中国の台湾統一戦略の行方

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■ウクライナ侵攻は中国の外交戦略を揺さぶり、米国と中国の最大の対立点で東アジアの地政学リスクである台湾問題の行方にも影響する。

■米国に対抗できる軍事力を構築、武力で威嚇しつつ経済、外交圧力をかけて台湾に統一を迫る中国の基本戦略は変わらない。長期にわたりリスクは存在する。

■長期政権を目指す習近平主席は台湾問題解決への意欲が強い。国際協調より「国家の安全」「力の行使」を重視する統治手法に懸念がつきまとう。

■ロシア、中国、北朝鮮に向き合う日本の安全保障環境は厳しい。有事を防ぐ抑止力の向上と外交での日本の役割は増える。中長期の備えを怠ってはならない。

調査研究本部主任研究員 石井利尚 

 ロシアによるウクライナ侵攻で、ロシア、中国、北朝鮮に囲まれる日本の安全保障環境は一段と厳しさを増している。東アジアで長期にわたり存在する安全保障上のリスクは、武力行使も辞さない姿勢をみせる中国による台湾統一の問題だ。読売新聞の全国世論調査では、ウクライナ侵攻が、中国による台湾への武力行使など「日本の安全保障上の脅威につながる」と考える人が81%にのぼった。各社の世論調査からも「台湾や尖閣有事への波及」への国民の強い不安が示されている(注1)。中国では今年後半、習近平国家主席(党総書記)(68)の3期目続投を決める中国共産党大会が開かれる。台湾問題が今後も米国と中国の最大の対立点であり続けることは変わらない。本稿では、ウクライナ侵攻後の世界における、中国の台湾統一戦略を考えたい。

デジタル遺伝情報は誰のものか?

狂いが生じた習氏の戦略

「辛亥革命110年記念大会」で中台関係などに関する演説をする習近平国家主席(2021年10月、片岡航希撮影)
「辛亥革命110年記念大会」で中台関係などに関する演説をする習近平国家主席(2021年10月、片岡航希撮影)

 「友好は無限であり、協力分野にタブーはない」。習氏は2月、ロシアのプーチン大統領を、自身の威信を高める舞台である北京五輪に手厚く迎え、「北大西洋条約機構(NATO)拡大反対」「台湾独立反対」など、対米国で共闘できる多くの文言を盛り込んだ共同声明を発表、世界に親密ぶりを誇示してみせた。ところが五輪閉幕後にロシアがウクライナに侵攻、習指導部はその後の展開に「動揺」(バーンズ米CIA長官)し、外交は一時迷走した。

 党大会で3期目続投を確実にしたい習氏にとって、経済・外交の安定が当面の最優先の課題だ。経済への影響を抑えるために、ロシア寄りの姿勢ながらも、欧米との決定的な対立を避ける慎重な外交を余儀なくされた。それでも中国が強い姿勢を見せるのが台湾問題だ。「台湾問題を適切に処理できなければ、両国関係に破壊的な影響を及ぼす」。3月、習氏はバイデン米大統領とのテレビ会談で、米国の台湾関与について、強い表現で警告した。会談の当日、中国初の国産空母「山東」が台湾海峡を航行した(注2)。

 ウクライナ侵攻が台湾問題に与える影響について、内外の有識者からは「ロシアの苦境をみて、中国は武力行使に慎重になるだろう」など様々な見解が示されている。住友商事グローバルリサーチの前田宏子シニアアナリスト(東アジア政治)は「中国内にも異なる意見が存在し、ウクライナの抵抗を見て台湾制圧は簡単でないことを学び、また、国際社会の迅速でまとまった制裁を見て武力統一の反発の大きさを確認した人々もいる。それとは逆に、米国がウクライナに軍事介入をしなかったことに自信を強め、中国への経済制裁は(対ロシアと違い)その経済規模の大きさ、台湾は『内政問題』ということから、もっと難しいはずと見る人もいる」と語る。

 ウクライナ侵攻がどう展開し、どう終結するかは、米国の対中国シフトの安全保障戦略と中国の外交戦略、ひいては、米中の最大の対立点である台湾問題の行方に影響を与えていく。習氏はロシアの軍事作戦の研究を命じたとされ(注3)、「台湾解放」を想定する中国軍の作戦計画は、ロシアの苦戦を教訓に練り直しが進むだろう。中台関係に詳しい防衛省防衛研究所の門間理良・地域研究部長は「中国軍はミサイル攻撃、複数ルートからの攻略、大都市攻撃、サイバー戦、宣伝戦、ロシア軍の補給やウクライナ市民の抵抗を研究し、台湾に向けた統合作戦能力への応用に努めるはずだ」と話す。

 もともと安全保障の専門家の間では、<1>中国は台湾本島への上陸作戦能力を完全には有していない<2>ハイブリッド戦(注4)、ミサイル攻撃などの電撃作戦で初戦に優勢を確保しても、本島平定前に米軍の介入を招く―として、本格侵攻の可能性は短期的に低いと予測されてきた。中国政治の多くの研究者も、<1>「完全統一」を意味する台湾全土を制圧できなければ「勝利」にはならず<2>日米欧との関係断絶により中国経済が大打撃を受けて国民の支持を失い、政権危機につながる恐れがある―として、侵攻は当面考えにくいとみてきた。「米軍に絶対に勝てる。体制に影響を及ぼさない。二つがそろわない限り手を出さない」(日中外交筋)。ウクライナ侵攻に連動した台湾への武力侵攻はできない、が多くの専門家の一致した見方だ。

台湾問題は「闘争対象」

 だが、中国と隣り合う日本が向き合っていかなければならないのは、世界情勢がどう変わろうとも、中国共産党は、一党独裁の存立意義にもかかわる「祖国の完全統一」をあきらめることはないという現実だ。同党が昨秋採択した歴史決議には「祖国の完全統一は党の歴史的な任務であり、全ての中華民族の共通の願いであり、中華民族の偉大な復興のための必然的な要求」と明記されている。「中華民族の偉大な復興」を実現する2049年の建国100年を祖国が分裂したまま迎えるわけにはいかないのだ。

 3月に公表された中国の22年の国防費は前年比7.1%増の1兆4505億元(約26兆3500億円)。中国経済が減速する中、経済成長率目標(5.5%前後)を上回る高い伸びだ。日本の防衛費の約4.9倍の予算が、米軍に対抗できる軍を目指す習政権の「強軍路線」を支えていく。習氏の包括的な台湾政策は19年1月の演説(注5)で示され、平和統一を基本としているが、「武力行使」の可能性も明言している(注6)。

 台湾統一は中国共産党の必達目標、宿命で「やるか、やらないか」ではなく、「いつやるのか」「どうやってやるのか」との段階にある。歴史決議は、台湾問題を、香港、新疆ウイグル、チベットと並ぶ「(日欧米などの)外部勢力との闘争対象」と位置づけ、「確固とした立場と柔軟な対応で軍事闘争を進め、外部からの軍事挑発に効果的に対処し、『台湾独立』の分裂活動を抑止する」との国防方針を記している。「経済と政権が崩壊しかねない武力侵攻はあり得ない」が常識的な見方、合理的な判断ではある。だが、合理的にはあり得ないウクライナ侵攻は現実に起きた。米中の覇権争いが続く中、日本の安全保障上のリスクには、しっかりと目を向けるべきだろう。

中国には時間がある

 そうした視点で中国のタイムスケジュールを見直したい。最も重要な日程は、「中華民族の偉大な復興」を実現し、米国と肩を並べる現代化強国となる建国100年の49年。台湾は統一されている想定だ。もう一つは、建国100年と党創設100年(21年)の中間点で、1人当たり国内総生産(GDP)が中等先進国水準になり、社会主義現代化を実現する35年だ。中国のGDPは30年代に米国を追い越し、50年頃、人口減・少子高齢化で米国に再逆転される試算がある(注7)。習政権は、産業や科学技術などの発展戦略と軍現代化の目標を35年と定める。台湾政策に詳しい北京大学の李義虎・台湾研究院長は35年までに「国家統一という歴史的な大勢が固まるだろう」と表明している(注8)。

 中国の長期戦略について、住友商事グローバルリサーチの前田氏は「米国との国力差の縮小で米国の台湾防衛の難度とコストは年々上がり、中国が有利になっていく。中国は、台湾問題の主導権を握っていると認識している。国際社会での影響力が増す将来の解決に自信を強めているのではないか。武力を見せながら圧力をかけ、武力行使をせずに台湾を屈服させて統一するのが基本方針」とみる。35年で習氏は、毛沢東が死去した年齢と同じ82歳。米国との軍事バランスで最も有利で、国力停滞前の30年代が「力による統一」の最適な時期、あるいはタイムリミットと想定するのが合理的な戦略となる。

待ち続けることはできるのか

 統一は急ぐ必要はなく「待つ」のが得策となるが、待ち続けることはできるのだろうか。

 22年秋、中国では党大会、米国では中間選挙、台湾では2年後の総統選前哨戦となる統一地方選がある。台湾の選挙では安全保障もテーマとなり、台湾海峡の緊張は続くだろう。だが、中国自らが党大会前に台湾問題で大きく動く余裕はないはずだ。動きが出るのは習3期目体制が始動する23年以降となる。24年年明けに台湾総統選があり、2期目の蔡英文総統に代わる総統候補が決まるのが来年夏だ。与党・民進党候補には、蔡総統より独立志向が濃厚な頼清徳副総統(62)らの名が挙がる。24年は米大統領選があり、台湾情勢は誰が米台のトップになるかで大きく変わる。中国は24年を警戒している。

 主にワシントンが注視してきたのが、中国人民解放軍創設100年と習氏「3期目終了」が重なる「27年まで」だ。習氏は、「戦争に勝てる軍隊」を目指して軍改革を断行、27年を「建軍100年の奮闘目標を確保する目標年」に定めた。軍はその名の通り、武力で国土や人民を「解放」する。その最後の対象が台湾だ。習氏が「3期目総決算」として、27年までに統一への道筋をつける軍事行動に踏み出すのでは、という疑念につながる。

 27年時点で習氏は74歳。元最高実力者・トウ小平が改革開放を打ち出した78年時の年齢と同じだ。懸念の背景には軍備増強の加速がある。空母3隻態勢となる25年には「全面的な台湾侵攻能力を備える」(邱国正・台湾国防部長)と警戒されている。米国防総省は昨秋の報告書(注9)で中国が27年までに核弾頭700発、30年に少なくとも1000発を保有する可能性を指摘、「予測を上回るペース」と警告する。ロシアとともに、極超音速兵器の開発では米国を先行する。

 「27年まで」で可能性が指摘されてきたのが、戦略的要衝に位置し、台湾が実効支配する東沙諸島の占領だ。台湾よりも中国大陸に近く、台湾海巡署(海上保安庁)、海軍陸戦隊員らが駐屯する。米軍が介入する可能性は低いとして、中国による占領はいつでも可能とみられている。さらに、中国軍と、米軍や台湾軍との偶発事故というリスクもある。台湾の防空識別圏(ADIZ)に進入した中国軍機は昨年延べ960機以上、実戦訓練や「侵攻の予行演習のよう」(オースティン米国防長官)と形容され、ADIZ進入は常態化しつつある。過去には、南シナ海で米中の軍用機が接触して中国機が墜落する事件(注10)が起きている。

始まる世論、法律戦

 当面、中国と台湾はウクライナ侵攻で<1>ロシアの軍事行動<2>米欧の連携<3>経済制裁へのロシアの対応<4>情報戦―の分析に注力する。台湾が警戒しているのが、米軍の介入がより困難になるグレーンゾーン事態やハイブリッド戦、世論誘導など認知領域の戦いだ。台湾国防部は「台湾の戦力を消耗させ、民心・士気を動揺させて現状変更を企て『戦わずして台湾を奪う』目的を達成しようとしている」(注11)とみる。台湾は、中国がサイバー、宇宙、電磁波に加えて、心理・世論戦の認知領域の戦いを仕掛け、米国についても勝てないと台湾の人に思わせて統一に追い込む「戦争」を進めているとしている。

 中国軍は、情報操作や威嚇で相手の戦う意志をくじく「心理戦」、自国に有利な情報を流して内外の世論を誘導する「世論戦」、自国に有利なルールを決める「法律戦」の「3戦」を軍事作戦として重視している。米国を防衛の後ろ盾とする台湾の人々を「今日のウクライナは明日の台湾」「米国は最後には台湾を見捨てる」との悲観論に誘導する世論戦、心理戦は既に始まっている。

 3月の台湾の世論調査(注12)で、米軍の参戦を「信じる」は34.5%、「信じない」は55.9%だった。昨秋の調査で米軍派兵が「あると思う」65%だったのと比べ、30ポイントも下落した。ウクライナに米国が派兵していないことが影響しているとみられる。台湾には、中国との融和を求める一定の世論がある。中国の世論戦の狙いは、台湾世論の国際的な孤立感を深め、米国離れを促すことだ。

 台湾問題を「国内問題」とする中国は、法律戦強化の構えも見せる。中国が恐れるのは「祖国の分裂状態」の永続化、「台湾独立」の確定だ。その備えとして05年に制定した「反国家分裂法」は「台湾分離をもたらす重大な事変の発生時」「平和統一の可能性が完全に失われた時」に「非平和的な措置や必要な措置を講ずる」と定め、武力行使の法的根拠とする。中国の当局者は3月、同法とは別に、統一を促す新法の制定も検討するとの考えを表明、「『台湾独立』を図る分裂勢力に打撃を与え、祖国統一のプロセスを進める」と強調した。

 3月の全国人民代表大会(国会)の政府活動報告には「新時代における党の台湾問題解決の基本方策を貫徹する」との表現が盛り込まれた。北京大の李義虎院長は、党大会で「新政策」が示されるとの見通しを明らかにした(注13)。経済面でも、中国が「台湾独立派」と統一支持者(企業)を敵味方に峻別し、圧力を強める恐れが懸念されている(注14)。

習氏の台湾問題への思いは

 習3期目政権は、格差縮小に向けた「共同富裕」推進を目指すとみられるが、国民の利益がぶつかりあう経済政策の前途は多難だ。これに対して台湾統一は、習氏のスローガン「中国の夢」の到達点として、求心力を維持し、国民を統合する重要な旗印となる。習氏は台湾問題解決への思いが強く、「解決には長期の時間が必要。習氏しかいない」が3期目続投を推す論拠の一つとされる。

 習氏は、働き盛りの32~49歳まで(1985~2002年)、台湾海峡を隔てた福建省で17年間勤務した。アモイ副市長を手始めに、省都の福州市党書記、福建省長などを歴任。多くの台湾人の祖先は福建省などから渡り、台湾語は福建の言葉と同じ系統。福建からみると台湾は、「地縁、血縁を有する同じ郷土」で「両岸(中台)同胞は同じ中国人。同じ家族のよう」(習氏)との位置づけになる。習氏がトップ就任4年目の15年、台湾の馬英九総統と史上初の中台トップ会談に踏み切ったのも、台湾問題の早期解決への意欲の強さの表れといえる。

 昨年北京で出版された「習近平在福建」(注15)には、経済交流と軍備の双方を重視する習氏の実績が記されている。当時は外資導入を各地方が競う改革開放の時代。習氏ら福建の指導者が頼りにしたのが、経済的に豊かで高い技術を持つ台湾の企業だった。台湾財閥「台湾プラスチックグループ」創業者で「台湾の松下幸之助」とも呼ばれた王永慶氏を何度も接遇、台湾企業の投資環境の整備に奔走したという。習氏は、台湾紙の正月紙面に3年連続で寄稿し、「福建と台湾は手を結んで共に繁栄しよう」などと呼びかけている。

「最前線」での経験と発想

 台湾向けのミサイルが配備される福建は軍事対立の最前線でもある。元軍幹部の回想によると、習氏は、有事における民兵と予備役部隊の重要性を強調し、「軍民融合策」に熱心な指導者だったという。中国共産党には、敵の孤立を狙い、協力者を増やす統一戦線工作の伝統がある。工作対象の筆頭は昔も今も台湾の人たちだ。福建はその最前線だった。習氏は軍事と海洋の問題に熱心とされる。台湾問題は、国際勤務の経験がない習氏にとって、指導部内でイニシアチブをとりやすい「国際分野」なのだろう。

 習氏の構想の一つに、台湾海峡をトンネルや橋でつなげるというものがある。90年代後半、習氏は学者の提案を受け、「両岸の発展と祖国統一に大きな意義がある」とトンネルの学術研究をスタートさせた(注16)。昨年、中国では、直通列車で中国と台湾を往来する音楽「2035年台湾に行こう」がSNSで流れた。35年には統一しているとイメージさせるものだ。中国には、北京とチベット、香港を鉄道で直結させ、巨大な経済パワーで一体化を強行してきた前例がある。

権力集中、二つの懸念

 習氏の権力集中が進んだ場合、台湾問題については二つの懸念がある。一つは、習氏が「不安全感(不安定な状態)」を放置できず、「制御(コントロール)」を重視する指導者である点だ。トウ小平路線を歩んだ胡錦濤前主席は経済と国際協調を重視したが、習氏は、経済と国際協調よりも「国家の安全、安定」を優先する。新疆ウイグル自治区や香港での強圧的な統治が典型例だ。

 中国関係者は「台湾有事は世界有事。どこもが大きなダメージを受ける。中国も戦争はやりたくない。共同富裕や中華民族の復興もできなくなる。だが、米国と台湾が一線を越えたら動かざるを得ない。中国の世論が許さず、安定が保てなくなる。新疆と香港では米国の干渉を抑えて平和と安全が実現した。米国がそそのかす台湾独立派が中国の不安定のもと。そうした動きには早めに対処した方がいい」と話す。

台湾の嘉義空軍基地で緊急発進訓練を行うF16V戦闘機(22年1月、杉山祐之撮影)
台湾の嘉義空軍基地で緊急発進訓練を行うF16V戦闘機(22年1月、杉山祐之撮影)

 中国は89年の天安門事件、91年の湾岸戦争とソ連崩壊以降、欧米の関与による体制変革(和平演変)を警戒してきた。九州大学の益尾知佐子准教授(中国政治)は著書で、中国の世界観について「現状への恐怖で満ちあふれ」「外部からの脅威が実際よりも強調され」「脅威の除去は防衛であり国防」と指摘する(注17)。プーチン露大統領の世界観と重なるものがある。実際、ロシアとの共同声明でも「カラー革命に反対する」と「欧米陰謀論」への強い警戒感が共有されている。

力を見せる傾向

 二つ目は、習氏が党高官の汚職摘発などを通して国民からの人気で権力を強化してきた点だ。中国では若い世代や軍内の一部に、香港や台湾に対する強硬な世論がある。関係者によると、軍内には「米国は台湾を本気で防衛しない」との自信と、「米国が先に仕掛けるのでは」との陰謀論が併存する。経済問題などで権力基盤に揺らぎが生じた場合、軍に信を置く習氏が、国民の支持を集めやすい強硬策に出るのでは、という懸念がつきまとう。

 強硬論が出るのは平和統一の展望が見えないためだ。習氏は、台湾企業の優遇や台湾人の中国での就労支援など経済支援策を打ち出した。だが、香港の民主派弾圧の影響で、台湾の人が「1国2制度」による統一を受け入れる可能性はほぼ絶望的だ。「両岸の民族的な絆を強調しているが、台湾の声に耳を傾けるということはしなかった。習氏が力を入れれば入れるほど台湾は統一から遠ざかる状況」(注18)にある。

 習近平政権を研究する興梠一郎・神田外語大学教授は、軍事力で威嚇しつつ、政治や外交、経済的な圧力を併用する「文攻武嚇」で台湾屈服を目指す方針は変わらないとし、「『文攻武嚇』がさらに強硬になるかどうかは米国と台湾次第。限りなく独立の方向に動けば、習氏も動かざるを得ない。歴史の罪人になってしまうからだ。台湾本島の統一は国力を蓄え、米国が介入をあきらめるまで待つ、戦わずして勝つ『孫子の兵法』が合理的な戦略判断」と話す。興梠氏は「東沙諸島占領の可能性はある。統一の意志が本気であることを示し、台湾の世論を揺さぶり、抵抗をあきらめさせる長期的な威嚇効果が見込めるためだ」と付け加える。

 興梠氏が懸念点として挙げるのが、習氏個人の統治手法と権力集中がもたらすリスクで、「強引に南シナ海に人工島を建設し、香港を半ば制圧した。毛沢東に似て、力を見せつける傾向がある。台湾問題でも何も起きないとは、誰にも言えない。経済がおかしくなったり、権力基盤に揺らぎがでたりした時、彼はどうするか。ウクライナ情勢次第だが、不確定な要素が多すぎる」と語る。

抑止力の向上を

 選挙で政権交代する日米などが5年、10年後に台湾問題にどう関与しているのか、見通すのは難しい。一党独裁の中国は、柔軟な外交を展開しながら時間を稼ぎ、着々と軍備の増強ができる。防衛省防衛研究所の門間地域研究部長は「中国は経済、軍事力をつけ、国際的な発言力が増していくため、時間がたつほど有利になる。だが、習氏はそれでよしとするだろうか。歴史決議からも見えるのは、トウ小平を超えて毛沢東に並び立つ存在に高め、台湾統一への道筋を任期中につけたいとの強い意志だ。米国や台湾との対立が長期に及ぶと判断している一方で、自分の手で何とか打開することで自らの威信を高めたいと考えているはずだ」と分析する。

 門間氏も興梠氏と同じく「本島占領は難しいとわかっているため、限られた一手として東沙諸島の奪取が考えられる」とした上で、「国内メディアを総動員して自らを毛沢東と並び立つ存在に引き上げ、台湾統一が必要な正義であると内外に宣伝できる。国際的な制裁には国民に危機感を訴えて国全体で結束して対抗しようとするはずだ。(武力行使は)極論と排するべきでなく、最悪の事態を想定して備えることが重要だ」と警告する。

 台湾有事に連動してロシアや北朝鮮が日米をけん制する行動に出る事態が想定される。日本は、防衛力整備と日米同盟の強化、クアッド(日米豪印)などの枠組み構築で、これまで以上に主体的な役割が求められる。同時に、ロシアへの制裁で欧米(G7)との連携を強化しつつ、韓国や東南アジア諸国、そして、中国の習氏との直接対話の外交が重要になる。党大会を控える習政権は安定した経済運営が最重要であり、対外関係では柔軟姿勢も見せるかもしれない。だが、武力行使は「当面ない」として抑止力の構築が緩むようなことがあれば、東シナ海や台湾海峡において、国力を増大させる中国による現状変更の動きは確実に強まる。新たな国際情勢を見極めつつ、日本周辺の有事を起こさせないための備えは、冷静かつ着実に進めていきたい。


注釈
(注1)読売新聞の調査(3月4~6日)では「ロシアの、力による一方的な現状変更が、今後他の地域にも波及し、中国が台湾に武力行使するなど、日本の安全保障上の脅威につながると思いますか」との質問に「思う」81%、「思わない」11%、答えない8%。毎日新聞の調査(同月19日)では、台湾への軍事侵攻への「不安」89%。共同通信の調査(同月19、20日)では、台湾や尖閣諸島への武力行使誘発への「懸念」75%。
(注2)ロイター通信22年3月18日
(注3)読売新聞22年2月28日
(注4)防衛白書(令和3年版)によると、ハイブリッド戦は、軍事と非軍事の境界を意図的にあいまいにした現状変更の手法で、国籍を隠した不明部隊を用いた作戦、サイバー攻撃による通信・重要インフラの妨害、インターネットやメディアを通じた偽情報の流布などによる影響工作を複合的に用いる手法。グレーンゾーン事態は、武力攻撃にあたらない範囲で、実力組織などを用いて頻繁にプレゼンスを示すことなどで現状の変更を試み、自国の主張や要求の受け入れを強要しようとする行為が行われる状況。
(注5)台湾に平和統一を呼びかけた中国の「台湾同胞に告げる書」(79年)発表から40年に際して習氏が発表。
(注6)「武力行使」の直接表現は、台湾の李登輝政権と対峙した江沢民元主席の95年の演説などで使われている。独立志向が強かった陳水扁政権と対峙した胡錦濤前主席が05年の「反国家分裂法」制定時に行った演説では使われていない。
(注7)日本経済研究センターが昨年12月にまとめた報告。標準シナリオとして33年に米中のGDPが逆転、50年に米国が再度逆転すると試算。
(注8)読売新聞21年3月10日
(注9)「中国の軍事・安全保障に関する報告書(21年)」
(注10)01年4月1日、南シナ海上空で、米海軍電子偵察機EP3と中国軍のF8戦闘機が接触、中国機が墜落して操縦士が死亡。米軍機は中国・海南島に緊急着陸し、乗員24人が中国当局に一時拘束された。
(注11)台湾「国防報告書(21年)」
(注12)台湾の民間シンクタンク「台湾民意基金会」調査。
(注13)読売新聞などとのインタビュー。読売新聞22年3月10日
(注14)中国は21年11月、台湾の蘇貞昌行政院長(首相)らを「頑迷な台湾独立分子」として刑事責任追及を表明。蘇氏の与党・民進党に政治献金した台湾大手企業に、中国事業に関して罰金を科した。
(注15)中国共産党中央党校の機関紙「学習時報」が習氏の福建勤務当時の同僚35人の回想を連載した記事(20年6~9月)を収録。
(注16)「習近平在福建」(上)84ページ
(注17)「中国の行動原理」 第1章(現代中国の世界観)
(注18)小笠原欣幸「台湾をめぐる『21年体制』の形成」(中曽根平和研究所コメンタリー・21年12月15日)


参考文献・資料
益尾知佐子(2019年)「中国の行動原理」(中公新書)
川上桃子、呉介民編(21年)「中国ファクターの政治社会学 台湾への影響力の浸透」(白水社)
森本敏、小原凡司編著(22年)「台湾有事のシナリオ」(ミネルヴァ書房)
「習近平在福建」上・下(中国・中共中央党校出版社、21年)
「十九大以来重要文献選編」(中国・中央文献出版社、21年)
「習近平談治国理政」第1~3巻(中国・外文出版社)

※この論考は調査研究本部が発行する「読売クオータリー」掲載されたものです。読売クオータリーにはほかにも関連記事や注目の論考を多数収載しています。最新号の内容やこれまでに掲載された記事・論考の一覧は こちら にまとめています。
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