野生動物と人 共生への道筋

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POINT
■イノシシやクマなど野生動物による農業被害や人身事故が増えている。人々の暮らしを脅かす切実な問題であり、実効性ある対策が求められる。

■捕獲数からの推計では、イノシシは個体数が激増。特に福島県など東北地方で増加が目立つ。クマは個体数の正確な変動は不明ながら、分布域を広げている。

■森林利用の衰退と過疎化で野生動物を奥山へ押し返す圧力が弱まり、人との遭遇が増えた。ボランティアのハンターに捕獲を任せるだけでは限界がある。

■駆除一辺倒の鳥獣行政を見直し、正確な実態把握に基づく野生動物の科学的管理を進めるべきだ。人材育成など長期的課題にも取り組み、共生の道を探りたい。

 イノシシやクマなどの野生動物と人間が遭遇する機会が増え、農業被害や人身事故が後を絶たない。人々の暮らしを脅かす、地域の切実な課題になっている。一方で、生物多様性の維持という21世紀の地球規模課題で考えれば、野生動物と人との共生は避けて通れないテーマだ。生息実態を正確に把握しないまま捕獲を続けてきた鳥獣行政を再考し、専門人材育成など長期的課題にも挑み、共存への道筋をつけたい。

デジタル化と新「流通革命」
調査研究本部記者 佐藤良明 

街なかに出てきたイノシシ

ゴミ収集所をあさるイノシシ(2016年撮影、神戸市提供)
ゴミ収集所をあさるイノシシ(2016年撮影、神戸市提供)

 私たちの暮らしに影響を及ぼす野生動物といえば、農業被害をもたらすシカやサルなど様々だが、本稿では東北地方で特に増加が顕著なイノシシと、遭遇すれば命の危険もあるクマを取り上げる。

 まずイノシシについて、長年その被害に悩まされてきた神戸市の事情をみてみよう。同市は、「夜になるとイノシシがコンビニに買い物に来る」という笑えない冗談があるほど、街なかにイノシシが住みついてしまった典型的な街なのだ。

 イノシシが市街地に出没する理由を神戸市は「山にエサがないから」でも「人間に住む場所を追われたから」でもないと市のサイトで強調する。イノシシが「ここに来れば簡単においしいものをたくさん食べられる」と覚えてしまったため、と説明している。「おなかをすかせてかわいそう」などと考えた市民が善意で餌付けを始めたことがイノシシが街なかに現れる端緒だとされ、一時はゴミ収集所をあさったり、エサをもらえる場所にたむろしたり、と気ままにふるまっていた。

 本来なら非常に憶病なイノシシが人を恐れなくなると、夜間に買い物袋を下げた通行人をつけ狙うようにもなった。同市は2002年にイノシシ条例(現在=神戸市いのししからの危害の防止に関する条例)を制定し市民への啓発に取り組んだ。しかし効果が十分とはいえず、14年に条例を改正し、餌付けを続ける住人の氏名公表など厳しい措置を盛り込んだ。イノシシに襲われてケガをする市民も出ていたが、14年度に37件もあった人身被害は、近年、積極的に捕獲した結果、20年度で2件まで減った。ただこのまま被害が少ない状況が続くかどうかは不明で、市では警戒を緩めていない。

滅びゆく時代を経て

 かつて日本では獣害対策や生物資源としての活用を名目に、様々な野生動物が絶滅の危機に追いやられた時代があった。イノシシに関して言えば、昭和初期に東日本を中心に広い地域で姿を消すか数を大幅に減らした。第2次大戦を経てその後の数十年間は、鳥獣対策の政策優先度が高くないこともあって、イノシシが顧みられることはほぼなかった。生息状況調査など実情が把握される機会はまれ駆除一辺倒の鳥獣行政を見直し、正確な実態把握に基づく野生動物の科学的管理を進めるべきだ。人材育成など長期的課題にも取り組み、共生の道を探りたい。だった。

 1990年代頃から各地でハンターや地元民の目撃情報が重なり、イノシシなどの野生動物が増えてきたと考えられるようになった。それでも正確な実態把握には程遠く、どの獣種でも現在に至るまで継続的で精度の高い生態調査は行われていない。その前提の下で、環境省による生息推計値をみてみよう。

 73年、当時の環境庁が自然環境保全基礎調査と呼ばれる全国規模の調査をスタートさせた。ほぼすべての動植物を網羅するものだったが、調査内容は十分とはいえなかった。調査項目に哺乳類が初めて入ったのは78年からだが、イノシシやクマは個体数を推計する手法がなく、捕獲状況や都道府県への聞き取り結果を踏まえ、日本地図に分布状況を示すにとどまった。当時イノシシは宮城県以南にしか生息しておらず、北陸地方もほぼ空白域だった。

 イノシシの実態を把握する一つの手がかりは、捕獲数のデータだ。野生動物の捕獲は<1>狩猟免許を持つハンターの猟<2>増え過ぎの影響を軽減する個体数調整<3>具体的被害をもとに行う有害鳥獣捕獲、に大別される。環境省が本格的に集計を始めた2000年度の捕獲数は14万8000頭余りだった。その後、多少の増減を繰り返しながら上昇カーブを描き、14年度に50万頭を超え、19年度には64万頭に達した。こうしたデータをもとに環境省がイノシシの個体数を推計すると、19年度で58万~111万頭(中央値80万頭)となった。

 捕獲は主に農業被害対策のためだ。農林水産省のまとめでは、全国のイノシシ被害は10年度の約68億円をピークに減少傾向で、19年度は約46億円だった。ただ、前述のように捕獲数が何倍にも増えていながら、被害が応分に減らないのはなぜなのか。生息数の推計中央値80万頭というデータは、現状を正しく反映しておらず、生息数がもっと多い可能性は大いにある。せんじ詰めれば、今の対策が必ずしもイノシシの実態に即して行われ、顕著な効果をあげているわけではないことを示唆している。この点は後述する。

東北で激増、山形は8年で110倍

 イノシシの生息に関する専門家の認識は従来「西高東低」であり、主に西日本の問題と考えられてきた。前述のように、東北地方は宮城県以南が生息域とされてきたが、近年は本州北端にまで分布が拡大している。

 東北北部に生息していなかった理由としては、冬場に雪が深く、脚の短いイノシシは自由な移動が困難でエサをうまく探せないからと考えられてきた。それが気象庁の降雪データをみると、国内の積雪量は緩やかに減少傾向にある。荒れた農地の面積も拡大し、イノシシを取り巻く環境は徐々に暮らしやすい方向に変化しているようだ。

 「イノシシ空白域」だった北東北3県の近年の状況をみると、岩手では11年度に2頭捕獲され、14年度に40頭、19年度には346頭まで増えた。県自然保護課によると20年度はさらに数を伸ばしているという。秋田では18年度28頭、19年度5頭だったが20年度は115頭にのぼった。青森では19年度に初めて3頭を捕獲し、20年度は14頭まで増加した。

 一方、東北南部・福島には福島第一原発事故の影響で人の住めない帰還困難区域がある。同区域でのイノシシの増加もあって、同県の捕獲数は、原発事故のあった11年度の3021頭から19年度に約10倍増の3万738頭になり、東北6県の全捕獲数の約7割を占める。隣の山形はイノシシの捕獲はごくわずかな県だったが、11年度の17頭が19年度は2002頭と110倍を超す激増ぶり。宮城も11年度2000頭から19年度1万791頭へと5倍増になった。

「豚熱」拡大させる恐れも

 イノシシは家畜伝染病に指定されている熱性伝染病「豚熱」のウイルスを媒介する。養豚場へのイノシシの侵入など何らかの方法でウイルスが持ち込まれて感染が広がる。豚が発病すると治療法がないため処分するしかなく影響が大きい。18年9月に岐阜県の養豚場で国内では26年ぶりに感染が確認された。その後、徐々に拡大し、今年5月現在で山形から沖縄まで計13県で発生している。殺処分は約24万頭に及び、ワクチン接種など関係者は対応に追われる。

 野生動物が病原体の運び屋になるケースは珍しくない。野生動物が人間の生活圏に姿を現すようになることは、未知の感染症も含め、人や家畜にダメージを与える恐れがある。

成獣捕り残し状況好転せず

 イノシシは一度に4~5頭も子を産む。シカやクマなど似たサイズの哺乳類は1~2頭しか産まないので、その繁殖力は際立つ。環境省の「イノシシ保護及び管理に関する検討会」委員を務める横山真弓・兵庫県立大学教授(野生動物管理学)によれば、本来ならミミズや木の根などをエサにする粗食のイノシシが、人里に姿を見せるようになって、農作物や人の食べ残しなど高栄養のごちそうにありついた。その結果、「ウリ坊」と呼ぶ幼少期の生育が早まって、成獣と見紛う幼獣も珍しくないという。成獣をたくさん捕獲したはずが、実は幼獣で、翌年春には捕獲を免れた成獣がまた出産し、森の中の生息密度は維持されるというサイクルが続いてしまう。

 さらに、捕獲数を増やすだけでは被害を軽減できない。「加害個体」と呼ばれ、農業被害を繰り返し与えるイノシシが1頭いるだけで状況は好転しないからだ。地域の実情を見極めた対策が欠かせない。

獣害史に残るクマの惨劇

 5月12日朝、富山県高岡市の中心部にある県立高岡高校にクマが出没し、臨時休校して駆除する騒ぎがあった。街中までクマが出てくるのは以前なら想像できなかった。

 国内には北海道にヒグマ、本州以南にツキノワグマが生息する。正確な個体数推計は困難とされ、北海道庁の発表(15年)では、ヒグマは3900~1万7300頭(平均値1万600頭)と幅がある。ツキノワグマも環境省の発表(11年)で、1万2297~1万9096頭(中央値1万5685頭)、別の統計手法で3565~9万5112頭(同1万4159頭)とブレが大きい。

 クマの被害で私たちが一番恐怖を覚えるのは、山中で遭遇して襲われる人身事故だろう。

 北海道のヒグマは日本の獣害史に特筆される事件を起こしている。留萌地方の 苫前(とままえ) 村(現・苫前町)で1915年12月に起きた 三毛別(さんけべつ) 事件は、三毛別地区の開拓集落2軒を2日にわたってヒグマが襲い7人が死亡した惨事だ。作家吉村昭は同事件を下敷きに小説「羆嵐」を発表した。

 日高山脈で70年7月に起きた福岡大学ワンダーフォーゲル同好会事件では、登山合宿中の大学生3人が襲われて亡くなった。こうした事例から、とりわけ「ヒグマは怖い」という印象があるが、ツキノワグマも近年、大きな獣害事件を起こしている。

秋田県鹿角市で駆除されたツキノワグマ。この近くで高齢者4人がクマに襲われて死亡した(2016年5月撮影)
秋田県鹿角市で駆除されたツキノワグマ。この近くで高齢者4人がクマに襲われて死亡した(2016年5月撮影)

 秋田県鹿角市十和田大湯地区で2016年5~6月にかけて、タケノコ採りで入山した高齢者4人がツキノワグマに襲われて死亡した。現場付近で1頭が射殺されたが、目撃情報から死亡事例には他の個体が関わっていた可能性もあり、地元への警戒情報の提供や関係機関の連携など教訓を残した。

 イノシシほど繁殖力が強くないツキノワグマは駆除と保護の両方を考えるべき存在だ。91年の環境庁レッドリスト初版では、紀伊半島、中国、四国、九州に生息するツキノワグマを「絶滅危惧地域個体群」として登録した。「絶滅のおそれがある」と国が警鐘を鳴らしてきたわけだ。その後、98年に下北半島が加わったものの、九州では12年にリストから除外され事実上絶滅が宣言された。四国でも個体数は長年にわたり約20頭から大きく変動していないと推測される。

 保護に熱心な関係者からすれば、人身被害があっても「エサが山にないから里におりてきた」ということになる。背景には「野生動物を殺したくない」という感情的な思いがあるとされる(注1)。一般社会では概して生息実態に関心は向かず、長い年月がたち、気が付けば生息分布域は広がりを見せていた。

阿武隈川の東にも生息

 クマの生息域拡大の一例を紹介しよう。福島県には「阿武隈川の東にクマはいない」との言い伝えがあった。近世から近代にかけての古い時代に分布が絶えたと考えられてきた。だが、原発事故の帰還困難区域(阿武隈川東側)ではイノシシの激増に加えて、ツキノワグマも生息が確認されている。

 クマの生態に詳しい山崎晃司・東京農業大学教授のチームは、18年度から帰還困難区域を含む阿武隈山地の約800平方キロを5キロ四方、32区画に分け、1区画1台のセンサーカメラと体毛を採取する有刺鉄線の仕掛けを木の幹などに据え付けた。主にクマの分布状況を推定するための研究だ。

 調査の結果、ツキノワグマがセンサーカメラに映ったのはこの3年で計3回あった。山崎教授は「生息密度の推定ができるほどの成果はまだ得られていない」と慎重だが、実は阿武隈エリアでは東日本大震災以前から地元民がクマを目撃していた。こうした目撃情報が学術研究の映像として初めて記録され、生息が裏付けられた。

 原発事故で人が住めなくなり、クマが繁殖しやすいことは間違いない。昨年7月、飯舘村の林道を通行していた車両のドライブレコーダーが、クマの親子の姿を捉えた(注2)。阿武隈エリアではメスが子を産んで親子2世代となり、さらに個体数を増やしていく状況が進みつつあるのかもしれない。

(注)17年度以前は十の位で四捨五入。18年度以降は個体数調整と有害駆除のデータに、狩猟による直近5年間平均捕獲数を加えた推計。20年度は21年2月時点の暫定値
(注)17年度以前は十の位で四捨五入。18年度以降は個体数調整と有害駆除のデータに、狩猟による直近5年間平均捕獲数を加えた推計。20年度は21年2月時点の暫定値

 クマによる人身被害は増加傾向にある。ここ10年ほどは被害人数が50~150人とバラつきがあった。19年度は157人で過去最多となり、20年度も158人を数え、2年連続最多を更新した。

 被害人数に呼応するように捕獲数も多少の増減を含めて増える傾向にあり、19年度に初めて6000頭を超え、20年度には7000頭を上回った。

荒廃農地増え格好の生息環境に

 では、野生動物と人間との遭遇の機会が増えてきたのはなぜなのか? イノシシとクマが全て同じ要因ではない。イノシシだけに当てはまり、最初に挙げるべき要因は個体数の増加だ。また、対策をとり始める時期が遅れ、繁殖のスピードに捕獲が追い付かないとの指摘もある。

 これに対し、イノシシにもクマにも概ね共通して当てはまる要因とみられるのは、<1>生息分布域の拡大<2>里山での過疎化の進展<3>森林の高度利用や乱開発がやんだこと、という3点だ。さらに猟友会の現状と課題についても後述したい。

 日本の農業は衰退の一途で、とりわけ担い手不足は深刻だ。農水省によれば、「荒廃農地」と呼ばれ耕作が放棄されている全国の土地はこの10年は27~29ヘクタールで横ばいだが、このうち再利用が困難な農地の面積は12年(12万5000ヘクタール)以降に増える傾向にあり、19年には19万2000ヘクタールにのぼった。山間部ほど農地の維持が困難になることも容易に想像がつく。

 草木の生い茂った荒地がそこかしこにある状態は、野生動物が姿を隠しながら活動範囲を広げるのにはうってつけだ。その結果、これまでだったら警戒して近づかなかった里山やその周辺で人の暮らすエリアにまで姿を見せるようになった。

 山崎教授によれば、クマにとって、庭先に置かれたたい肥を作るコンポスト、飼い犬に与えるために玄関先の皿に盛られたドッグフード、家の裏に掘られたゴミ捨て場などは魅力的だ。また、柿や栗の実が摘果されないまま庭先にたわわに実っている状態はクマを簡単に足止めしてしまうという(注3)。これは冒頭で紹介した神戸のイノシシと同様に、森から人里におりれば楽に食料を得ることができると覚えてしまったパターンだ。

奥山に追い返す「圧力」弱まる

 野生動物のすみかである森林も変化している。森は古くから薪炭林、焼き畑、カヤ場(採草地)など人の生活のために利用され、かつては製鉄、製塩、養蚕などの産業燃料としても木材が使われた。戦後は木材増産が国策になり、広葉樹を伐採してスギ、ヒノキといった針葉樹を植える拡大造林政策が70年頃まで行われた。このように森林は過度とも言える利用のされ方をしてきた経緯があり、そのことが野生動物の生息範囲を山奥に限定し、人里に近づくことへの「防波堤」になっていた。

 しかし、時代とともに森林の利用が減り、中山間地の人口減少も輪をかけて、野生動物を森へ追い返す人間側の圧力が弱まった。

 森林での人間活動が弱まるのと軌を一にして、森は野生動物のエサ場になり、種によっては個体数を徐々に増やしていったと考えられる。一例を挙げれば、全国に広がる竹林ではタケノコがイノシシ、クマのエサになる。里山の荒廃農地は雑草や雑木が生い茂り、実を付ける草木もある。

 森での野生動物の本当の生態は、人間にはなかなかつかめない。滅びの時代を経て「60年代ころから野生動物の数は回復傾向に入った」(注4)という見方すらある。獣種を問わず野生動物の数が全体的に増えれば新たなエサ場を求めてそれぞれ活動範囲も広がり、人里におりてくることも多くなるだろう。

猟友会は愛好家団体

 ハンターについても触れたい。鳥獣対策関係者の間では「ハンターが高齢化して減少し、結果的に野生動物が増えた」とする見方がある一方、その指摘には異論もある。確かに、狩猟免許を持つハンターは90年と14年の比較で約10万人減った。ただ、イノシシの駆除数は前記15年間で7倍以上に増えた。

 戦前の日本には狩猟文化が脈々と続き、「熊の () 」に象徴されるように野生動物の肉、内臓、毛皮を様々に利用してきた。狩猟が生業として成り立っていた時代だった。戦後になると衛生的な食肉供給システムが整い、毛皮より使い勝手のいい化学繊維が普及し、野生動物の換金性は徐々に失われていく。さらに動物愛護というトレンドも加わって、狩猟文化の衰退はある意味、時代の流れでもあった(注5)。

 増え続けるイノシシに関して、国は大方針として「10年後までの半減」という数値目標を13年に打ち出した。シカも同様の目標を掲げた。基準年となる11年度のイノシシ推計個体数98万頭を50万頭にする号令をかけたわけだ。被害に苦しむ関係府県は獣種ごとに詳細な計画を立てて駆除を進めるなど対策が進められた。それでも駆除の最前線に立つのは従来通りハンターで、それゆえに、このシステムは根源的問題をはらむ。というのも、実働部隊である猟友会は狩猟愛好家の団体であり、報償金を支給するとはいえ、行政がハンターに「お願い」して活動してもらう図式になっているからだ。

 横山教授は漁業の例え話で、野生動物捕獲の現況を説明してくれた。それは、趣味で渓流釣りをする人たちに、漁船いっぱいの水揚げを期待するようなものだという。他に仕事を持ち、基本的には狩猟をたしなみとするハンターにプロとしての成果を求めるのは負担が過剰で、仕組みとして限界がある。

 近未来のハンター不足を見越して、国は15年度に「認定鳥獣捕獲等事業者制度」を新設し、捕獲の新たな担い手確保に乗り出した。知事が「法人の認可」という形で、新規参入事業者にお墨付きを与えるシステムだ。制度はスタートしたばかりであり、猟友会との間で新旧の融和・連携が滑らかに図れるのか、先行きを注視する必要がある。

現場の情報持たぬ行政

 今のハンターに話を戻すと、有害鳥獣捕獲、個体数調整は自治体から猟友会への業務委託という形式だ。イノシシでいえば、成獣と幼獣で報償金に差を設けてはいるが、警戒心が強い成獣よりも幼獣のほうが仕留めやすい。仮にハンターが、苦労して山野に分け入り成獣を探すより、幼獣駆除を優先したとしても責められまい。親子そろって仕留めるのが繁殖を抑える最善策ながら、現実は必ずしもそうならないのではないか。自治体側はイノシシの詳しい生息実態の情報を持っていない。そのため猟友会に頼り切り、「丸投げ」で「受け身」になりがちだ。

 鳥獣保護管理法の下で関係自治体は確かに野生動物の管理計画を作っている。計画の中で捕獲目標数を掲げる県もある。「野生動物の管理」という理念には異論は差しはさみにくい。とはいえ<1>農業被害を受ける住民の切実な声に的確に応えた計画内容なのか?<2>仮にハンターが現場で捕獲数調整を考えたとしても、そうした思惑は排除できるのか?<3>数年で担当者が代わり、野生動物に関して専門性の乏しい行政マンが、管理計画を「現実に即した」実効性の高い内容に仕上げられるのか?―今の鳥獣行政システムには精査すべき事柄が多い。

正確に実態把握できる「土台」整備を

 野生動物と人との共生実現へ、これから何をすべきなのか。現状では前述のように野生動物の習性や能力、生息状況など基礎データが圧倒的に足りない。

 横山教授は「イノシシの個体数把握につながるモニタリングポスト(観測地点)の整備がまず必要」と語る。対策の科学的根拠を得る「土台」作りだ。イノシシの現況をより正確に把握しないことには、捕獲にせよ防除にせよ効果的な策は打ち出せない。

 明らかに増え過ぎたイノシシと、山奥での生態に不明な点の多いクマは事情が違う。4人死亡事故があった秋田県では、事故翌年の17年度に793頭を捕獲し、全国の5分の1近くを1県で占めた。クマ全体の個体数を1万数千~数万頭と推計して、年間7000頭超の捕獲圧力がかかる今、クマの世界にはどんな影響が及んでいるのか。イノシシのみならず、クマでもモニタリングポストの必要性は高い。

 捕獲圧力を強め過ぎれば絶滅の恐れが生じ、圧力が緩すぎると数が増えて人間に被害が及ぶ。共生のバランスは難しい。そこで、野生動物の科学的管理のために、生息密度、行動範囲やその季節変動、繁殖の詳細など「今どんな調査が必要か」を判断できる科学行政官のような人材が都道府県には不可欠だ。

 一方、農業被害の対策は主に市町村が担うが、野生動物のことがわかり、どんな被害対策が必要になるのかを主導して考えられる鳥獣対策員をきちんと配置することも欠かせない。こうした人材の育成は長期的な視点から怠れない。

 全国各地で野生動物が急増し、野生動物管理学の研究者は政策アドバイザー役として全国の自治体からの引き合いが激増している。研究者を増やすことも広い意味で大切だ。兵庫県には森林動物研究センターという県立機関があり、専門家が活躍している。こうした先進モデルを他県が参考にしない手はない。

森林生態系守り、生物多様性維持

 国連の提唱するSDGs(持続可能な開発目標)は生物多様性を重視し、海と陸の豊かさを守ろうと (うた) っている。

 森に目をやると、ツキノワグマは木の実を食べて移動することで種子散布の役割を果たし、森林再生に一役買っている。イノシシも地面を掘ってヌタ場(泥浴び場)を作り、タヌキやサル、鳥類など他の野生動物にも水場を提供する。どちらも様々な生き物が暮らせる豊かな森への貢献という側面がある。

 農業被害、人身事故は現在進行形なので、鳥獣行政は捕獲を増やすという目先の対策に注力しがちだ。ただし、「人間の邪魔になるなら数を減らせ」とばかりに、駆除一辺倒に考えるのは時代にそぐわない。どれくらい捕獲圧力をかけたら集団は減ってくれるのか、どれくらいまでの捕獲なら健全な集団として生き残ってくれるのか(注6)。野生動物をきちんと理解し、人間側の「管理」が理にかなうものになるよう改善していくのは、生物多様性維持の観点から欠かせない。地域の課題の解決は地球規模の課題に向き合うことでもある、と改めて心に刻みたい。

注釈
(注1)田中淳夫(2020年)『獣害列島 増えすぎた日本の野生動物たち』(イースト新書)94頁
(注2)NHKスペシャル(2021年5月9日放送)『被曝の森2021』
(注3)羽根田治、解説:山崎晃司(2017年)『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』(山と溪谷社)199~200頁
(注4)前掲:田中淳夫168頁
(注5)羽澄俊裕(2020年)『けものが街にやってくる 人口減社会と野生動物がもたらす災害リスク』(地人書館)65~66頁
(注6)前掲:羽澄俊裕169頁

参考文献 (前記3冊のほか)
山崎晃司(2017年)『ツキノワグマ すぐそこにいる野生動物』(東京大学出版会)
環境省、農林水産省、秋田県、福島県の各ホームページ

※この論考は調査研究本部が発行する「読売クオータリー」掲載されたものです。読売クオータリーにはほかにも関連記事や注目の論考を多数収載しています。最新号の内容やこれまでに掲載された記事・論考の一覧は こちら にまとめています。
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