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川辺川ダム計画はなぜ消えて、なぜ復活したか〈下〉

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POINT
■川辺川ダム建設容認に転換した熊本県の蒲島郁夫知事は、流水型ダムを選択したが、流水型ダムの効果は未知数だ。しかも日本に巨大な流水型ダムの前例はない。

■だが、もはやちゅうちょしてはいられない。地球温暖化によるとみられる想定を超えた豪雨は今後、さらに増える。もはや「ダムも、非ダムも」でも水害は防ぎきれなくなっている。

■これは球磨川だけの問題ではない。国土交通省はすでに流域全体で治水に取り組む「流域治水」へとかじを切った。事前放流の協定締結も進んでいる。流域の住民も全国的な治水対策の見直しに関心を持ち、防災への意識を高めてほしい。

 熊本県の蒲島郁夫知事が「ダムによらない治水」からの転換を表明した。〈上〉では知事の意見表明の言葉を引きながら、川辺川ダム計画の迷走と複雑な経緯を振り返った。〈下〉では、これからのダム問題を考察したい。

調査研究本部総務 丸山淳一

「80年に1度」の想定を超えた雨量

 蒲島知事が12年にわたって掲げてきた政策を見直さざるを得なくなった背景には、これまでの想定をはるかに超える豪雨の頻発がある。今年7月の水害で大規模な浸水被害が出た人吉市では、3日から4日にかけて24時間に410ミリもの降雨が記録されている。7月1か月間の平均雨量(471.1ミリ)に迫るケタ外れの豪雨だ。球磨川流域の各地点で観測史上最高の水位が確認され、人吉では河川整備基本方針で想定された「80年に1度」の大雨が降った時の最大流量「毎秒7000トン」を大幅に超える水が押し寄せた。

 極限まで突き詰めれば、川辺川ダムがなくても球磨川の治水は可能という「ダムによらない治水」の前提は、今回の豪雨で完全に崩れた。それどころか、「ダムを加えての治水」も難しい。国交省は、仮に川辺川ダムが存在していれば、7月の豪雨による人吉市街地の浸水範囲は6割程度減り、水位は1.9メートル下がっていた、とする試算結果を公表したが、同時に「川辺川ダムがあっても、被害をすべて防ぐことはできなかった」ことを認めている。治水対策は、もはや「ダムも、非ダムも」でも防ぎきれない段階に来ているのだ。

流水型ダムは切り札になるのか

11月28日朝刊より
11月28日朝刊より

 蒲島知事は二項対立を超える手段として「流水型(穴あき)ダム」を選択した。これまで計画されていた貯留型ダムは川の流れや下流への土砂の供給をせき止め、川の環境を破壊する恐れが高い。一方で流水型ダムは、通常時はダム底部の水路を通って川の水がそのまま流れ、大雨時だけ水路からあふれた水が自然にたまるため、魚の移動を妨げず、環境への負荷が小さいとされる。蒲島知事が11月19日の意見表明で「川辺川ダムの建設容認」という表現を避け、「特定多目的ダム法に基づく現行の貯留型川辺川ダム計画を完全に廃止した上で、新たな流水型(穴あき)のダムを国に求める」という持って回った言い方をしたのは、「流水型ダムは『ダムか、非ダムか』という二項対立を超えた全く新しいダムだ」と強調したかったからだろう。

 だが、流水型ダムが本当に「命」と「環境」をともに守る画期的なダムかどうかは、よくわかっていない。国内で稼働している流水型ダムは五つしかなく、実際に防災で威力を発揮した例はまだない。

 京都大学防災研究所の角哲也教授によると、海外では17世紀にフランスのロアール川に流水型ダムが造られ、アメリカ・オハイオ州にも建設事例がある。欧米の流水型ダムの多くは後背に広大な湛水(たんすい)地を持ち、上流から運ばれて堆積(たいせき)した肥沃(ひよく)な土壌を利用した農作や放牧が行われ、農民には歓迎されているという。ただ、こうした立地や運用形態を日本のダムでそのまま行うのは難しい。

 川の生態系を守るため、海外には魚道となる穴についてはコンクリートを使わず、目印となる明かりをつけるなどしている流水型ダムもあるが、これも日本のダムに導入できるかどうかはわからない。島根県の益田川ダムでは、完成後にダム上流へのアユの遡上(そじょう)が減ったという調査結果も出ている。

 実は、蒲島知事が2008年に川辺川ダム計画を「白紙撤回」する直前に、国交省は知事に川辺川ダムを流水型ダムで建設する提案をしているのだが、この時は知事自身が「環境への影響や技術的な課題が不明」として受け入れていない。その時に不明だった影響や課題は、いまだに十分解明されたとはいえない。

 ましてや新しく造る川辺川ダムは、これまでの計画の規模を変えないとすると、総貯水容量1億3300万トン(立方メートル)という巨大な流水型ダムになる。既存の流水型ダムで国内最大の益田川ダム(総貯水容量は675万トン)の約20倍というケタ違いの大きさだ。これほど巨大な流水型ダムの前例は国内にはなく、海外にも数例しかない。

「地元に反対運動」の共通項

現時点で国内最大規模の益田川ダム
現時点で国内最大規模の益田川ダム
長野県の浅川ダムは「脱ダム宣言」でいったん工事が中止された
長野県の浅川ダムは「脱ダム宣言」でいったん工事が中止された

 まだ不明な点が多いにもかかわらず、国内の流水型ダムが少しずつ増えているのは、ダムに反対する住民の声への配慮を形で示せるから、という面もある。益田川ダムは、1972年7月の豪雨災害を受けて計画されたが、地元で反対運動が起き、83年7月に益田川が氾濫して死者・行方不明者107人という豪雨被害が起きて流水型ダムに変更された。長野市の浅川ダムも2000年に貯留型ダムとして工事が始まったが、田中康夫知事の「脱ダム宣言」で工事は中止。次の村井仁知事の方針転換で流水型として17年に完成している。先行する他の自治体の流水型ダムの多くは、川辺川ダムとよく似た経緯を経て建設されたわけだ。

西部本社版11月21日朝刊より
西部本社版11月21日朝刊より

 蒲島知事は、より洪水調節機能を高めるため、穴をふさぐゲートを設けることも想定しているようだ。もしそうなれば、新旧の川辺川ダム計画の違いは、水を通す穴の位置と、ゲートを常時開けておくか、閉めておくかだけになる。

上流から流れ込んだ流木がダム底部の穴をふさぎ、補修や維持の費用がかかるという指摘もある。「流水型ダムは貯留型ダムより経済的」とされるが、川辺川ダムの総工費や維持費についてはまだ、不明のままだ。

ダムも、非ダムも、できるものから

 新たな川辺川ダム建設にあたって、蒲島知事は法に基づく環境アセスメントの実施を国に求め、国も応じる方針だ。ダム建設が始まるまでは、急いでも数年はかかる。方針転換は表明したが、「ダムによらない治水」からの脱却はまだまだ先で、豪雨はそれまで待ってはくれない。川辺川ダムができても、もはやそれだけでは災害は防げない。「ダム」「非ダム」の治水対策を両方とも急ピッチで進めなければならない。

 熊本県は年度内の早い時期に緊急治水対策プロジェクトを策定し、国や市町村と連携して支川を含む河床の掘削、堤防や遊水地の整備、宅地のかさ上げ、高台への移転、砂防・治山事業などを進めていくという。堤防決壊や越水が発生した球磨川流域の12か所は、警戒が必要な「重要水防箇所」に指定されている。これまでの遅れを取り戻すためにも、新たな川辺川ダムの進捗状況とは切り離して、できるところから着手すべきだ。河川整備計画の策定も急務だ。ダム反対派が主張する治水対策についても、もう一度検討してはどうか。

すべての河川で治水対策総点検を

 「ダムも、非ダムも」は、球磨川だけの話ではない。国土交通白書によると、1976~85年と2010~19年を比べると、1時間に50ミリ以上の激しい雨が降った日は1.4倍に増えている。豪雨で氾濫危険水位を超えた河川は14年には83河川だったが、17~19年は毎年400河川を超えている。

 これまでの河川整備計画は大きな河川で200年に1度、他は80~150年に1度の豪雨を想定するのが基本とされてきた。しかし、前提条件が変われば、計画は見直さざるを得なくなる。高度成長期に造られた全国のダムは老朽化しており、遠くない時期に造り替えることも考えておかなければならない。全国のどの河川でも、長期的な治水対策の練り直しが必要になっているのだ。

 貯水能力を超える豪雨が増えれば、ダムに想定以上の水が流れ込み、緊急放流(異常洪水時防災操作)をせざるを得なくなるケースも増える。ダムの決壊や破損を防ぐために行う緊急放流のルールも再点検すべきだ。ダムが満水になった時に、ダムに入ってくる水をそのまま下流に流すのが緊急放流の決まり。ルール通りに行われればダムからの放流量がダムへの流入量を上回ることはないはずだが、それでも下流の水量が増えることは間違いない。

 放流の水が一気に加われば、下流の被害が拡大する恐れがある。裁判で係争中なため因果関係は確定していないが、2018年の西日本豪雨では、愛媛県肱川(ひじかわ)上流の野村ダムで緊急放流が行われて8人が死亡した。昨年の台風19号の際には北関東の複数のダムが緊急放流を行った後、下流の堤防が複数箇所で決壊している。

 豪雨が想定内でおさまり、ダムで下流の流量をコントロールできるうちはダムは頼りになる。だが、満水になればそれ以上の水をため込むことはできず、ため込んだ水を放出しないと決壊する恐れも出てくる。想定を超える豪雨は、ダムを防災の要から脅威に豹変(ひょうへん)させる。度重なる想定外の豪雨が地球温暖化によるものとすれば、ダムが流域の脅威となるケースは今後、さらに増えるだろう。

すでに「流域治水」にかじを切った政府

 国交省もそのことはわかっていて、2020年7月の九州豪雨の直後にこれまでの治水対策を大きく転換している。7月6日に開かれた防災・減災対策本部の本部会議では、堤防整備や土地の利用制限や避難体制の強化などの対策を多面的に実施する「流域治水プロジェクト」を全国の109水系で年度内につくる方針が決まった。

 新プロジェクトは戦後最大規模の水害を想定し、国や自治体(河川管理者)だけでなく、流域の企業や住民も治水対策に参加する。川からあふれた水を一時的に田畑に流すことや、被害の程度に応じた避難の手順を定めた「タイムライン」の整備など、堤防の決壊や越水を織り込んだ対策も盛り込む方針だ。

緊急、事前放流にも課題

利根川上流の群馬県・須田貝ダムを視察後、今後の洪水対策を説明する菅官房長官(2020年8月12日、群馬県みなかみ町で)
利根川上流の群馬県・須田貝ダムを視察後、今後の洪水対策を説明する菅官房長官(2020年8月12日、群馬県みなかみ町で)

 菅首相が官房長官時代に音頭を取って進めてきた利水ダムでの事前放流も、新たな治水対策といえるだろう。事前放流とは、大雨が予想されるときに発電や農、工業などで使われる利水ダムの水を降雨前から放流することをいう。予想した降雨がなければ発電や農業、工業に損害が生じるが、政府は全国の約1000の利水ダムについて、空振りに終わった時の損害は国が補填(ほてん)する協定を結び、利水ダムを防災に使えるようにした。菅首相は秋の自民党総裁選で事前放流協定を自らの「縦割り行政」打破の実績に掲げ、国交省は「協定締結でダム全体の洪水調節容量は91億トンに倍増した」と効果をPRしている。

 だが、ゲリラ的に想定外の豪雨が頻発する中では、これも治水対策の決め手にはならない。国交省のガイドラインでは、事前放流は「基準以上の大雨が見込まれる3日前から準備に入る」ことになっているが、進路予想がしやすい台風ならまだしも、梅雨末期の線状降水帯はいつ、どこに現れるか予測が極めて難しい。

 現に球磨川では、事前放流の協定を結んでいたにもかかわらず、7月の豪雨では雨量が急激に増えることを予測できず、上流の五つの利水ダムは事前放流を行っていない。半世紀前の緊急放流によって流域住民へのダムへの不信を招いた市房ダムは、今回の豪雨でも、緊急放流まであと10センチという瀬戸際に追い込まれている。

 これまでみてきたように、方針転換以降の球磨川の治水対策には、なお難題が山積している。蒲島知事の呼びかけ通り、「ダムか、非ダムか」の二項対立に終止符が打てるかどうかは、まだ分からない。しかし、筆者は、熊本県民はひとつになれると確信している。熊本地震からの復旧・復興で一丸となり、多くの県民が積極的に自主防災計画づくりに加わるなど、防災への意識も高いからだ。最も遅れている球磨川の治水対策が、いずれ全国のモデルといわれるようになることを心から願っている。

主要参考文献

角哲也「流水型ダムの歴史と現状の課題」(2013、『水利科学』57巻3号)

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1701537 0 社会・スポーツ 2020/12/14 15:55:00 2020/12/15 11:11:32 2020/12/15 11:11:32 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/12/20201214-OYT8I50072-T.jpg?type=thumbnail

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