/07/20 18:16:00 2021/07/20 18:16:00 2021/07/20 18:16:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210720-OYT8I50084-T.jpg?type=thumbnail

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