戦争犯罪をどう裁くのか

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POINT
■ウクライナ侵攻により、ロシアが国連憲章や国際人道法、国際軍縮条約に違反したことは明白だ。

■バイデン米政権はプーチン露大統領を戦争犯罪人として国際法廷で裁きたい考えで、証拠集めを進めている。

■国際法廷で有罪判決が出ても身柄を拘束できるとは限らず、実効性には疑問もある。

調査研究本部主任研究員 大内佐紀 

 ロシアはウクライナ軍事侵攻により、数々の国際法に違反している。バイデン米大統領は、プーチン露大統領の戦争犯罪を問う構えだが、果たして実効性は伴うのだろうか。

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国連憲章違反

国連安全保障理事会でオンライン演説し、国連に行動を訴えるゼレンスキー・ウクライナ大統領=2022年4月6日、ロイター
国連安全保障理事会でオンライン演説し、国連に行動を訴えるゼレンスキー・ウクライナ大統領=2022年4月6日、ロイター

 「プーチンは戦争犯罪人」「人殺しの独裁者」―。バイデン米大統領は3月16日の記者会見でロシア大統領を呼び捨てにした上で、こう断罪した。戦争犯罪の具体的事例として、「アパートや産院、病院への砲撃」なども羅列した。

 ブリンケン米国務長官は翌17日の記者会見で、国務省が関係国や当事者と協力してロシアによる戦争犯罪の証拠を集め、「関与したものが罰を受けるようにする」と厳しい表情で語った。

 バイデン政権の激しい怒りの背景には、ロシアが第2次大戦後、米国が主導し築き上げた国際秩序におおっぴらに挑戦し、そのことにより何とか保たれてきた秩序を崩しているという事実がある。

 ロシアの国際法違反は多岐にわたる。

 まずは国連憲章そのものだ。

 第2次大戦が多数の死傷者や破壊をもたらした教訓から生まれたのが国連と国連憲章だ。憲章は加盟国の義務と原則を定めた第1章2条4項で、武力による威嚇または武力の行使をいかなる国の領土に対しても慎むことを全加盟国に求める。軍事力をもって領土を拡張し、国境線を変えることは許されないということだ。

 プーチン氏は、ロシアの行動は国連憲章上も認められた正当なものだと主張する。念頭にあるのは第51条が定める自衛権だ。しかし、ウクライナがロシアを先制攻撃していない以上、自衛権は成立しないという認識で国際社会の大勢の見解は一致する。

人道法、軍縮条約にも違反するが…

 ミサイル攻撃されたアパート、子どもを含む民間人が避難していたにもかかわらず、がれきと化した劇場、産院から血を流しながら担架で搬送される妊婦―。ウクライナから伝わる映像を見れば、ロシアが国際人道法違反を犯しているのも明白だ。

 第2次大戦中、戦況を有利にするために意図的に民間人を殺害した事例が多発したことへの反省から作られたのが、ジュネーブ条約第一追加議定書(1978年発効)だ。

 第51条は文民を攻撃の対象としてはならないこと、文民や民間施設が集中する場所への攻撃は無差別攻撃とみなすことを定める。続く第52条は、攻撃は軍事目標に厳格に限定することを定め、民間施設を攻撃や報復の対象とすることを禁じる。民間施設の中でも、特に保護されるべきは病院などの医療施設だ。第12条は「医療施設は常に尊重、保護されるべきで、攻撃の対象としてはならない」とする。

 ロシアがウクライナで新型兵器や、その使用を禁じる軍縮条約が存在する兵器を使用していることもゆゆしい問題だ。

 2010年発効のオスロ条約はクラスター爆弾の製造や使用を禁じる。クラスター爆弾は、一つの母爆弾から多くの子爆弾が広範囲に飛び散る。ロシアには、ウクライナ第2の都市ハルキウ住宅街でこの爆弾を使った疑いが出ている。

 オスロ条約にはロシアはもとより、米国も加盟していない。しかし、立教大の長有紀枝教授は「たとえオスロ条約に未加盟でも、無差別に被害を及ぼすクラスター爆弾を民間人がいる市街地で使用していれば、紛れもない国際人道法違反だ」と指摘する。

 ロシアには燃料気化爆弾使用の疑いも指摘される。戦術核の次に殺傷能力が強いとされる兵器で、広範囲に重度のやけどなどをもたらし、人を傷つける。

 不必要な苦痛を与える兵器の使用は、第1次大戦前の1910年に発効したハーグ陸戦条約により禁止されている。同条約36条は、非人道的な新型兵器の研究、開発、使用を認めていない。

 バイデン政権はさらに、ロシアが大量破壊兵器である生物兵器や化学兵器を使用する事態を強く懸念している。仮にこのようなことがあれば、生物毒素兵器禁止条約(1975年発効)や化学兵器禁止条約(1997年発効)違反を問われる。

 問題は、国連憲章や国際人道法、各種軍縮条約がいずれも、違反国に即時に痛みが伴うような処罰を設けていないことだ。例えば、ジュネーブ追加議定書は、著しい違反がある締約国に対し、「国連憲章に従い、単独あるいは共同して行動する」とするにとどまる。

国際法廷の実効性は

ウクライナの首都キーウ近郊ブチャを視察する国際刑事裁判所のカリム・カーン主任検察官=2022年4月14日、ロイター
ウクライナの首都キーウ近郊ブチャを視察する国際刑事裁判所のカリム・カーン主任検察官=2022年4月14日、ロイター

 では国際法廷はどうか。

 21世紀に入って、戦争犯罪を犯した個人を国際法に基づき訴追し処罰する国際機関ができた。オランダ・ハーグにある国際刑事裁判所(ICC)だ。ICCが対象とするのは「国際社会全体の関心事である、最も重大な犯罪」。戦争犯罪のほか、<1>人道に対する犯罪<2>集団殺害(ジェノサイド)の罪<3>侵略犯罪―が該当する。

 ICCは2002年の発足以来、これまでにケニアやリビア、アフガニスタンなど16か国での重大犯罪を訴追してきた。カリム・カーン首席検察官(英国出身)は3月2日、加盟39か国からの要請に基づき、ウクライナでの戦争犯罪などについて「捜査を開始する」と明らかにした。

 ICCには日本や英独仏など123か国・地域が加盟するが、この中には米露両国もウクライナも含まれない。米国は、自国民が米国の裁判所以外で裁かれることがあってはならないとの考えから、ICCの設立自体に反対した経緯がある。

 本来、ICCが管轄権を行使できるのは実行犯か被害者が締約国だった場合で、ロシアのウクライナ侵攻の場合、前者はロシア、後者はウクライナだ。だが、仮に締約国でなくとも、被害者の国がICCの管轄権を受け入れれば訴追は可能という例外規定がある。ウクライナはすでに2014年のクリミア併合の時点でICCの管轄権を受諾している。

 ICCが有罪と認定した場合の量刑は、最も重くて終身刑だ。行われた犯罪に対し、罰として軽いと見る向きがある。訴追から結果が出るまでに時間がかかるとの指摘も出る。有罪判決が出ても、実行犯が締約国でない国にいれば身柄の拘束が困難だ。

 果たして、米政府などから「戦争犯罪人」とみなされるプーチン氏にとって、ICCの訴追はどこまでいやなものなのだろう。長教授は「一般論として、独裁者がICCに訴追されたという事態をどこまで気にするかは不明だ。その体制が続く限り、国内にとどまる分には何の不自由もないだろう」と話す。

 ICCが個人の犯罪を扱うのに対し、国家を当事者とするのが国際司法裁判所(ICJ)だ。

 ウクライナは2月下旬、ロシアの軍事侵攻を違法としてICJに提訴した。ICJは3月16日にはロシアに軍事作戦を直ちに停止するよう求める暫定措置命令を出した。しかし、ロシアには馬耳東風だ。

 ルワンダや旧ユーゴスラビアのように、内戦時の戦争犯罪を裁く国際法廷が設立され、国際社会の注目を集めた例もある。後者では、内戦時のユーゴスラビア大統領だったミロシェビッチ被告の身柄が拘束され、法廷に立った。同被告は判決言い渡しを待たずに獄中死したが、戦争犯罪は裁かれるというイメージは確実に内外に発信された。

 しかし、これらは国連安全保障理事会の「お墨付き」の下、設置されたものだ。安保理で拒否権を持つロシアが、現状で設置に応じる可能性はゼロだ。

見通しがない安保理機能不全改革

 第2次大戦直後には、世界の平和の担い手として期待された国連安全保障理事会は、ロシアのウクライナ侵攻以来、機能不全ぶりが際立つ。自由主義陣営の事前警告を完全に無視して軍事侵攻を行ったにもかかわらず、対露非難決議すら採択できていない。常任理であるロシアが拒否権を発動するためだ。

 ロシアは逆に安保理をプロパガンダの場として利用する。ロシアのネベンジャ国連大使は、「ウクライナは米国の協力のもと、生物兵器を開発中だ」などと独自の主張を堂々と展開、欧米諸国は「安保理はロシアが偽旗(偽情報)を振る場であってはならない」と反発を強める。

 安保理の機能不全は冷戦期の米ソ対立以来のもので、近年はこれに中国が加わり構図が複雑化した。

 当然、改善を求める国は多い。岸田首相は3月14日の参院予算委で、「安保理常任理事国のロシアが国際法を犯して暴挙に出た。拒否権の改革に具体的に取り組まねばならない」と述べ、安保理改革に意欲を示した。常任理が紛争当事国になったり、重大な国際人道法違反を犯したりした場合を念頭に置く。

 欧州を中心に、ロシアを常任理事国から解任する考えも浮上している。

 しかし、実現の見通しはない。安保理改革には国連憲章の改正が必要で、その要件は全安保理常任理が賛成し、さらに国連総会の3分の2が賛成するということだ。極めて高いハードルといえる。

どちらの価値観が良いか

 一方、国連がまったくの役立たずかといえば、そうではないだろう。3月2日の国連緊急特別総会では、ロシアの軍事行動を非難し、即時撤退を求める決議に141か国が賛成した。反対したのはロシアや北朝鮮、ベラルーシなど5か国のみで、棄権も中国、イラン、インドなど35か国だった。

 賛成国が共有するのは、法治、人権、自由主義といった価値観だろう。ある外務省幹部は「決議に反対・棄権した国か、賛成した国か。どちらで暮らすかを自由に選べるのであれば、世界の圧倒的多数が後者を選択するだろう。ロシアや中国は、決して魅力ある国ではないはずだ」と断言する。

 戦後の国際秩序の中で、市民社会は確実に成熟してきた。

 政府に弾圧され、場合によっては投獄されることがわかっていても、ロシア各地で反戦デモに参加する人が絶えない。

 西側諸国による一連の厳しい経済制裁とは別に、多国籍企業がいち早くロシア事業を見直したのも、新しい現象だ。英BP、日本のトヨタ、米アップル、スイスのネスレまで、名だたるグローバル企業がロシアからの撤退や事業の縮小を決めた。

 背景には、市民社会にESG(環境=Environment、社会=Social、企業統治=Governance)への関心が高まっていることがあろう。企業への投資や商品購入の際、その会社がどこまでESGを重んじているかを判断材料にする人が増えている。人権抑圧や環境破壊に目を背け、利潤を追求しようとすれば、心ある世界の消費者からしっぺ返しを受ける。

 プーチン氏が恐れるものがあるとすれば、それは心あるロシア国民と世界市民の連帯なのかもしれない。


※この論考は調査研究本部が発行する「読売クオータリー」掲載されたものです。読売クオータリーにはほかにも関連記事や注目の論考を多数収載しています。最新号の内容やこれまでに掲載された記事・論考の一覧は こちら にまとめています。
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2959047 0 国際・安全保障 2022/04/28 10:00:00 2022/05/06 11:34:52 2022/05/06 11:34:52 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/04/20220426-OYT8I50078-T.jpg?type=thumbnail

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