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西洋における「文明衝突」〈上〉風刺漫画事件の背後に見えるフランスの反宗教主義 

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POINT
■フランスで10月中旬に起きたテロは、イスラム教の預言者を風刺した漫画に反発したイスラム過激派によるもので、5年前に起きた週刊誌「シャルリ-・エブド」編集者へのテロの延長線上にある事件だ。

■フランス政府高官は、「表現の自由を守る」ことを強調するとともに、テロの犠牲者を国葬で追悼した。

■フランスは、伝統的に宗教には冷淡な国で、一貫して「宗教いじめ」を続けている。風刺漫画家の 執拗(しつよう) なイスラムいじめの背景には、フランスで根強い反宗教主義の伝統がある。

文明論考家、元駐バチカン大使 上野景文 

またもフランスで起きたテロ事件

 フランス・パリ郊外で10月16日、衝撃的なテロ事件が起きた。中学校教師のサミュエル・パティさんがイスラム過激派によって刃物で殺害されたのだ。

 パティさんは、授業で「表現の自由」について教える際に、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を生徒に見せた。それを子弟から聞いたイスラム系父母の一部が反発し、学校に抗議するとともに、このことをSNSで拡散したことから、過激思想に染まった青年が犯行に及んだというのが報じられている事件のあらましだ。

 5年前にはパリで、多数の犠牲者を出したテロ事件があったのを覚えておいでだろうか。あの時、引き金になったのは、週刊誌「シャルリー・エブド」に掲載された刺激的風刺画*だった。実はパティさんが生徒に見せた風刺画は、その時のものだった。つまり、今回の事件は5年前の事件の延長線上にある。

 今回の事件に対し、フランス政府は5年前と同様にテロを強く糾弾し、「表現の自由」を守り抜くと強調した。事件から1週間後の21日には「学問・表現の自由」を象徴するソルボンヌ大学でパティさんを追悼する「国葬」を執り行っている。

 「表現の自由」の重要性は改めて強調するまでもない。暴力で表現活動を封殺する行為は言語道断であり、それを教えていた学校の先生が犠牲になったことを考えれば、5年前と同様の「表現の自由は神聖だ」との大合唱がフランス全土に広がったのは、当然なのかもしれない。フランスでは、その後もイスラム過激派による卑劣なテロが起きている。テロは決して容認できないが、その一方で、あえて犠牲者の「国葬」まで敢行して矜持(きょうじ)を示すフランス人の強い思いを理解している日本人はあまり多くないのではないか。

*拙論「パリ銃撃事件(『表現の自由』と『宗教たたき』)」読売新聞2015年2月2日夕刊

要人発言が示す「表現の自由」へのこだわり

 それを解くカギは、事件の後に聞かれたフランス政府要人の発言に凝縮されているように思える。

 「(我々は)あなたが教えようとした表現の自由をこれからも守り、風刺画を見せる自由を諦めない」「政教分離(ライシテ)は今後とも貫く」(マクロン大統領)

 「今回の教師殺害は、フランス共和国への攻撃だ」(ブランケル教育相)

 以上の発言から、フランスの持つ三つの「顔」が浮き彫りになる。

マクロン大統領
マクロン大統領

 第一に、「表現の自由」へのこだわりが強烈で、宗教的パッションを伴っていることだ。それは「表現の自由教」と形容しても、あながち的外れではない。パティさんは「表現の自由教」の「殉教者」と見なされているのだ。フランスでは「表現の自由(教)」の前では、「宗教の尊厳」も二次的な重みしかない。

 第二に、フランス人は宗教に対して冷淡なことだ。風刺漫画家の執拗(しつよう)なイスラム攻撃には、「表現の自由」の尊重というだけでは説明しきれない文化的、歴史的背景がある。彼らの攻撃性とその執拗さからは、反宗教主義的、無神論的情念(パトス)すら見て取れる。

 この「冷淡さ」を如実に示す思想が、西欧でも最も厳格なフランスの「政教分離思想(ライシテ)」だ。ライシテは宗教を「公的空間」から締め出し、「私的空間」に「閉じ込めよう」という思想で、1905年に制定された宗教基本法の基盤となっている理念だ。フランスでは神の存在を否定する人が、西欧で最多、4割に達する。宗教を軽んずる傾向が強く、無神論的思潮が根深い。

 第三に、上記二つの世俗主義的理念――「表現の自由(教)」と「ライシテ(教)」――は、フランス共和国の基本的なドクトリン(教理)であり、共和国の「国体」の支柱となっていることだ。犠牲者を「国葬」で弔ったのは、少なくともフランスの主流派は、今回のテロ事件をフランスの「国体に対する挑戦」と解したことを意味する。

 二つの世俗主義的理念は、フランス啓蒙思想の申し子であり、フランス革命に源を発する。神を「棚上げ」し、人間中心思想に転じた啓蒙(けいもう)思想は、多かれ少なかれ反宗教色、脱宗教色を有する。

宗教を「隔離し、閉じ込める」フランスの政教分離

 ライシテについて、もう少し考察したい。あえてどぎつい言い方をすれば、近現代フランス社会は、宗教を「いじめ」続け、「隔離」してきた。

 その出発点となったフランス革命では、革命政権が、教会と聖職者の弾圧や粛清を続けた。これに続くナポレオンは、カトリック教会を国有化し、司教任命権を教皇から取り上げてしまった。革命政権やナポレオンがやったことは、司教の任命権を取り上げたことを含めて、中国の共産党政権が1948年の革命後にカトリック教会にやったことと重なる。

ニカブを着た女性
ニカブを着た女性

 フランスはその後、司教の任命権こそローマに返したが、歴代政権は、ほぼ一貫して、宗教に(つら)く当たるという意味で革命精神を継承している。この半世紀について言えば、中絶、事実婚、同性婚、安楽死など、カトリック教徒が嫌がるテーマについて世俗化を推進し、カトリック「いじめ」を深めてきた。最近では、イスラムを標的に、女性のスカーフを公立学校から排除し、目以外をすべて覆う「ニカブ」というイスラム特有の女性服を公共の場から排除した。このような「封じ込め」の発想は米国や英国ではほとんどみられない。

 風刺漫画家などがムハンマドを冒涜(ぼうとく)する画像などを繰り返し描くのも、無神論者、反宗教主義者による「宗教いじめ」という意味で、フランスの「伝統」そのものだ。「表現の自由」といった正論だけでは捉えきれないフランス社会の根深い「(さが)」に根差すものといえる。「風刺画を見せる自由を諦めない」とのマクロン大統領の発言は、まさに、フランス的な伝統、精神、国体の体現であり、フランスの歴史抜きにこれを理解することは困難だろう。

 だが、いくら歴史的な背景があるといっても、イスラムの人たちにとって、マクロン大統領の発言は神経を逆なでし、無思慮に聞こえるだろう。現に、イスラム諸国の一部ではフランス製品のボイコットが始まったほか、トルコ、イラン、パキスタンなどの首脳からもマクロン大統領への批判が出ている。テロは決して正当化されないが、「表現の自由」を唱える西欧の風刺漫画家には16億人のイスラム教徒の心を傷つけたという自覚は感じられないし、フランス政府高官の発言からも、「宗教上の痛み」という視点が抜け落ちているように見える。

西洋に拡がりつつある「文明衝突」

 実は、こうした傾向はフランスだけのものではなくなりつつある。フランスほど目立ってはいないが、世俗主義化、無神論化が進んだ北部西欧のかなりの人々は、宗教の価値、磁力を忘れ、「宗教上のシンボル」を侮辱された人たちの「心の痛み」を理解する想像力を失いつつあるようみえる。攻撃の対象はイスラム教に限らず、伝統的宗教としてのカトリックも、反宗教的な世俗主義派による攻撃にさらされている点では、イスラムと共通の境遇にある。西欧全体では今、宗教に冷たい世俗主義派と、それに(あらが)い、伝統的宗教を守ろうとする伝統主義派との間の対立が目に付くようになっている。思想・理念の相違から来る対立の根は深く、対立の範疇(はんちゅう)は広範に(ひろ)がりやすい。大げさではなく、新文明と旧文明の間の「文明衝突」が起きつつあるのだ。そして、日本からは見えづらい西洋の「文明衝突」は、大西洋を越えた米国にも拡がりつつある。

〈下〉 に続く)


プロフィル
上野 景文( うえの・かげふみ
 1948年東京生まれ。70年東京大学教養学科卒業後、外務省入省。メルボルン総領事、駐グアテマラ大使、駐バチカン大使(06~10年)など歴任。ケンブリッジ大学経済学部卒(73年、04年に修士)、11~17年杏林大学客員教授。著書に『バチカンの聖と俗』(かまくら春秋社)、「現代日本文明論」(第三企画)などがある。

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