【講演要旨】人工知能で細胞を選抜 合田圭介・東京大学大学院教授
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多種多様な細胞の世界

細胞は生物体の基本単位です。人間の場合、大きさは6ミクロンから25ミクロン(1ミクロンは1ミリ・メートルの1000分の1)と、とても小さいものです。人体の細胞の数は60兆個にもなります。
細胞の種類も多いです。脳の中にあって情報伝達の役割がある「神経細胞」、病原体から体を守る免疫機能を持つ「白血球」、けがをした時に止血の役割を果たす「血小板」、異常増殖する「がん細胞」など、多種多様です。
人間以外を見てみると、例えば、「酵母」は単細胞生物で、ワインやパン、ビールを作る際の発酵に役立つ細胞です。微細藻類の一種「ヘマトコッカス」は淡水域に広く分布しています。強い抗酸化活性を持つことから化粧品、健康食品などとして使われる赤い色が特徴の「アスタキサンチン」という分子を作ります。
このように様々な機能や役割を持った細胞が存在します。そうした細胞の特徴を生かして、医学や微生物学、理学などに応用することが可能です。「ウォーリーをさがせ!」のような検査装置を 私たち科学者は、特定の細胞を見つけ出し、その機能を調べたいと思っています。「細胞分析」のニーズはとても高いのです。
細胞分析というのは、絵本の「ウォーリーをさがせ!」にかなり近いところがあります。たくさんの人が描かれた中から、ウォーリーという男性を見つけるというものです。細胞分析の世界も同じです。いかに特殊な細胞を早く正確に発見することができるかが重要です。
実際の研究の現場では、多種多様な細胞集団の中の細胞を1個1個、顕微鏡で見て、狙った細胞を見つけ出し、分離します。しかし、この方法は、かなり「宝くじ的」で、いつ当たりを引くか誰も分かりません。何千、何万回と検査・実験しても全て無駄ということもあり得ます。
探査研究の天才、大村智先生
この伝統的な手法を自らのものとした日本人がノーベル生理学・医学賞を2015年に受賞しました。北里大学特別栄誉教授の大村智先生です。大村先生は、当然、知力もすごいのですが、体力も「半端ない」です。スキーで国体出場経験があるスポーツマンです。
大村先生は各地の土を集めて微生物が生産する有用な天然有機化合物の探査研究をしました。「探査研究」とさらっと言いましたが、要するに1個1個調べていき、それを40年以上続けてきました。これまでに約480種の新規化合物を発見したスーパーマンです。このようなことは普通の人はできません。体力と精神力、両方持っている大村先生だからこそできたのです。
そこで、「普通の人」でも、狙った細胞を迅速かつ正確に発見できないかと私は考えました。その技術を開発し、今回の受賞につながりました。
人工知能で細胞を選抜する装置を開発
開発した装置は、専門的には「インテリジェント画像活性細胞選抜装置」と言います。簡単に言いますと、人工知能(AI)を用いて細胞を選抜する装置です。これを使うと非常に研究の効率が上がります。今まで研究の現場でできなかった様々なことができるようになります。
装置ではまず、多種多様な細胞を1列に並べて流し、特殊な高速カメラで細胞1個1個を撮影します。写した画像をAIで分析します。私たちは、脳の神経回路をモデルにしたAIの学習方法である「深層学習(ディープラーニング)」を活用しました。画像や音声データなどの情報入力と、その特徴の抽出を繰り返すことで判断の精度を高めることができる技術です。
その結果、流れて来た細胞が何であるかを見分けることができるようになりました。狙った特殊な細胞が流れて来たら取り分けます。これを行うのは、高度な技術を持った「自動分取装置」です。
欲しい細胞が流れてきた時だけ、ピンポイントに横から押し出す水流を作り、その力で細胞を選別します。その逆も可能です。このような方法で目的の細胞だけを回収します。
半年の作業を40分に短縮
1秒間に100個の細胞を判別できるので、これまで半年くらいかかっていた作業を40分ほどに短縮できるケースもあります。従来は膨大な時間や手間がかかり、人間が行うことが不可能だと思われていた作業を効率的に実施できるようになり、その結果、「偶然の幸運の発見(セレンディピティー)」を人工的に引き起こすことができるのではないかと思っています。
この研究結果は昨年、ライフサイエンス分野における世界最高峰の学術雑誌「セル」に掲載されました。注目してもらいたいのは、51人という共著者の多さです。研究者の分野は、物理学、化学、生物学、情報化学、機械工学、電気工学、化学工学、微生物学、医学など様々で、「超異分野融合」によって、大きな成果を上げたのです。
私たちの研究開発チームは合計で200人以上の研究者で構成されています。研究機関は、東京大学や理化学研究所、九州大学など日本が中心ですが、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)やコロンビア大学など米国の大学も関わっています。
研究者の知名度にとらわれず、45歳未満の若手研究者が中心となって研究に取り組んでいます。
藻類の仕組み解明し、温暖化防止へ
私たちが開発したインテリジェント画像活性細胞選抜装置によって、具体的に、どのようなことができるのでしょうか。
一つ目が、光合成研究など微生物学への展開です。光合成は、二酸化炭素を炭素化合物として留めておく「炭素固定」を行うことで、大気中の二酸化炭素を削減します。水中に生息する藻類は、陸上の植物にはない独自の「無機炭素濃縮機構(CCM)」を持っています。これは、細胞内の二酸化炭素を濃縮して、陸上植物より効率的な光合成を行うことができます。
この機構を詳しく解明することができれば、植物の力を利用した新しいエネルギー「バイオ燃料」を多く生産したり、地球温暖化の防止を進めたりすることができるかもしれません。最も単純な細胞構造を持つ真核光合成生物であるため、古くから光合成研究に用いられてきた生物としては、緑藻類「クラミドモナス」が知られており、CCMに関連する遺伝子変異がある細胞が1%程度存在します。この遺伝子変異がある細胞だけを私たちが開発した装置で分取することに成功しました。従来の手法に比べると、6500倍も速く作業を行うことができました。
心筋梗塞や脳梗塞の発症予防に
二つ目が、血液細胞を用いた医学への展開です。
血液細胞のうち、けがをした時に傷口を閉じる「止血機能」を持った細胞が血小板です。血小板は、体内に侵入してきた病原体をやっつける免疫細胞に比べて関心が低く、興味深い研究分野とはみられないことが多いのですが、実はとても重要な働きをしています。
日本は社会の高齢化で、心筋
高齢者は血管の内壁が弱く、壁がはがれ落ちやすくなっています。それを治そうとして血小板が凝集し、血管を詰まらせてしまうことが多くあります。血管が詰まってしまった後ならば検査をすれば分かります。しかし、詰まる前、血液中にどれだけの割合で血小板が凝集しているかを調べることができれば、心筋梗塞などの発症を未然に防ぐことができます。東大病院の研究者らは、その研究を続けていましたが、顕微鏡を使って血小板の凝集塊だけを調べるのは技術的に難しいことでした。

そこで、私たちと共同研究を始め、採血した血液を、インテリジェント画像活性細胞選抜装置を使って調べました。そして、血液中から血小板凝集塊だけをうまく判別して取り出すということに成功しました。病院の検査部のテクニシャンが1日眠らずに約24時間作業して得られる血小板凝集塊の判別を私たちは1分間で成し遂げたのです。
血液中の血小板凝集塊が多く存在すると、心筋梗塞や脳梗塞が発症する確率が高くなると思われます。血小板の凝集を妨げる抗血小板薬という薬がありますが、この薬を服用した時に体内で何が起きているかは、詳しく分かりませんでした。私たちが開発した装置で血液を分析すると、凝集塊が減っているのかなど、血液のモニタリングができます。つまり、薬の効果を評価することもできるのです。
今後、ニーズが高まっていくと思われる分野に再生医療があります。様々な細胞に分化・増殖できるiPS細胞(人工多能性幹細胞)はがん化しやすいと言われています。細胞集団の中からがん細胞、またはがん細胞になりそうなものを、この装置を使って、低コストで除去することができるかもしれません。
オープン利用とベンチャー事業化
この技術・装置は世界的に評価していただき、国際的な科学雑誌「ネイチャー」は、「ブレイクスルー(突破、飛躍的前進)だ」と報道しました。私たちは今、この技術を「オープン利用」と「ベンチャー事業化」という2本柱で進めています。
この装置は、世界には東京大学にある1台しかありませんが、この装置を使って研究したいと手を挙げている研究者は世界中にたくさんいます。そこで、オープン利用という形で世界中から研究者を呼び込んで、みんなで新しい物を発見しようということを行っています。一方、この装置は東京大学だけでなく、将来的には病院や研究所などにそれぞれ1台導入してもらうというベンチャー事業化にも取り組んでいます。そのためのベンチャーを既に設立しており、企業名は「CYBO(サイボウ)社」です。これは細胞のことです。外国人には通じないジョークですが、サイバー的な意味も含む造語です。
この研究は当然私だけの力によるものではありません。多くの若手研究者と様々な研究機関、研究資金を出してくれた組織の支援を受けて達成できたものであり、ここで感謝の意を述べたいと思います。
(読売テクノ・フォーラム「ゴールド・メダル賞」受賞記念講演会「科学の力で、世界を元気に」2019年5月11日、東京都千代田区の日本プレスセンター大ホールで)
