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「コロナ下の食と農業の成長戦略」 弁護士・弁理士 松田純一氏に聞く

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POINT
■新規就農者への教育などの公的な支援体制を充実させるべきだ。

■大規模な規制緩和で企業の農業参入を進め、新たな視点やイノベーション(経営革新)を呼び込め。

■SDGs(持続可能な開発目標)の発想を生かし、持続可能な食と農業を目指せ。

■スマート農業やアグリテックなど先端技術を積極的に取り入れ、農業の収益性を向上させる好循環を築け。

 新型コロナウイルスの感染拡大が様々な分野に影響をもたらしている。ヒトとモノの移動が制限されて経済活動が停滞したこともあり、世界では8億人に上る人々が飢えに直面している。国内でも外食産業や農業が大きな打撃を受けている。このほど「食と農業 未来への選択」(安曇出版)を出版した弁護士兼弁理士の松田純一氏(61)に、アフターコロナを見据えた持続可能な農業と食ビジネスの成長戦略を聞いた。

聞き手 調査研究本部主任研究員 高橋徹 

――日本の食に関わる業界と農業を取り巻く環境をどう見ているか。

 少子高齢化が加速する中、農業は担い手、後継者不足が深刻だ。加えて、外食産業を含めて、国内市場の縮小という構造的な問題に直面している。これに追い打ちをかけたのがコロナ禍だ。緊急事態宣言の発令が長期化し、アルコール類を提供する家族経営の居酒屋だけでなく、大手外食チェーン、高級料理店なども大きなダメージを受けている。残念ながら廃業する飲食店も後を絶たず、こうした外食産業に食材を提供してきた農家にも暗い影を投げかけている。

 一方で、自宅で過ごす時間が増え、“巣ごもり需要”が喚起された。食品スーパーやコンビニエンスストアでは、「お一人様用」の食材や商品が拡充され、家庭向け食材のバリエーションや、食とアルコールの組み合わせの幅も広がった。食と農業は、長期的に成長と安定が見込める産業だ。コロナ禍を機に、それぞれが足元の課題を直視し、その対策を実行に移すステージにあるといえるだろう。

――ビジネス法務を専門とする弁護士兼弁理士として、これまで農業とどのように関わってきたのか。

 実家が山形県新庄市で、農家を営んでおり、もともと農業に興味があった。学生のころは、帰省すると農作業を手伝っていた。農業をもっと深く知りたくなり、北海道の農業実習に参加したこともある。

 弁護士になってからも食や農業に関わる仕事がしたいと考えてきた。食に関係する法律は多岐にわたり、所管する省庁も複数にまたがる。国民の健康、安心、安全に関わる分野で、世間の関心は高いが、専門性の高い弁護士の数は十分とはいえない。

 食品の表示偽装などの問題が世間を騒がせたこともあり、食に詳しい専門弁護士を組織的に育成する場が必要と考えて、2014年に東京弁護士会の副会長を務めた際に「食品安全関係法研究部」の創設に関わった。研究部のメンバーは、関係法令の研究だけでなく、業界関係者と意見交換をしながら活動を続けている。

 私が所長を務める事務所も全国農業協同組合連合会(全農)との人事交流などを通じて、農業法務に詳しい弁護士の養成に力を注いでいる。

――農業が抱える課題をどう捉えているか。

 いろいろな産業が業界内の競争や市場を意識しながら 切磋琢磨(せっさたくま) しているが、日本の農業はやや特殊だ。戦後の農地改革で、政府が農地を強制的に買い上げ、実際に従事している小作農に売り渡した。自作農創設特別措置法(1952年廃止)などによって、1ヘクタール程度の農地を持つ小規模農家でもゆとりある生活ができるようになった。一方で、圧倒的な数の小規模・家族経営の農家が温存された結果、いまだに生産性の向上が進まないといった影響を引きずっている。

 また、農協が新しい農機具や肥料の調達から販売ルートの確保までのありとあらゆる分野で、資金面を含めて農家をサポートしてきたことで、自ら考えて行動する農家が育ちにくかった側面もあるのではないか。

 コロナ禍でエッセンシャルワーカー(日常生活に不可欠な働き手)としての医療従事者の仕事が注目されるようになったが、食を支える農業従事者も重要なエッセンシャルワーカーだ。しかし、農業の担い手が減り続け、就農者の平均年齢は67歳と、高齢化も加速している。農林水産省が4月末に発表した「2020年農林業センサス」(確報値)によると、主に自営農業に従事する基幹的農業従事者は136万3000人で、5年前(15年)に比べて39万4000人も減った。65歳以上の人は約7割を占める。農業に関わる全体の就業者は15年時点で208万人だったが、20年は160万人、30年には140万人まで減少する見通しだ。

 一方、2019年の新規就農者は5万5870人にとどまる。中にはIT(情報技術)を駆使した近代的な経営を実践している若手農家もいると聞くが、担い手が不足して耕作放棄地が増えれば、将来に禍根を残すことになる。農業に関心を持つ人を増やし、新規就農者への教育など、公的な支援体制をより充実させなければならない。

――食と農業のビジネスの成長余力はどこにあるのか。

 日本の食べ物に対する評価は、芸術や伝統文化、エンターテインメントなどとともに、国際的に高い水準にある。優れたレストランなどに贈られる「ミシュラン」の評価の数も、日本の飲食店、料理店は、その数、質ともに世界最高峰に位置している。世界保健機関(WHO)が発表した「世界保健統計2020」によると、日本人の平均寿命は女性が世界一、男性はスイスに次いで2位、全体では世界でトップだ。長寿を維持している背景には、医療体制や国民の健康に対する意識の高さとともに、発酵食や抗酸化作用の高い食材を使った和食の存在が大きいのではないだろうか。

 海外のベジタリアンや(卵や乳製品も避ける完全菜食主義者の)ヴィーガンも和食に注目しているという。東京五輪・パラリンピックは、和食の魅力、日本の優れた食材を世界に発信する絶好の機会となるはずだったが、コロナ禍で訪日する外国人が見込めなくなったのは大変残念だ。「医食同源」といった食を通じた日本の長寿文化や病気予防のノウハウを世界の多くの人々に伝えていくべきだ。

 和食同様に日本の農産物に対する海外での評価は高い。例えば、ミカンは割高にもかかわらず、甘くて見た目が美しい点が好まれ、米国、カナダ、台湾、ニュージーランドなどの国・地域で人気を集めている。和牛や日本酒も根強い人気がある。工業製品とともに食品や農業の輸出で優位性を獲得したい。

――農業の持続可能な成長のために必要な施策は何か。

 日本の農家は農業を経営する主体としては他の農業大国に比べて 脆弱(ぜいじゃく) だ。高額な設備や資材にかかる費用を賄いきれない農家が多いのではないか。大規模化を進めるためにも企業が参入しやすい規制緩和を進めるべきだろう。現在の農地法では、企業などは農地法で農地を取得できない。農地所有適格法人は農地を取得できるようになったが、企業の出資は50%未満に限られている。

 こうした規制の背景には、もはや時代遅れとなった耕作者と農地所有の一致を原則とする「自作農主義」の思想が色濃く残っていると思う。農地の所有者と経営者、耕作者が同一である必然性は乏しく、それぞれのプロが担当するのが望ましい。異業種の参入が農業に新たな視点や解決策、イノベーション(経営革新)をもたらす可能性もある。

 企業経営の世界的な潮流は、株主の利益を最優先する株主資本主義から、長期的な視点に立ち、すべてのステークホルダー(利害関係者)への貢献や、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)といったESGを重視する方向に (かじ) を切っている。食と農業の分野には、ESGに適合する長期志向の投資案件が多い。政府の国家戦略特区で企業の農地取得や出資要件の緩和が認められたケースもあるが、いかんせん規模が小さい。せめて北海道全体を特区にするくらいの大胆な発想が必要だ。

 コロナ禍を契機に食料安全保障や農産物のサプライチェーン、「健康」や「医食同源」がキーワードになった。単独の農業生産者だけではこうした新しい動きに対応できない。生産農家から、加工、物流、販売、消費者までを結ぶ“一気通貫・オールニッポン”の取り組みが欠かせない。

――農業における知的財産の活用をどう見ているか。

 農業には独自の生産技術やノウハウ、優れた品種の開発など様々な知的財産が含まれている。農業と知的財産は大いに関係があるのに、農業従事者の知的財産に対する認識は乏しい。これまで相当な利益の損失があったのではないか。

 2021年4月に施行された改正種苗法によって、育成者の権利を保護するだけでなく、栽培方法の創意工夫についてもある程度、守ることもできるようになった。また、これから「アグリ(農業)」と「テクノロジー(技術)」をあわせた「アグリテック」が普及してくると、知的財産保護の仕組みを活用する出番がより増えてくるだろう。

 法律家の立場で見ると、日本は農産物の原産地証明やトレーサビリティー(履歴管理)がまだ整備されていないと思う。一例を挙げると、農産品のブランドを決めるのは国でも地方自治体でもなく、畜産組合が決めているという。淡路島で育った牛が「神戸牛」を名乗ることができるわけだが、こうした状況で、農産物のブランドを保護できるのかと危惧している。

――食と農業分野においても国連のSDGs(持続可能な開発目標)を意識していく必要がありそうだ。

 SDGsの17の目標のうち14は、食と農業に関連していると思う。コロナ禍によって、持続可能であることが改めて重要となった。例えば、南米やアフリカの貧しい子どもたちが過酷な労働環境の下で生産した農産物を、我々が安価で手に入れて食べるといった行為をいつまでも続けられるわけがない。牛肉を生産するためにどの程度の穀物が必要なのか、あるいはチョコレートを作るのにどれだけのカカオと労働力が要るのか、日本人も考えなくてはいけない。開発途上国の製品を適正価格で継続的に購入することで、生産者の労働環境や生活水準の向上に貢献する「フェアトレード」が実現し、はじめて持続可能な農業を支えることができるようになる。

 最近は、動物の肉を植物由来のたんぱく質で作る代替肉や家畜の動物の幸福を追求するアニマルウェルフェアといった「食料革命」の動きが加速している。このほか、フードロスを減らす取り組みも各国が力を入れている。国内でも2019年10月に食品ロス削減推進法が施行された。企業や家庭で余った食品を生活困窮者に届ける「フードバンク」が食のセーフティーネット(安全網)として期待されている。

 世界レベルでは人口は増加しており、市場は広がっている。日本の農業が収益を上げ、持続可能な成長を遂げる機会は十分あり、グローバルな視点で戦略を考えることが大事だ。我々法律家は、SDGsを企業や農業の経営に当てはめた場合にどうなるか、未来を予測しながら、あるべき論も含めて関与していかなければならない。

――日本の農業が目指すべき方向性は。

 人が生きていく上で欠かせない食を支えるのが農業だ。農業従事者の減少と高齢化といった課題を踏まえると、アグリテックと同じような意味を持つ「スマート農業」などの最新技術の導入と、企業の本格的な農業参入は必須だ。生産現場だけでなく、物流や販売など外部とのネットワークの構築も欠かせない。周辺産業が潤えば、地域社会に雇用をもたらす。農業には、体の不自由な人やリタイアした高齢者にも能力を発揮してもらえる素地がある。

 日本は他国がまねできない特徴ある「ものづくり」が得意だ。農業分野でもこうした強みを生かしたい。各国が生産しているトウモロコシや大豆などの穀物は安価な上に代替が可能で、こうした農産物は、国際競争力のない日本の農業には向かない。一方、高級ミカンや和牛など付加価値の高いモノやサービスであれば、十分勝負ができるし、採算も取れる。つまり、消費者が「これでないとダメ」というスイッチング・コストの高い農業やサービスを目指すべきだ。

産業用ドローンを活用した液体肥料散布のデモンストレーション。各地で最新技術を使ったスマート農業が広がっている(2020年11月、浜松市天竜区で)=貞広慎太郎撮影
産業用ドローンを活用した液体肥料散布のデモンストレーション。各地で最新技術を使ったスマート農業が広がっている(2020年11月、浜松市天竜区で)=貞広慎太郎撮影

 農業においては、先端技術の導入などは緒に就いたばかりで「伸びしろ」が大きい。アグリテックや、あらゆるモノをインターネットにつなげるIoT、デジタルトランスフォーメーション(DX)といった先端技術をさらに積極的に導入してはどうか。ロボットなどによる機械化やITを活用した生産・流通管理などは、人手不足を補う上でも有効だ。

 スマート農業の取り組みも各地で進みつつある。スマートフォンを使う農業用アプリも登場し、作業記録や農薬の調整、病害虫や作物の栄養状態などを把握したり、農産物を販売したりする際に活用されている。スマホのほかにもドローンと人工知能(AI)を組み合わせれば、適量の薬剤を必要な場所にピンポイントで散布できるなど、可能性が広がる。先端技術を取り入れ、農業の収益性を向上させる好循環をつくることができれば、日本の農業には持続可能で明るい未来が待っているだろう。

プロフィル
松田 純一氏( まつだ・じゅんいち
 慶大法卒、松田綜合法律事務所所長弁護士・弁理士。米カリフォルニア大バークレー校客員研究員、東京弁護士会副会長などを歴任。著書に「食と農業 未来への選択」(安曇出版)、「知っておきたい これからの情報・技術・金融―真剣に夢を持ち続けるために―」(同)、「成功へと導くヒューマンライツ経営 人権リスク・マネジメントで勝ち抜く」(共著、日本経済新聞出版)ほか。

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2092913 0 社会・防災 2021/06/01 16:30:00 2021/06/17 10:16:25 2021/06/17 10:16:25 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210601-OYT8I50043-T.jpg?type=thumbnail

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