エジプトの秘宝を後世に…大エジプト博物館を支える <4・最終回>大エジプト博物館合同保存修復プロジェクトの先にあるもの

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

POINT
■大エジプト博物館(GEM)開館に向けて大詰めを迎えるなか、国際協力機構(JICA)の技術協力事業「大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト(GEM―JC)」も2022年3月の終了に向けて大詰めを迎えている。

■JICAの支援により建設が進むGEMの建設は、既に完工目前となっている。

■吉村作治先生をはじめとした日本人が、エジプト人と築いてきた長年の信頼関係があったからこそ、プロジェクトがエジプト政府に要請され、その後も長く続けることができた。

国際協力機構(JICA)専門家  
大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト広報担当 清水舞子  

 JICAが建設を支援する大エジプト博物館(GEM)が開館に向けて大詰めを迎えるなか、JICA技術協力事業「大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト(GEM―JC)」も最後の段階に入った。前身のプロジェクトから含めると、約13年にわたる長期間、かつ大がかりなプロジェクトは、2022年3月で終了する。連載の最後となる4回目は、これまでエジプトと友好関係を深めながら事業を実施してきたJICAエジプト事務所の大村佳史所長と、GEM建設の最高責任者であるアーテフ・ゼネラルディレクターに、プロジェクトのこれまでの歩みや、GEM開館に向けた意気込みなどを聞いた。

高校で投資教育始まる 金融庁の教材には何が書いてあるのか

人類の至宝修復に携わる喜び…JICAエジプト事務所・大村佳史所長

インタビューした大村佳史JICAエジプト事務所長(左)と同席した羽岡智代職員
インタビューした大村佳史JICAエジプト事務所長(左)と同席した羽岡智代職員

――大村所長がエジプトに赴任したのはいつ頃でしょうか。

 「2018年6月です。赴任当初は、『GEMは君がいる間に開館する』と言われていたのですが、あれから3年以上がたってしまいました。赴任した当時、大エジプト博物館保存修復センターには、ツタンカーメン王の様々な遺物が運び込まれ、保存修復作業が行われていました。赴任してこうした活動をじかに見て、二輪馬車(チャリオット)やベッドといった遺物の修復に携わる専門家たちの熱い思いと息吹を感じました」

 「エジプトでは、至宝と呼ばれるツタンカーメン王の遺物の保存修復許可を、海外の保存修復専門家に出すことはかなりまれなことです。しかし、日本の専門家とエジプトの専門家たちが長い月日をかけて築いてきた信頼関係のおかげで、日・エジプトの協働で遺物の実物を保存修復する作業が始まったという話を聞き、これまで携わってきたすべての方への感謝を感じました」

 「古代エジプト文明は、日本の教科書にも登場する『世界四大文明』の一つです。小さい頃からその歴史を学んできた私たち日本人は、潜在的に『いつか触れてみたい』という夢を抱いたのではないでしょうか。約3500年前の、世界、そして人類の至宝と呼ばれる遺物保存修復に日本人専門家たちが携わっていることへのありがたみをしみじみ感じました」

――GEM―JCプロジェクトは2016年に始まりましたが、前身となるプロジェクトは08年に始まっています。足かけ13年という長期的なプロジェクトです。

移送時の遺物破損率も激減

 「第1期(前身のプロジェクト)の時に『データベース整理』を導入したことは大きかったと思います。それまでは、どの遺物がどこにどのような状態で保管されているのか、すべてを正確に知る人はいませんでした。データベースは現在も引き継がれ、拡張され、遺物の所在や状態のデータが蓄積されており、その後の保存修復作業の基礎を作った功績はとても大きいと思います。日本通運の支援で、遺物移送技術をエジプトに移転できたことも大きかったですね。それまでは移送時の遺物破損率は10%程度もあったそうで、私は最初その数字を聞いて目を丸くしました」

 「プロジェクトが進むにつれてさまざまな進歩があったことで信頼関係が醸成されたことが、13年もプロジェクトが続いた最大の要因だと思います。『第一の太陽の船』のGEMへの移送は、これまでの協働で蓄積されたノウハウを背景に、主にエジプト側の創意工夫によって成功しました。彼らの手であのツタンカーメンの黄金のマスクがGEMに運ばれる日も間もなくやってくるでしょう」

「信頼している日本だから修復を頼む」

――JICAのさまざまな事業のなかで、このプロジェクトはどのような位置づけにあるのでしょうか。

 「2019年に日本から派遣された経団連ミッションとともにエジプトのシシ大統領と面会した際、大統領から『日本にお願いしているのは三つある。それは文化、教育、再生可能エネルギーだ』『誰が文化や教育を他国に頼みたいものか。でも、信頼している日本だから頼んでいるのだ』とおっしゃいました。JICAはGEMの建設も支援しています。JICAが行うODA(政府開発援助)事業のなかには観光セクターはありますが、これだけの規模で他国の文化・文明に携わるのはまれなことです」

 「『第二の太陽の船』の復原に携わる吉村作治先生をはじめとした日本人が、エジプトの人たちと長年の信頼関係を築いてきたからこそ、エジプト政府がGEM―JCプロジェクトの実施を要請し、長く続けてこられたのだと思っています。GEM―JCプロジェクトは20年に読売国際協力賞という名誉な賞を受賞するなど、JICA内外で高く評価されており、特別なものだと感じています」

 「エジプトでは『エジプト・日本教育パートナーシップ(EJEP)』に基づいて、日本の『学級会』や『(教室の)掃除』といった特別活動を取り入れたカリキュラムを全国規模で採用しています。モデル校となった48の公立小学校は『エジプト日本学校』と名付けられ、学校の名前に“日本”が入っています。他国の名前が入った「公立」の小学校が建設されるというのは異例なことだと思います。日本への厚い信頼を感じます」

江戸幕府の遣欧使節団がエジプトのスフィンクス像に立ち寄った時に撮影された写真(所蔵:三宅立雄、協力:流通経済大学三宅雪嶺記念資料館)を見ながら、日本とエジプトの古くからのつながりについて語る大村所長
江戸幕府の遣欧使節団がエジプトのスフィンクス像に立ち寄った時に撮影された写真(所蔵:三宅立雄、協力:流通経済大学三宅雪嶺記念資料館)を見ながら、日本とエジプトの古くからのつながりについて語る大村所長

幕末の使節団はエジプトで近代化を学んだ

――日本にとっても、エジプトは重要な国なのですね。

 「スフィンクス像の前に立つ日本の侍たちの写真をご存じでしょうか。幕末に江戸幕府の遣欧使節団(第二回遣欧/池田使節団)がフランスに向かう途中、エジプトに立ち寄った際に撮影されたものです。当時の日本は『近代化と西洋化』の荒波の中で悩んでいました。一方、当時のエジプトは、イギリスに次いで世界で2番目に鉄道を建設するなど、日本より一足先に近代化政策を推し進めていました。侍たちはエジプトで汽車に乗り、紡績工場などを視察しました。エジプトは使節団を通じて、日本に『これからどう進むべきか』を考える機会を与えてくれた国なのです。だから私たちは、この写真をとても大切にしています。エジプトは世界における文明の故郷のような位置づけにある国です。エジプトは、私も含めた日本人の深層心理に深く根付いていると思います」

――GEM―JCプロジェクトで日本人の専門家と一緒に働いたエジプトの専門家が日本に留学するなどの波及効果もあるようです。プロジェクトは2022年3月で終了予定ですが、成果についてはどう考えますか。

 「GEM―JCプロジェクトは、人づくりに焦点を当てて取り組んできました。プロジェクト終了後も日本の専門家の行き来や、エジプトの専門家の日本への留学といった関係は、今後も続いていくでしょう。何よりも、エジプトの保存修復専門家の方たちが誇りを持って自分たちの手で修復作業を行い、その苦労を語り、日本から学び、さらに自分たちで創意工夫やチャレンジをするようになりました。これが日本の協力の良さであり、技術協力事業の本来の意義だと思っています。GEM―JCプロジェクトは人材育成にとどまらず、両国の信頼の懸け橋を築いたという成果をあげたと感じます」

人類史に残る重要なプロジェクト…GEM建設最高責任者 アーテフ・ゼネラルディレクター

 2020年春、世界中で瞬く間に広がった新型コロナウイルスの感染拡大。日本では博物館や美術館が長期休館に追い込まれ、芸術鑑賞の自粛を余儀なくされた。一方、エジプトでは21年春にエジプト国立文明博物館がグランドオープンするなど、コロナ禍の厳しい環境の下でも芸術活動を続けてきた。大エジプト博物館(GEM)も感染拡大が懸念されるなか、世界中が待ち望む開館に向けて手綱を緩めず精力的に活動してきた。GEM建設の最高責任者であるアーテフ・ゼネラルディレクターに、開館に向けた準備の裏で続けられた苦労や、GEMの最新情報を聞いた。

徹底したコロナ対策でプロジェクト止めず

GEM建設の現在の状況を語るアーテフ・ゼネラルディレクター
GEM建設の現在の状況を語るアーテフ・ゼネラルディレクター
GEMの建設現場に入る前に行われる検温の様子
GEMの建設現場に入る前に行われる検温の様子
GEM館内での消毒の様子
GEM館内での消毒の様子
GEMに設置された滅菌室
GEMに設置された滅菌室

――新型コロナウイルス感染拡大のなか、GEM開館に向けた準備にはさまざまな苦労や挑戦があったのではないですか。

 「2020年2月に感染が世界中に拡大したのを受けて、われわれはGEM建設プロジェクトをストップさせてコロナが去るのを待つか、プロジェクトを続けるか、という究極の選択を迫られました。私たちはプロジェクトを続けることを選びましたが、プロジェクトよりも大事なのは人であり、人を守る安全対策を徹底しました。現在、GEMの建設現場には7000~8000人の労働者や技術士が働いています。入り口には消毒液シャワーのトンネルを設け、道具を消毒するほか、働き手を乗せる送迎バスも毎日3回消毒しています。ソーシャル・ディスタンスを徹底したため、プロジェクトの進展は遅れましたが、現場で感染した事例は1件もありませんでした」

GEM建設は99.5%完了

――GEMはどこまで建設が進んだのですか。

 「エジプト政府はGEMの建設に大変力を入れています。GEM建設は大統領が特別にフォローしているプロジェクトで、 進捗(しんちょく) 状況は毎週、大統領に直接報告しています。私が就任するまでは建設は予定通り進んでおらず、2016年時点では15%しかできていませんでした。しかし現在は99.5%が終わっています。当初は資金難もありましたが、日本の支援を受けて、希望通りの博物館を建設することが可能になりました」

――GEMの開館を日本の多くのエジプトファンも心待ちにしています。日本のファンにメッセージを。

 「駐日エジプト大使であるアイマン・カーメル氏に『日本とエジプトの友好関係をあらわすシンボル、モニュメントを作って、GEMの敷地内に置きませんか』と提案をいただき、私が友好モニュメントをデザインしました。日の丸とピラミッドをモチーフにしたもので、日本では、このモニュメントを紹介した動画が「日本地域情報コンテンツ大賞2020」の最優秀賞に選ばれたと聞いています(注1)。GEMを訪れた来館者は古代エジプトの秘宝を見る前に、日本とエジプトの友好のシンボルを目にすることになるのです」

宙に浮かぶオベリスクと2隻の「太陽の船」

 「GEMの正面広場には、友好モニュメントのほかに、世界に一つしかない「ハンギング・オベリスク(Hanging Obelisk)」も設置されます。ハンギング、つまりオベリスク(注2)が宙に浮いたデザインです。古代ファラオはオベリスクをつくる際に、オベリスクの底に王様の名前(カルトゥーシュ)を刻んでいました。GEMの正面広場に設置したこのオベリスクの底にもラムセス2世のカルトゥーシュが刻まれています。来場者は礎石の上に敷かれたガラス板の上に立って、3500年もの間、人の目に触れることがなかったそのカルトューシュをみることができます。世界初の試みです」

GEMの正面玄関前に建設されるHanging Obelisk
GEMの正面玄関前に建設されるHanging Obelisk

――GEMの見どころの一つとして、第一と第二の「太陽の船」が並べて展示されると伺っています。このうち「第一の太陽の船」は2021年8月にピラミッド近くのギザ近郊からGEMまで移送されました。船を解体せずに運ぶアイデアを思いつかれたのはアーテフ・ゼネラルディレクターとお伺いしました。

 「『第一の太陽の船』の移送提案は過去に3回ありました。1回目は1994~97年に提案された解体移送案でしたが、『あまりにもリスクが大きい』と却下されました。2002~13年には、日本、フランス、イタリア、ドイツ、アメリカの発掘チーム(考古学者チーム)に移送を提案しましたが、『危険すぎる』と断られました。そこで、エジプト人の手でやるしかないと決めたのです。『第二の太陽の船』は、現在、JICAの協力を得て発掘・修復が進んでおり、組み立て・復原が完了すればGEMで展示される予定です。『第二』を展示するなら2隻並べたほうがいいと思い、『第一の太陽の船』もGEMに移送することにしました。8か月かけて移送計画を立て、首相と大統領にも承諾を得ました」

 「しかし、移送にはさまざまな困難を伴いました。船の全長は40メートル、重さはケージ(鉄骨)も合わせると220トンもあります。何千年も前の木材を使っていることもあり、保存状態はよくありません。一番のチャレンジは『いかに船に触らずに移送するか』ということでした」

夜から朝にかけてGEMに運び込まれた「第一の太陽の船」の移送の様子
夜から朝にかけてGEMに運び込まれた「第一の太陽の船」の移送の様子

 「船のまわりに高さ45メートルのケージをつくり、ケージごと台車に乗せました。移送に選んだルートは全長8キロで、21年8月6日、午後7時から10時間かけて無事にGEMに移送することができました。第二の太陽の船の復元もまた類のないプロジェクトです。日本だけが引き受けてくれたプロジェクトで、日本人の有能な保存修復専門家がエジプト人と力を合わせて、応急処置から復原まで手掛けてくれています。将来第二の太陽の船も展示される予定で、それもまたエジプトと日本の友好のシンボルにもなるのではないかと思います」

――日本に向けたメッセージはありますか。

「物心ついたころから、とても行きたい国が二つありました。ドイツと日本です。両国は多大な困難を乗り越えて、自国を再建してきたからです。このプロジェクトに携わったおかげで、その夢をかなえることができました。日本を訪れ、日本の素晴らしさをこの目でみることができたのです。日本の博物館も視察しましたが、来館者の多さに驚きました。博物館を見に行くというのは、教養がある証拠だと思っています」

 「GEMは人類の歴史の中でも重要なプロジェクトだと思っています。老若男女にかかわらず、みなさん、ぜひ見に来ていただきたい。GEMの館内に収められるエジプトの至宝もさることながら、GEMを建設した現代の偉大なエジプト人のことも、ぜひ知ってほしいと思います」

(注1)2020年11月、一般社団法人日本地域情報振興協会主催「日本地域情報コンテンツ大賞2020」の動画部門で投票数第1位となり最優秀賞を受賞。
(注2)古代エジプトで神殿の入り口などに建てられた記念碑。巨大な一枚岩で掘り出された柱で、頂点に向かって細くなっている。

プロフィル
清水 舞子氏( しみず・まいこ
 1984年福岡県生まれ。2019年英ブラッドフォード大学大学院(平和学)修了。西日本新聞社勤務後、20年からJICA専門家として大エジプト博物館合同保存修復プロジェクトの広報を担当。一般財団法人日本国際協力センター研修事業部管理・プロジェクト課所属。

(おわり) 

スクラップは会員限定です

使い方
「調査研究」の最新記事一覧
2623924 0 読売国際協力賞 2021/12/23 16:17:00 2021/12/27 10:40:17 2021/12/27 10:40:17 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/12/20211223-OYT8I50071-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)