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2020年度 技術移転「人類の宝」守る JICA「大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト」チーム【動画あり】

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ツタンカーメンの遺物の移送、修復に取り組んだ日・エジプトの合同チーム(JICA提供)
ツタンカーメンの遺物の移送、修復に取り組んだ日・エジプトの合同チーム(JICA提供)

 第27回読売国際協力賞は、JICA(国際協力機構)「大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト」チームに決定した。

 JICAは2008年からエジプトで文化遺産の保存修復に関する技術移転と人材育成を行い、16年からは大エジプト博物館(21年開館予定)に展示される至宝に日本人専門家が直接触れて修復を行うエジプト側との合同プロジェクトを実施している。27回目の今回は初めて、文化遺産の保護に携わる人々が対象となった。

■異例のオファー

 10月上旬、記者(酒井)が首都カイロから車で30分走ると、ギザの三大ピラミッド(注1)前に「大エジプト博物館保存修復センター」が現れる。センター内ではエジプト人のアフマド・アブドラボ保存修復士(30)が、3500年前にツタンカーメン王(注2)が使った「黄金の二輪馬車」を入念にチェックしていた。大学卒業後にセンターで日本チームの研修を受けて10年。木製品の保存修復ではエース格に成長したアブドラボ氏は「日本がすべてを教えてくれた。次の世代に僕が技術を引き継ぐ」と誇らしげに話した。

 世界に名高い古代遺産を有するエジプトだが、劣化や損傷の修復は簡単ではない。欧米頼みになることも多く、自前の修復技術は世界に後れを取っていた。政府は、大エジプト博物館の新設にあたり専門家の育成支援を日本に仰いだ。2008年に日本チームが編成され、考古学や保存修復、3次元(3D)計測、微生物などの専門家90人以上が入れ代わり立ち代わり現地入りして指導を続けた。

 研修期間も終わりに近づいていた15年、エジプト側から「共同で保存修復をしないか」との申し出があった。プロジェクト総括の中村三樹男氏(74)は「外国人には文化財を直接触らせたくないのがエジプトの原則的立場だから、驚きのオファーだった」と振り返る。

 オファーの理由を保存修復センター長のフセイン・カマル氏は「長年にわたる日本の熱意、誠実さを評価したから」と説明する。欧米の技術支援は「本当の保存修復技術は秘匿とする」(センター専門家)場合が多いのだという。日本は研修を通じて技術移転を惜しまず、信頼を得てきた。

■技術への信頼

 エジプト初の外国との共同保存修復は16年、木製品や染織品、石材・壁画の72点を対象に始まった。

 確かな技術も、信頼を培ってきた。研修を受けた修復士らが口をそろえるのが、日本が文化財に施す「最先端技術の応用」と「保存修復の理念」への驚きだ。

エジプト人専門家らとデジタルマイクロスコープを使った調査を行う染織品保存修復専門家の石井美恵さん(左)(JICA提供)
エジプト人専門家らとデジタルマイクロスコープを使った調査を行う染織品保存修復専門家の石井美恵さん(左)(JICA提供)

 例えば「黄金の二輪馬車」では3DスキャナーやX線、高精細デジタルマイクロスコープなどで損傷状態を徹底的に調べた。複数の木材が使われていることを特定し、長期の保存方法を模索する。過去の修復で使われていたワックスは特殊液剤で除去して強化措置を施した。

 割れ目のできた車輪は強引に接合させる方法がとられてきたが、日本の専門家は「現状のままで劣化をくい止めることが重要」とあえて割れたままの状態で保存するよう提案した。

 4年前から現地で支援を続けている考古学者の西坂朗子氏(47)は「一つ一つ修復の『処方』は違う。エジプト人と一緒に考えて答えを出すことを重視した」と話す。

■人材育成

 日本チームは紙で行われていた文化財整理を改め、電子化したデータベースを作成した。文化財の年代や修復箇所、素材の種類など詳細な情報を整理して管理の効率化が進んだ。中村氏は「データベースがエジプト全土、全世界に広がり、文化財保護を担うことを願っている」と話す。

 「機材やモノを渡すだけが支援ではない。理念やシステムを伝えるのも重要な国際貢献だ」と木製品保存修復専門家の岡田靖氏(45)は言う。

 今までに日本チームと共に作業したエジプト人専門家は280人を超えた。その中には地方での後進育成や官僚として遺産保護政策に携わっている人もいれば、国際シンポジウムで堂々と発表を行い注目される人材も育っている。日本の協力でスタートしたセンターは今、世界最大級の保存修復所に育ちつつある。

 (カイロ支局 酒井圭吾)

(注1)ギザの三大ピラミッド 首都カイロ近郊ギザの砂漠にある3基のピラミッド。紀元前2500年ごろに造営され、古王国第4王朝のクフ王、カフラー王、メンカウラー王がまつられているとされる。

(注2)ツタンカーメン王 紀元前1330年ごろの古代エジプト新王国第18王朝ファラオ(王)。9歳で即位したとされ、在位期間は約10年。黄金のマスクは王のミイラにかぶせられた状態で1922年にエジプト南部ルクソールの「王家の谷」で発見された。

大エジプト博物館とは

建設中の大エジプト博物館内部(酒井圭吾撮影)
建設中の大エジプト博物館内部(酒井圭吾撮影)

 「大エジプト博物館」は、1902年に開館した首都カイロのエジプト考古学博物館の老朽化を受けて建設が始まった。古代エジプト王朝(紀元前3000年~同30年)を中心とした文化財約5万点が常時展示され、一つの文明を扱う博物館としては世界最大になる。目玉となるのは、「黄金のマスク」で知られるツタンカーメン王の遺品コレクションだ。

 総事業費約1400億円のうち約842億円が日本の円借款でまかなわれ、博物館の運営能力向上でも日本が支援している。保存修復センターは博物館の建設に先だって2010年に完成した。

 観光大国のエジプトだが観光客の数は10年代以降低迷が続いている。政府は新博物館と近隣の三大ピラミッドとの相乗効果で一帯を新たな観光の目玉にしたい考えだ。

オールジャパンで文化遺産保護

 日本はこれまでも海外の文化遺産保護で実績を積み上げている。1988年に当時の竹下首相が国際文化交流の強化を掲げたのを契機に、中国の敦煌やカンボジアのアンコール遺跡での保存修復協力事業が始まった。

 21世紀に入るとアフガニスタンのタリバン政権によるバーミヤン遺跡の大仏破壊やイラク戦争に端を発したイラク国立博物館の収蔵品の略奪など、文化遺産の受難が相次いだ。日本は2006年に政府や大学、研究機関、JICAなど官民の関係組織が連携して文化遺産保護に取り組む“オールジャパン”のネットワーク「文化遺産国際協力コンソーシアム」を発足させた。

 「日本の強みは現地の人材育成や技術移転に力を入れていること」と、コンソーシアム事務局長の友田正彦氏(56)は語る。友田氏が1990年代に指導したカンボジア人の学生は今、現地の研究機関の中心として活躍している。コロナ禍で日本からの現地入りが難しい中でもオンライン会議で情報交換し、現地の研究者らが寺院などの修復作業を続けている。これも地道な人材育成の成果だろう。(文化部 多可政史)

■大エジプト博物館と日本の協力
2003年5月 エジプトを訪問した小泉首相(当時)にムバラク大統領(同)が建設への協力
        を要請。日本側は06年に円借款供与を決定
  08年6月 大エジプト博物館の付属施設となる保存修復センター(10年に完成)のため
        の人材育成を目指す研修開始。16年までの8年間、日本から多くの専門家が
        派遣されて「予防保存」「保存修復」「保存科学」などの分野で指導を行い、
        文化財データベース構築も支援する
  11年2月 民主化運動「アラブの春」でムバラク政権崩壊。以後は社会の混乱などで当初
        11年の予定だった大エジプト博物館の開館が大幅に遅れる
  16年11月 日本とエジプトの専門家が共同で遺物を修復する「大エジプト博物館合同保存
        修復プロジェクト」開始。日本側はJICAから業務受託した共同企業体(一
        般財団法人日本国際協力センターと東京芸術大学で構成)を主体に対応する。
        修復の対象となったのはツタンカーメン王の二輪馬車や儀式用ベッド、染織
        品、古王国の壁画など
  20年4月 大エジプト博物館の開館は21年になると大統領府が発表

贈賞式「人類の遺産守ることに尽力を」

 国際協力活動で功績をあげた個人や団体を顕彰する第27回読売国際協力賞の贈賞式が10日、東京・内幸町の帝国ホテルで開かれ、受賞したJICA(国際協力機構)「大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト」チームに賞状と副賞500万円などが贈られた。

 JICAは、2008年からエジプトで文化遺産の保存修復に従事する人材の育成や技術移転を行ってきた。16年からは現地の専門家と共同で、大エジプト博物館(21年開館予定)に展示される文化財の修復プロジェクトに取り組んでいる。

 式では、老川祥一・読売新聞グループ本社代表取締役会長・主筆代理が「日本の技術を海外で生かすことは非常に大きな国際貢献だ。今後も人類の遺産を守ることに尽力してほしい」とたたえた。受賞者を代表して中村三樹男・プロジェクト総括は「困難な中でも、エジプトの方と一緒に汗を流し、考えながら答えを出していくことで、互いの信頼を得ることができた」と述べた。


現地での活動風景などをまとめたデジタルストーリーこちら

講評 佐藤選考委員会座長

 技術移転を惜しみなく行って人材育成に尽くすのは日本の国際協力の特徴です。これがエジプト側の信頼につながって貴重な文化財の修復作業を任されることになりました。派遣された専門家が木製品や染織品、壁画など日本の素材で培った修復技術を発揮し、文化遺産の保護に貢献したことにも感慨を覚えました。 読売国際協力賞で文化財保護に関する表彰は初めてで、新たな分野に光を当てることができました。目立たない分野で、地道な国際協力に取り組む人たちすべての励みになることを期待しています。

■選考委員 (敬称略)
佐藤行雄(日本国際問題研究所評議員)=座長
大島賢三(元国連大使)
佐藤謙(中曽根康弘世界平和研究所顧問)
村木厚子(津田塾大学客員教授)
老川祥一(読売新聞グループ本社代表取締役会長・主筆代理)


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1596471 0 読売国際協力賞 2020/11/02 11:21:00 2021/05/06 17:30:35 2021/05/06 17:30:35 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/10/20201030-OYT8I50082-T.jpg?type=thumbnail

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