ウクライナ戦争 専制主義の脅威と自由主義世界の結束

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POINT
■ロシアの突然のウクライナ侵攻により、自由主義世界は、習近平指導体制の中国とプーチン体制のロシアという二正面の専制主義と向き合うことになった。

■この結果、今世紀初め以来「中国の脅威」を念頭にアジアへの傾斜を強めつつあった米国安全保障戦略の見直しは必至とみられる。

■欧州主要諸国も近年、「アジアシフト」体制をとり始めたばかりだったが、世界情勢の激変により、欧州防衛体制強化に専念せざるを得なくなった。

■ロシアと中国は関係緊密化に乗り出し始めた。日本は特に、アジア自由主義諸国における結束強化に向け大きな役割が求められる。

調査研究本部客員研究員/中曽根康弘世界平和研究所研究顧問 斎藤彰 

中露専制主義への警鐘

 「民主主義諸国は専制体制との戦いのため、決起し始めた。平和と安全保障の側に、世界が立っていることは明白である」――。ロシアがウクライナ軍事侵攻を開始してから5日後の3月1日、バイデン米大統領は連邦議会での一般教書演説の中でこう言明し、同時に民主主義防衛のために戦い続けている、「ひるむことなきウクライナ国民」を断固支援していくと強調した。

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ホワイトハウスで演説するバイデン米大統領(ロイター)
ホワイトハウスで演説するバイデン米大統領(ロイター)

 バイデン氏が、自由主義世界と価値観を異にする中国、ロシア両国の「専制体制」に対し警戒を呼びかけたのは、そのちょうど1年前だった。政権発足から100日を迎えた昨年4月下旬、ホワイトハウス記者団との会見の中で、以下のように述べている。

 「私はこれまで、中国の 習近平(シージンピン) 国家主席とじっくり議論してきた。今後、『専制体制vs民主体制』が両国関係の中心的問題になることについても論争した。彼はロシアのプーチン大統領と同様、専制体制こそが『将来の波』であり、民主主義体制は世界で機能しなくなると考えている。彼の体内に、民主主義という骨は一本たりとも存在しない。これからの歴史は、民主主義が果たして機能し、専制主義と対峙していくコンセンサスを得られるかどうかにかかっている」(注1)

 もちろん1年前には、プーチン独裁体制が、今回の非道極まるウクライナ軍事侵攻に打って出ようとは、バイデン氏は予測していなかっただろう。ただ、日欧同盟諸国のほとんどが今に至って虚を突かれたようにロシアの脅威を再認識したのとは対称的に、バイデン氏が早い段階から、プーチン体制を習体制と同列視し、対抗策として自由主義世界の結束を重視していたことは、注目すべきであろう。

 その背景の一つとして、トランプ前政権とプーチン体制との「米露蜜月関係」があったことは間違いない。

 トランプ氏は4年間の在任中、プーチン氏と計5回の首脳会談を行った。いずれの場合も、2人が交わした話の内容はほとんど公表されていない。同席した通訳には厳重なかん口令が敷かれ、中身は謎に包まれたままだ(注2)。

 このうち、内外メディアで最大の関心を集めたのが、2018年7月16日、ヘルシンキで行われた首脳会談だ。終了後のあわただしい記者会見で、話題が16年米大統領選に対するロシアの介入疑惑に及んだ際、トランプ氏は同席したプーチン氏の顔色を横目で何度かうかがうようなそぶりを見せながら「介入はあり得ない」と低い声で答えた。質問した記者が、「米国のあらゆる情報機関は、プーチン大統領の直接の命令により介入があったと総合的に判断している」と畳みかけると、トランプ氏は「私は、それを否定しているプーチン氏の方を信じる」と答えた。この返答は、かねて取り沙汰されていた「トランプ氏はロシア情報機関に懐柔されている」という説をさらに広める結果となった。

 2020年の米大統領選で、プーチン氏が、自分の意のままに動く人物の再選を望んでいたことは明白だ。しかし、結果は、ロシアに厳しい目を向けてきたバイデン氏の勝利だった。世界最強の国を、最高権力者を通じ、操ろうという、プーチン氏の秘めたる野望は挫折。その後、引き起こされたのが、対ウクライナ戦争ということになる。

 それは、ソ連が崩壊するはるか前の「偉大なるロシア帝国の復活と東欧への勢力拡大」という、プーチン氏の〝グランド・デザイン〟の一環をなすものであり、第2次大戦におけるナチス・ドイツの暴挙を想起させる。

 ヒトラーは当時、一民族・一国家・一指導者からなる「大ドイツ建設」を夢想し、その実現のため、第1次大戦後のドイツ再軍備を封じたベルサイユ条約を無視した。米英仏が支配する旧秩序に挑戦し、領土拡張のため、チェコスロバキア、ポーランド、オーストリア、フランス、ソ連へと次々に侵攻していった。

 プーチン氏は、ウクライナ侵攻後、同国のゼレンスキー大統領に、撤退の条件としてウクライナの「中立化」とともに「脱ナチ化」を要求してみせた。プーチン専制体制そのものが、ナチ化の様相を示す中、極めて皮肉な事態といえよう。

米国の事前対応

 政権発足以来、「専制主義との戦い」を外交・安全保障戦略の大看板に掲げるバイデン政権は、素早く動いた。

 ロシアがウクライナ国境周辺に兵力を展開すると、インテリジェンス(情報)を米主要メディアに逐次リークし、国際世論と国内世論に警鐘を鳴らした。同時に、バーンズ米中央情報局(CIA)長官がウクライナに、オースティン国防長官をブリュッセルの北大西洋条約機構(NATO)本部に、ブリンケン国務長官を英仏独などに派遣し、ロシアの軍事侵攻に備え、対露経済制裁など対応策の根回しに入った。

 こうした米側の事前の動きは、近年の国際危機対応の中でも異例とされている。

 ロシアが実際に侵攻を開始すると、間髪入れずにNATO同盟諸国や欧州連合(EU)との結束を確認し、かつてないレベルの対露経済制裁を打ち出した。

 その一方で、バイデン政権は中国へのけん制も忘れなかった。

 3月1日に米政府や米軍の元幹部からなる代表団が急きょ、台湾を訪問したのは偶然のことではない。一行の訪問は、大統領の直接の指示に基づき、その狙いは、世界の目がウクライナ戦況に釘付けにされる間、中国が台湾海峡で不測の事態を引き起こさぬよう、予防線を張ることにあった。

 マイケル・マレン元統合参謀本部議長、国防長官就任が有力視されていたミシェル・フロノイ元国防次官、ブッシュ政権下で国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長を務めたマイケル・グリーン氏ら超党派の一行は、2日には台北で蔡英文総統と会談し、「台湾海峡の平和と安定は米国のみならず、世界の利益に合致する」として、米国が台湾有事に積極的に関与する姿勢を鮮明にした。

 同時に、ウクライナ戦争は、米国が今後、欧州とインド太平洋を舞台に、「二正面対応」を余儀なくされることを浮き彫りにした。

「アジア重視」戦略の今後

 その結果、オバマ政権以来、米国が推進してきた「アジア重視」の対外基本戦略も修正を迫られる可能性がある。

 「(中東から)アジアへの方向転換(Pivot to Asia)」としても知られる同戦略は、「世界人口のほぼ半数が居住するアジア太平洋の発展は、米国の経済的および戦略的利益にとって不可欠」との認識の上に、〈1〉中国を含む主要国、地域、多国間機関との関与〈2〉貿易と投資の拡大〈3〉広域にわたる軍事プレゼンスの構築〈4〉民主主義と人権の推進―などを行動指針として掲げた(注3)。

 国防総省では現在、インド太平洋、特に南シナ海における中国の海軍力増強をにらみ、世界規模での米軍再編計画を策定中で、一層のアジアシフトが打ち出されると目されてきた。

 しかしウクライナ情勢を受け、NATOの体制強化が急務となった。ポーランド、ルーマニアなど東欧諸国にも危機感が高まりつつあり、バイデン氏も一般教書演説で、NATO同盟国の防衛のための国防費増に前向きな考えを示した。

 ただ、米国といえども予算には限りがある。内政面でコロナ対策や弱者救済策を重視してきたバイデン政権だけに、財政上も「二正面」対応には大きな負担がかかる。今後、インド太平洋方面において、日本、オーストラリア、韓国などの同盟諸国に対する防衛分担増を求める声が米議会を中心に高まる事態が十分予想される。

 英仏独など欧州主要国も近年、強大化しつつある中国の専制体制を念頭に、相次いで「アジア重視シフト」を打ち出してきた。しかし、ロシアの脅威を目の当たりにした今、再度の戦略見直し、いわば〝Uターン〟は避けられないだろう。

跋扈する中国専制主義

 だからと言って、自由主義世界の価値観そのものへの挑戦をいとわない中国への警戒を緩めることは許されない。ロシアが「すぐそこにある危機」だとすれば、経済力と軍事力を増す中国は、民主主義陣営にとって長期的に潜在的危機であり続ける。

 特に中国の政治体質は習近平体制発足後、大きく変質しており、専制色の濃い国内体制の締め付けと人権弾圧が目立つ。人権弾圧の例は、新疆ウイグル自治区でのウイグル族抑圧など、枚挙にいとまがない。

 体制の締め付けは、「一国二制度」の恩恵にあずかってきた香港にも及ぶ。2020年6月の「国家安全維持法」の施行以降、民主化運動の弾圧は著しい。地元日刊紙「リンゴ日報」の発行停止に続き、民主派ネットメディア「立場新聞」も幹部らの逮捕、摘発で廃刊に追い込まれるなど、香港の「一国二制度」は風前のともしびとなっている。

 中国共産党指導部は、国内体制の締め付けと同時に、対外的勢力拡大にも力を入れてきた。

 その最たる例は、習近平外交の〝看板戦略〟である巨大経済圏構想「一帯一路」であろう。アジアから欧州、アフリカにかけて陸路と海路による物流ルートを開設し、関係諸国への投資と貿易拡大を企図する構想で、中国が関連事業推進のために投じた資金は「推計4兆ドルから8兆ドル」との指摘もある(注4)。豊富な資金に物を言わせ、途上国をターゲットに攻勢をかけている。

 この対象にはミャンマー、スリランカ、ニカラグア、キューバといった諸国が含まれる。投資への「見返り」は、今回のロシアのウクライナ侵攻を受けて招集された国連緊急特別総会でも、具体的に示された。

 ロシア軍の即時撤退を求める非難決議採択に当たり、これらの国は中国の主張に同調し、141か国が賛成する中、中国と足並みをそろえて棄権に回ったのだ。

懸念される中露の接近

 民主主義陣営にとって、もう一つの懸念材料は中露両国の接近だ。

 バイデン大統領は3月18日、習近平国家主席との2時間におよぶ電話会談の中で、中国がロシアを支援した場合の「影響と結果」について直接警告した。

プーチン露大統領
プーチン露大統領
習近平中国国家主席(
習近平中国国家主席(

 ホワイトハウスのサリバン国家安全保障担当大統領補佐官も3月14日、ローマで楊潔チ(よう・けつち)共産党政治局員と会談した。7時間に及んだ会談の中心議題はウクライナだった。

 会談に先立ち、複数の米メディアは、ロシアが侵攻後、中国に軍事支援を求めてきたと伝えた。米側は、中国が応じないよう、強くけん制したとみられる。

 ただでさえ中露両国は今世紀に入り、「戦略的パートナーシップ」の観点から着実に関係を深化させてきた。

 中でも過去数年の軍事面での関係強化が目立つ。

具体的な動きとして、〈1〉2018年8月、ロシア領バイカル地区内で両国地上軍による初の大規模合同軍事演習が行われた〈2〉翌19年7月、両国空軍爆撃機が出動し、朝鮮半島付近で初の合同演習を実施した〈3〉20年12月、両国空軍機が日本の竹島周辺上空で合同飛行を繰り返した〈4〉21年8月、中露双方から1万人以上の部隊が参加した大規模演習が中国・新疆地域で実施され、ロシア軍部隊が初めて人民解放軍側の各種攻撃兵器を用いた習熟訓練も行われた――などが指摘されている(注5)。

 習近平、プーチン両首脳の直接接触、会談回数も2013年以降、40回近くに及んでおり、世界の2国間関係の中でも際だった親密ぶりを示している。昨年6月の首脳会談では、有効期間20年の期限切れを迎える「中露善隣友好協力条約」の延長を正式決定するとともに、「双方にとって核心的利益に関わる問題で支持し合い、両国共通の利益を守っていく」(習近平主席)ことで意見が一致した。

 また、今年2月初めには、プーチン氏が北京を訪問し、習近平氏との対面の首脳会談で長文の共同声明を発表。今後、米国との対抗上、両国の協調関係を一層拡大させていくことを確認し合っている。

 今回のウクライナ侵攻にあたり、中国がロシア批判を手控えるばかりか、むしろ理解を示しているのも、両国緊密化の一端を示すものだろう。

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