【対談】本土復帰50年 沖縄振興・基地問題の核心とは 伊藤元重氏×真部朗氏

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

POINT
■沖縄は、発展するアジアと地理的に近い。「日本のフロンティア」としてのメリットを生かした振興策と、対中国安全保障の要の役割が、同時に求められている。

■沖縄は日本の中で独特の歴史を持つが、スペインのカタルーニャや英国のスコットランドなど独自性を持つ地域を抱える国は多く、特別視すべきではない。

■米軍普天間飛行場の移設は、民主党政権の失敗が尾を引き難航している。今後は、移設の必要性について、地元に真摯に説明を続けていくしかない。

■沖縄と正しく向き合うには、沖縄独自の「ナショナリズム」と、保守でさえ「米軍基地はないほうがよい」と思っている内情への理解が欠かせない。

 沖縄は5月15日に、本土復帰50周年を迎える。この間、飛躍的な発展を遂げたにもかかわらず、経済格差・貧困の課題は残されており、米軍普天間飛行場の移設をはじめとする基地問題も、日本政治の最大のテーマの一つであり続けている。何が解決を阻んでいるのか。沖縄は、ウクライナ戦争の波及も取りざたされる台湾有事でもカギを握る。経済、安全保障それぞれの最前線で苦労を重ねた伊藤元重・前沖縄振興審議会会長(東大名誉教授)と真部朗・元沖縄防衛局長(株式会社IHI顧問)の2人と対談した。

沖縄、平和つなぐ…本土復帰50年「慰霊の日」
司会 調査研究本部主任研究員 舟槻格致 

ハードル高まる米軍基地返還

――沖縄は、今なお本土との格差が残っていますが、今後どう取り組むべきですか。

  伊藤氏  私が2009年に沖縄振興審議会会長になる前、振興の最大の論点は「所得、雇用、教育などの水準を、いかに本土並みに引き上げるか」でした。ただ、それだけで良いのか。私はむしろ「本土と違う点を長所ととらえ、前面に出して振興につなげる方が建設的で良いのではないか」と考え、実際、そうした議論が強まっています。これは、日本を取り巻く経済環境が大きく変化したことが大きな要因です。つまり、日本という閉鎖された経済社会の中で東京を中心に物事を考えれば、沖縄は東京から最も遠いうえに人口も少なく、 島嶼(とうしょ) 地域なので、ハンデばかりが目立つわけです。でも沖縄は地理的に本州とアジアの間に位置し、アジアが伸びてくれば、グローバル社会に関与していく上で強みがあるのではないか。こうした沖縄の個性に着目した議論が50年間で少しずつ出来るようになったし、また、今後ますます重要な視点となると考えています。

-―米軍基地については、50年間で縮小の努力が続けられたものの、嘉手納基地、キャンプ・ハンセン、そして宜野湾市の普天間飛行場といった大きな施設・区域を見ると、復帰当初とあまり変わっていないという人も現地にはいます。

  真部氏  在沖縄の米軍基地には、返還された部分もあるけれど、残った部分もかなりあるというのが住民たちの実感でしょうし、また客観的にもそうだと思います。どこで差がついたかと言えば、機能の代替・移設の条件が付かない返還は、1996年に最終報告が出されたSACO(サコ=沖縄に関する特別行動委員会)の前にほぼ完了しました。SACO以後は、それ以外の部分、つまり返還に当たって他の施設・区域内に機能を移設する必要がある基地の返還が、取り組むべき課題になっています。

――ある意味、ハードルが高まっている。

  真部氏  それはその通りです。実現がより難しくなっていると思います。

――沖縄を取り巻く環境は、経済だけでなく、安全保障面でも50年間で大きく変わりました。「アジアの発展」は良いことではあるけれど、中国の軍事力拡大など沖縄にとっては難しさが増した側面も否めません。

  真部氏  安全保障面に限れば、我が国の環境は、この50年間で様変わりしました。長く続いた冷戦の後に、地域紛争やテロが焦点となる時代があり、ここ7~8年は、また大国間競争の時代に入り、一方的な現状変更の試みが重大な問題となっているわけです。ロシアが始めてしまったウクライナ侵攻、そして台湾などを巡り軍事力を増大させている中国の動きがそうです。日本周辺では今、自衛隊は南西方面の態勢強化に努めていますが、沖縄には、それを理解し、受け皿となっていただくことがますます重要になっていると感じます。

 沖縄は今年、名護市長選が終わり、石垣市長選では自衛隊の部隊受け入れを認める現職が当選しました。これから参院選、県知事選など重要な選挙を迎えますから、県民に、我が国の安全保障の現状を正しく理解いただけるよう努めることが、日本全体にとって非常に大切だと思っています。

アジアの「グラビティー」を生かした経済を

――経済面からみても「南西方面」、つまり沖縄の地理的な重要性は増しているということでしょうか。

  伊藤氏  アジアとの関係を考える際に、オランダの経済学者ヤン・ティンバーゲンが定量的に示した「グラビティー」(引力)という概念が重要と考えています。これは、二つの地域の貿易量や人の流れは、距離が短いほど、また質量つまり所得や人口規模が大きいほど、大きくなる、ということです。たとえば日韓間の貿易量が日仏間より多いのは、距離が近いからです。しかし日韓間より、日米間の貿易量はさらに多い。これは、米国の経済規模が非常に大きいからです。

 戦後、沖縄にとってのグラビティーの対象は東京でしたが、最近では、相手としてアジアの持つ意味が大きくなっています。つまり、中国や韓国、東南アジア諸国の所得水準や経済活動が大きくなると、東京よりも距離が近い沖縄には、良くも悪くも影響が及ぶというわけです。安全保障、地政学でも同様かもしれませんが、経済面でも中国やアジアの及ぼす力は急速に強まっています。たとえば、全日本空輸が那覇空港を国際物流のハブにしようとして、中部国際空港(セントレア)から一時的に比重を移したのは、グラビティーの持つ力を象徴的に表しています。グラビティーは沖縄、そして本土にも強い影響を与えたといえるでしょう。

――沖縄には、独特な難しさがありませんか。取材をしていても、沖縄の独特のすばらしさに魅了される一方で、文化や習慣の違いに多少の違和感を覚えた人が、私も含め少なくありません。この点は、いかがでしたか。

  伊藤氏  経済学者は、沖縄に限らず、地域の専門家ではありません。ですから、私は東日本大震災の復興推進委員長としても現地の話を詳しく聞きましたが、沖縄でも、とにかく地元の方たちの話に耳を傾けることを心がけました。それは、良かったと思っています。とはいえ、言うことを聞くだけでは済みません。経済学者として、政府の審議会の中で発言するには、正論を言わなくてはならないわけです。沖縄の特色を理解しつつ、骨太の議論をすること。それがやはり大事ではないかと思っています。

  真部氏  沖縄防衛局長として気をつけていたことを一つ申し上げると、日本政府の出先ですから、一方で在沖縄米軍、他方で首長ら地元の声との間で、いわば板挟みに遭うわけです。米軍は、日本を守っているつもりだし、客観的にもそうです。だから、そうした立場で様々な要求をしてきます。これに対し地元は、率直に言って米軍基地には否定的なんですね。となると、その間に立つ政府、防衛局はどうしたらよいのか。地元の声を素直に聞いて米軍に「出ていけ」ということは、もちろんできない。むしろ、米軍の意向は日本の防衛のために最大限尊重しなければならない。とはいえ米軍の意向ばかり聞いて地元に我慢してくれ、ということもできない。結局、在日米軍の存在意義を認めつつ、地元へのネガティブ・インパクトを最小限にすることが基本的なスタンスであるべきだ―そう考えてきました。

 従って、騒音などは、米軍に「最も影響を与えない形にしてくれ」と要求しました。でも、最小化してもゼロにはならない。そこで防衛省の基地周辺対策が必要となるわけです。補償としての対策事業への補助金給付を、地元自治体などに対して行ってきた。つまり、双方の間に立って政府固有の責任を果たすというスタンスを守ることに、口はばったいようですが、腐心してきたわけです。

「基地と振興策を区別」堅持を

――日本政府は長年、「基地問題と振興策は別」との建前を掲げてきたし、現在も維持しています。実態を考えるとどうか、という声もあります。このままの形で進めていくしかないでしょうか。

  伊藤氏  確かに「別」だとは思うけれど、その意味には、注意が必要です。基地は時代、時代で存在理由が揺れ動き、政治的に難しい問題となることもあります。ですから、それと一体化した補完・調整のために、経済振興策が使われるべきではないということです。とはいえ、振興策は広い意味では基地とも関係するのだと思います。米軍基地が日本とアジアの安全保障にとって重要なものの、地元への負担が大きいわけですから。

 本土復帰が遅れた特殊性を考えると、沖縄を特定の地域として振興策の対象とすることはあり得ると思っています。他の地域と沖縄は違うのです。東北の復興では、東北優遇について他の地域からお叱りを受けることもありましたが、戦後の沖縄は特別な地域ですから、オールジャパンで振興策を進めることが、やはり重要と感じています。

――「振興策が基地負担の見返りだ」という言い方をすると、沖縄の人たちを傷つけることにもなります。だから、そう言ってはならないのは分かるのですが、みな薄々そう感じ取っているのではないですか。

  真部氏  沖縄で勤務した実感としては、地元の人の多くも、内心では基地と振興策を結びつけてとらえている面があるのは、否定できないと思います。ただ、これを公に認めることは、沖縄の人にはできない。そもそも沖縄の米軍基地は本来「あってはならないもの」だからです。だから、基地とリンクさせて政府から振興策を受けることはできない。私は、今後もリンクはさせるべきでないと思っています。とはいえ、事実上あるいは内心、リンクを意識することは、政府にも地元にもあるでしょう。公に認めることは、すべきではないということです。

――沖縄政策に携わる中で、「本土の人たちの理解不足」を感じたことはありますか。

  伊藤氏  本土で一般論としての沖縄の振興策を考えているだけだと、難しい面があります。やはり、地元に足を運んで、話を聞かないといけない。沖縄には歴史的な特色がありますから、政府もそこをきちんと理解して進めないと、対応を間違ってしまうと思います。50年間の歴史の中で、政府もかなり揺れ動いてしまった部分がありました。もっと一貫性を重視すべきだったと感じます。

  真部氏  よく誤解されるのが、沖縄における「保守・革新」の意味です。いわゆる55年体制時のイデオロギー的な「保守・革新」の対立と異なり、沖縄では基本的に、「保守・革新」を分けるのは、基地に対する姿勢です。とはいえ、双方とも「基地には反対」。基地があった方が良いと思う人は、まずいない。では一体何が違うのかと言えば、保守は現実主義、革新は理想主義あるいは急進主義なんですね。保守だって、基地はない方がいいが、明日なくなることが現実にないならば、むしろなくなるまでは利活用しても良いのではないか、と考える。革新は、急進的に、明日あるいは今日にもなくなったほうがいいと。かといって過激なことはせず、言論で主張するのですが。以上は私個人の見方ですが、本土の識者にも、保革の一方だけをとらえて「沖縄はこう考えている」と語ってしまう人が多い。それは誤解につながるので、気をつけた方がいいと思います。

――本土で基地と安全保障を重視する立場の人も、沖縄の保守派に対して、過剰な「期待」をしない方がいいと。

  真部氏  よくある誤解は、沖縄の保守について「あの連中は、カネが欲しいだけ。だから基地はどうでもいいと思っている」と見なすものです。それは大きな間違いです。

沖縄固有の歴史をどう見るか

――対沖縄政策では、日本政府は、佐藤内閣以降、橋本内閣、鳩山由紀夫内閣、安倍内閣と、大きく揺れ動き、それに伴い沖縄の政界の在りようも変化してきました。この間の日本政府の方針についての評価と、今後の課題をどう考えますか。

  伊藤氏  印象に残っているのは、なんといっても鳩山内閣の時期の混乱でしょう。沖縄が、真部さんが言われたように難しさをもっているとすると、日本政府にはある種の一貫性が求められていると思います。それ以降、反省もあって、今は日本政府の沖縄政策も安定してきましたが。

  真部氏  少なくとも安保に限って言えば、どの政権になっても、対沖縄の基本は変えるべきではないと思います。日米同盟は日本の安保に不可欠で、在日米軍はその要です。米軍基地の相当部分を引き受けているのが沖縄なわけです。負担軽減はもちろん可能な限り進めるべきで、それでも残る負担については、基地周辺対策プラス経済振興で、補償する。こうした考えを基本として沖縄に対応するべきだし、大部分の政権は、公言はしないにせよ、そういう理解で政策を進めてきたと思います。この基本に加え、小渕内閣のころまでは、有力な政治家の間に、沖縄の過去の苦難、特に沖縄戦と、その後の占領時代の苦難に対する強いシンパシーがありました。少し大げさかもしれませんが、ある種の「 贖罪(しょくざい) 意識」があったと思います。

――小渕元首相もそうですが、梶山静六、野中広務の両元自民党幹事長などは、そうした沖縄への強い思い入れがあり、沖縄に使命感を持って取り組んでいました。

  真部氏  それが今の政治家には希薄になってしまったし、これから復活することもないのでしょう。過去の歴史に深く学んできた人が、いなくなっている。そうであるならば、これからは先ほどお話しした「基本」を大事に政策を進めていくことしかないのではないでしょうか。

――沖縄は、江戸時代の1609年から始まった薩摩藩による琉球王国の征服・支配を経て、1879年の明治政府による琉球処分(沖縄県設置)、そして沖縄戦、戦後米軍による統治を受けた点で、日本の中でも独特な歴史を持っています。このことをどう考えるべきでしょうか。困難な点、あるいは逆に、前向きに捉えるべき点はありますか。

  伊藤氏  特に沖縄の若い人たちと話していると、あまりそうした気持ちを持たなくなりつつあると感じます。とはいえ、そうした歴史があったのは事実です。私は「ものは考えよう」だと思います。つまり、世界地図を広げてみれば、歴史的な違いのある様々な地域を抱えて一つの国を形成している国家は決して珍しいことでなく、むしろ多数派とさえ言えます。たとえばスペインには、独立問題に揺れる東部カタルーニャ自治州や、フランスとの国境地域にある北部バスク自治州があり、それぞれ首都マドリード周辺と異なる文化を有しています。英国にもスコットランドがあり、独立問題を抱えています。その点、沖縄は事実としては確かに歴史的な背景を他の地域と異にしますが、そこも含めて日本という一つの国が形成されているのだということを、本土の人も沖縄の人も認識しながら、どのような国造りを進めていくべきかを、考えないといけないということではないでしょうか。

 沖縄振興審議会の中の議論は、「いかに沖縄を本土並みにするか」から、「いかに沖縄のユニークさを前に出し、日本のフロントランナーにするか」に移ってきました。それは沖縄に限らないことだと考えます。地方都市がみな「ミニ東京」になる必要はないのです。違いがあるなら、それをむしろプラスにとらえる姿勢が重要なのかなと思っています。

――沖縄取材で聞いた言葉でショックだったものの一つが「沖縄差別」というものでした。仮に本土の人には意識がないとしても、沖縄の人にそういう気持ちを持たれているという現実は重い。真部さんも、最も苦労してこられてきたのではないですか。

  真部氏  沖縄が日本となってからまだ歴史が浅いことは、率直に認めなくてはならない事実です。沖縄は、江戸時代には、薩摩藩を通じて幕藩体制に組み込まれましたが、一方で中国とも一定の交流を行い、日中間のバランスを取りながら、琉球王国として独立を維持してきました。そして明治のいわゆる琉球処分により、近代国家としての日本に編入されました。まだ歴史が新しいわけで、そうした地方は、日本では他にありません。

 私は富山県出身で、富山県とお隣の石川県を比較することはありますが、「富山と日本」が比べられることはありません。それに対し、沖縄には一種のナショナリズムのような意識があります。「ネーション」ではないので表現として正確ではありませんが、気の置けない場では、「ウチナンチュー」(沖縄の人)、「ヤマトンチュー」(本土の人)という言葉が普通に出てきます。沖縄県も、もしかすると数百年経てば、他県と変わらなくなるのかもしれませんが、それまでは、独自の文化を持つ地域として意識され続けるでしょう。私は、沖縄が独自の文化を維持・継承しながら、今後「日本」とより良い関係を築いていくことを願っています。

影落とす鳩山内閣の失策

――普天間飛行場の名護市辺野古への移設問題はなぜ、解決が遅れているのでしょうか。今後、どのような取り組みが求められていると思いますか。

  伊藤氏  真部さんが言われたように、「移設条件付きの返還」の難しさ、というものがあることは否定できません。単なる返還であれば良いのでしょうが、移設しなければならないという前提条件があるわけですから、負担軽減に向け、どのような対策を講じるかを、皆で考えていくしかないのだと思います。

――「最低でも県外移設」という鳩山内閣の訴えに、沖縄県民の間で熱狂的な期待が寄せられてしまい、それが挫折したことで、県民の失望と怒りが増幅し、問題の解決を一層難しくしてしまった面もあります。

  真部氏  そもそも普天間飛行場の返還は、橋本内閣時の1996年に移設条件付きで日米合意されたわけです。この時点では、沖縄でも「住宅密集地に飛行場がある現状よりはましになるから、まあ仕方ないか」と思う人が多かったと思います。その後、曲折はありましたが、移設は進みつつありました。

 これを、鳩山政権がひっくり返してしまった。「『辺野古以外に移設場所はない』と言い続けていた政府は嘘をついていた」と言ったに等しかった。ところがそれをさらに撤回したことで、この問題については政府に対する信頼が全くなくなってしまった。言葉は厳しいが、浅慮だったとしか言いようがない。今までの経緯を十分に学ぶことなく安易に約束し、違えた。当時の不信感が今も沖縄では尾を引き、それが「沖縄ナショナリズム」と結びつき、非常に根深い問題となってしまった。これからは、負担軽減策としての普天間飛行場の移設についてこれまで以上に 真摯(しんし) に説明していくしかないと思います。信じてもらえないかもしれないけれど、それ以外ない。中国の台頭という安全保障環境の変化についても、愚直に説明し続けるしかない。普天間飛行場を移設して米軍再編を完成させ、自衛隊を強化していくしかないのだと。

――51年目以降の沖縄振興について、関係者に伝えたいことはありますか。

  伊藤氏  沖縄が本土と少し異なる歴史を持つことは確かで、それをいかにプラスになるようにもっていくか、という発想が必要だと思います。その時に支えになる思考法が、「グローバル化」です。沖縄は決して「日本の辺境」にあるわけではなく、日本のフロンティアにあるという視点から考えることが大切です。沖縄の持っている特異性を、むしろ正面から見据えてプラスにつなげていくという考え方をとることこそが重要です。また、何が問題かは、時間とともに変わっていくことにも注意が必要です。最近の沖縄では、貧困の問題が指摘されています。振興に当たっては、地域の特徴にセンシティブになることが大事です。経済学の正論で議論するとともに、地元の特徴、課題と真摯に向き合う機会を増やすことがとても重要だと考えています。

――沖縄では、母子家庭など、ひとり親世帯の子どもの貧困や、再犯率の高さ、企業の「補助金漬け」といった課題が指摘されています。地元でもこうした沖縄の問題を論じた本が売れていると聞きます。

  伊藤氏  貧困の連鎖が、残念ながら激しいんですね。それが個別の家計の問題だけでなく、ある種社会的な特徴となっています。それを、今は日本全体が追いかけているという形です。その意味で、良くも悪くも、沖縄は日本のフロンティアになっている部分があります。そこは、注目しなくてはならないと考えています。

  真部氏  各種の補助金などの沖縄振興策については、沖縄の経済の自立につながり、それが定着するまでは「補助金漬け」と批判されてもある程度はやむを得ないのかもしれません。沖縄の観光業は成功例ですが、観光業だけでは経済は安定しません。

――観光については、新型コロナウイルスの影響もありました。

  真部氏  「風任せ」にならない振興が必要だと感じます。コロナは観光に打撃を与えましたが、観光関連産業にはホテル建設を行う建設業などもあり、影響は観光業にとどまりません。補助金を含め、公共事業で下支えをしながら、フロンティアである沖縄にふさわしい新しい産業を発展させるべきだと思います。

※座談会は、新型コロナウイルスに配慮してオンラインで実施した。


※この論考は調査研究本部が発行する「読売クオータリー」掲載されたものです。読売クオータリーにはほかにも関連記事や注目の論考を多数収載しています。最新号の内容やこれまでに掲載された記事・論考の一覧は こちら にまとめています。
沖縄復帰50年、特集と最新ニュース
沖縄復帰50年
スクラップは会員限定です

使い方
「調査研究」の最新記事一覧
2959631 0 政治・選挙 2022/04/27 10:50:00 2022/05/06 11:09:33 2022/05/06 11:09:33 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/04/20220427-OYT8I50008-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込みキャンペーン

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)