エジプトの秘宝を後世に…大エジプト博物館を支える <1>歴史を塗り替えた合同チーム

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POINT
■古代エジプト文明の至宝を集めた「大エジプト博物館(GEM)」が、開館に向けて最終段階を迎えている。日本の多くの専門家も、博物館の開設に向けてエジプトの専門家とチームを組んで、さまざまな協力をしてきた。

■遺物修復の過程で、エジプト史を塗りかえる発見もあった。ツタンカーメンの王墓から出土した 天蓋(てんがい) と二輪馬車がセットで使われていたことが確かめられたのだ。

■以前からこの二つはセットではないかという仮説はあったが、寸法があうかどうか実測ができなかった。今回実測が許されたのは、長年にわたる日本の協力で、エジプトの専門家との間に信頼関係が培われてきた 賜物(たまもの) といえる。

国際協力機構(JICA)専門家  
大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト広報担当 清水舞子  

 エジプトと聞けば、ギザの三大ピラミッドを思い浮かべる人も多いと思う。そのピラミッドのそばのカイロ近郊で、古代エジプト文明の至宝を一堂に集めた「大エジプト博物館」(GEM=Grand Egyptian Museum)の建設が最終段階を迎えている。

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ギザの三大ピラミッドの近くで建設が進む「大エジプト博物館」(手前)
ギザの三大ピラミッドの近くで建設が進む「大エジプト博物館」(手前)

 GEMは、単一文明を扱う博物館としては世界最大級となる。多くの関係者が、展示内容も世界一充実したものにしようと、今も準備を重ねている。2008年からはJICAの技術協力事業として日本とエジプトの専門家からなるチームが結成され、現地で互いに知恵を出し合ってきた。

 そのうち、16年に始まったJICAの技術協力事業「大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト」(GEM-JC)は20年に第27回読売国際協力賞を受賞した。

 GEM開館に向けた保存修復の舞台裏などを連載形式で紹介する。1回目は日・エジプトの専門家チームの協力から生まれた大発見の話だ。

エジプトの歴史を塗り替えた合同チーム

 大発見をしたのは、JICAプロジェクトの日本人チームとGEMに所属するエジプト人の合同修復チームだ。長い間、関連がないと考えられてきたツタンカーメン王墓から出土した天蓋と二輪馬車が、実はセットだったことを突き止めたのだ。

天蓋を囲んで協議するエジプトと日本の専門家たち
天蓋を囲んで協議するエジプトと日本の専門家たち
二輪馬車を収める収納ケースの中で保存修復作業を行う専門家たち
二輪馬車を収める収納ケースの中で保存修復作業を行う専門家たち

 これまでも、天蓋が装着された二輪馬車が存在したことは、ラメセス2世の時代の図像資料によって知られていた。しかし、それより約100年も遡るツタンカーメン王の時代に、すでに天蓋付き二輪馬車があったことが明らかになったのは初めてだ。合同チームの一員、金沢大学の河合望教授(52)は「実物の天蓋は折りたたみ式になっている。現在知られる世界最古の折りたたみ式傘といってもいい」と話す。

 ツタンカーメン王墓は1922年、イギリスの考古学者ハワード・カーターが発見した。王墓の中にはツタンカーメンの遺物約5000点が所せましと収められ、天蓋と二輪馬車は分解された状態で置かれていた。そのため、カーターは、この二つが対になるものとは考えず、天蓋は持ち運び用の日よけ傘だろうと解釈されてきた。

 カーターは自ら描いた天蓋の実測図を残し、英オックスフォード大学グリフィス研究所に所蔵されている。合同チームは二輪馬車をエジプト考古学博物館からGEMに移すため採寸した際に、カーターの実測図の寸法と比べてみた。すると、天蓋の4本のポールと二輪馬車の側面下部の「何か」が装着された痕跡の間隔がほぼ一致したのだ。「この二つはセットではないか」と考えて調べてみると、カナダの考古学者エドウィン・ブロック博士が2012年に発表した論文の中で、天蓋と二輪馬車はセットだという仮説を立てていたことがわかった。

 仮説を立てた9年前、二輪馬車はエジプト考古学博物館のガラスショーケースに入っていたため採寸ができず、ブロック博士は自らの仮説が正しいかどうかを確かめることができなかった。合同修復チームが天蓋を実際に採寸し、初めて仮説が正しいことが裏付けられたわけだ。

 合同チームによると、二輪馬車には繊細で複雑な構造の天蓋が装着され、二輪馬車本体にも王の王位更新祭に関する銘文が施されている。二輪馬車は狩猟や戦争で使われたものではなく、儀式や式典のパレードなどに使われていたことが考えられるという。

4本のポールで立つ天蓋(左)と二輪馬車の側面(中央、右)。二輪馬車の下部にある何かの装着痕(赤い矢印)の間隔が、天蓋のポールと一致する
4本のポールで立つ天蓋(左)と二輪馬車の側面(中央、右)。二輪馬車の下部にある何かの装着痕(赤い矢印)の間隔が、天蓋のポールと一致する

ラメセス2世の時代の天蓋付きチャリオットのレリーフ。ルクソール神殿第1塔門 
ラメセス2世の時代の天蓋付きチャリオットのレリーフ。ルクソール神殿第1塔門 

大発見を支えた2国間の絆

 この発見は、日本とエジプトが長年培ってきた信頼関係があってこそ成しえたものといえる。日本政府によるGEM建設への経済支援(円借款)が決まったのは2006年4月だが、その2年後には博物館に併設された保存修復センターで人材育成プロジェクトが正式に始まっている。日本の専門家がエジプトに飛び、遺物のレプリカ(複製品)を使って修復方法や遺物を現状から劣化させない「予防方法」などを教えた。

 当初は価値観が合わず、日本人とエジプト人専門家のコミュニケーションは必ずしも円滑とはいえなかったという。中村三樹男・プロジェクト総括(74)は、「一緒に作業し、話し合いを重ねるうちに、互いの文化や価値観を理解し、尊重するようになっていった」と振り返る。

 そんなある日、エジプト側から「本物の遺物を使って保存修復の共同作業をしないか」と声がかかった。日本の専門家たちは「まさか!」と一同耳を疑ったという。河合教授は「ツタンカーメンの遺物に直接触れる機会がなければ、天蓋と二輪馬車がセットであることを実証することはできなかった」と語る。

当時の様子をVRで再現

 現在、GEMでは開館に向けた大詰めの作業が急ピッチで進んでいる。館内のツタンカーメンギャラリーにはすでに多くのコレクションが運び込まれ、展示ケースに収められている。ギャラリーの展示デザインが決まった段階では、天蓋と二輪馬車はセットだとは考えられていなかったため、二つの遺物は別々の場所に展示されることになっている。

 ただ、発見の成果が生かされないわけではない。合同チームは最先端のVR(バーチャルリアリティー)技術を駆使して天蓋付きの二輪馬車の映像を作成し、世界から訪れる来館者に見てもらおうと考えている。歴史を覆す大発見を目に見える形で見てもらうことは、古代の遺物を現代に蘇らせる「保存修復」という仕事の 醍醐(だいご) 味を多くの人に伝えることにもなるだろう。

 大エジプト博物館保存修復センター長のフセイン・カマル博士は「大エジプト博物館では、世界でも類を見ないツタンカーメンギャラリーをはじめとした古代エジプト文明のほかにも、最先端の技術を駆使した展示方法を通して来館者にユニークな経験をしてもらうための努力を惜しみません。皆さんを迎え入れる日が今から楽しみです」と話している。

(つづく) 

参考リンク
エジプトの秘宝を守る(後編):覚悟を決めてツタンカーメンの遺物と向き合い、保存修復のノウハウを伝授|2020年度|トピックス|ニュース-JICA

エジプトの秘宝を守る(前編):日本の専門家や企業による長年の協力で「大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト」が読売国際協力賞を受賞|2020年度|トピックス|ニュース-JICA

JICAの大エジプト博物館合同保存修復プロジェクトチームが読売国際協力賞を受賞|2020年度|ニュースリリース|ニュース-JICA

プロフィル
清水 舞子氏( しみず・まいこ
 1984年福岡県生まれ。2019年英ブラッドフォード大学大学院(平和学)修了。西日本新聞社勤務後、20年からJICA専門家として大エジプト博物館合同保存修復プロジェクトの広報を担当。一般財団法人日本国際協力センター所属。

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2334718 0 読売国際協力賞 2021/09/02 14:27:00 2021/12/27 12:35:15 2021/12/27 12:35:15 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/20210830-OYT8I50047-T.jpg?type=thumbnail

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