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人生100年時代 『長生きリスク』に備える年金の「WPP」ってなあに?

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編集委員 猪熊律子

  「揺りかごから墓場まで」という言葉があるように、社会保障と無縁の人生はありません。長生きリスクにどう対応するか、コロナ禍に見舞われた医療・介護は大丈夫か、赤ちゃんはどこまで減ってしまうのかなど、いま気になるニュースから社会保障について考える猪熊律子編集委員のコラム「安心コンパス(羅針盤)」(3週に1回更新)が始まります。

先発・就労延長、中継ぎ・私的年金、抑え・公的年金の勝ちパターン

「WPP」について説明する谷内さん
「WPP」について説明する谷内さん

 年金の専門家の間で最近使われ始めた言葉がある。

 「WPP」

 ん? 何それ? という感じだが、考案者で日本年金学会幹事でもある谷内陽一さん(第一生命保険勤務)の説明は明快だ。

 「働けるうちはできるだけ長く働いて( W ork longer)、私的年金( P rivate pensions)で中継ぎをし、抑えの切り札は公的年金( P ublic pensions)が担う。頭文字を取ってWPP。人生100年時代の長生きリスク (注1) に対応する知恵です」

 プロ野球、阪神タイガースの「JFK」 (注2) にヒントを得た。2018年の日本年金学会で発表したところ、同じような考えを持つ専門家が使い始めたという。

 谷内さんによれば、個人年金や企業年金などの私的年金は「先発完投型」として、公的年金とともに終身で備えるのが理想とされてきた。しかし、これだけ寿命が長くなり、低・マイナス金利が続くと、死ぬまで受け取れる終身タイプを民間が手頃な価格で提供するのは難しくなる。また、企業年金は退職金から発展したためか、一時金で受け取る人の方が多いという実態もある。

 そこで「先発完投型」から「継投型」へと発想を転換し、中継ぎには私的年金だけでなく、退職金や貯蓄など様々なバリエーションを持たせられるとした。継投型の利点は、「5~10年分賄えればいい」など、私的にいくら準備すればよいかの目標が明確になることだ。「老後2000万円問題」 (注3) の時のような不安に駆られずに済むというわけだ。

*注1  長生きリスク  長生きすることによって老後に備えた資金が足りなくなり、生活困窮に陥るリスク。

*注2  JFK  2000年代、岡田彰布監督時代の阪神には、J=ジェフ・ウィリアムス、F=藤川球児、K=久保田智之という3人のリリーフ投手がいて、この3投手の継投で逃げ切る勝ちパターンが有名になった。

*注3  「老後2000万円問題」  金融庁の金融審議会が2019年に出した報告書に、退職後30年間の老後資金の不足額として約2000万円という試算の数字が示されていたことから、「老後資金として2000万円ためなければいけないのか」との不安が社会全体に広がった。

谷内さん作成
谷内さん作成

公的年金の給付水準低下の対抗策…年金の繰り下げ受給

 ただし、最後の守護神を公的年金に任せてよいものかと、疑問や不安を持つ人は多いだろう。それでなくても年金の給付水準はこの先、下がっていく (注4) ことが政府の財政検証で示されている。

 「確かに、現役の賃金に対する年金の比率は下がっていきますが、名目の年金額や購買力がそれほど下がるわけではない。それより『死ぬまで受け取れる』『物価変動に対応できる』という公的年金の強みを生かし、その受給額を増やすことを検討してはどうかと考えます」

 そう話す谷内さんや、WPPを推進する専門家らが勧めるのが年金の「繰り下げ」だ。

 公的年金は65歳から受け取るのが一般的だが、厚生年金、国民年金(基礎年金)とも、60歳から70歳の間に受け取ることができる。65歳より早く受け取り始めることを「繰り上げ受給」といい、1か月早めるごとに0.5%ずつ年金が減る(最大で30%減)。65歳より後に受け取るのが「繰り下げ受給」で、1か月遅らせるごとに年金額は0.7%増える(最大で42%増)。繰り下げの年齢は来年から75歳まで延長され、年金増額は最大84%になる (注5)

*注4  年金の給付水準はこの先、下がっていく  現役世代の平均手取り収入に対する年金の比率=所得代替率=は、今後、低下する。厚生年金の場合、現在の約6割から約5割に低下すると見込まれている。

*注5  年金増額は最大84%になる  75歳まで繰り下げられるのは、2022年4月1日以降に70歳になる人。繰り下げの増額率は変わらないが、繰り上げの減額率は0.5%から0.4%になる予定。

 65歳から年額200万円(月額約16万7000円)の年金を受け取れる人の場合、5年繰り下げると月に7万円年金が増える計算だから、なかなか魅力的だ。しかし、厚生労働省によると、繰り下げの利用率は厚生年金で1.5%、国民年金は2.2%と多くない。

意外と少ない繰り下げ受給、その理由は?

 なぜか。 

 繰り下げに慎重、または懐疑的な主な意見には次のようなものがある。

 (1)年金財政がどうなるかわからない中、早く受け取っておいた方が得だ(2)繰り下げ期間中は別の資金が要るし、途中でお金が必要になったら困る(3)繰り下げがこんなに少ないのはデメリットの方が多いからに違いない(4)年金を1円ももらわないうちに早く死んだら損をするし、そもそも年金が増えると税金や社会保険料も増えて、手取りでは結局、損するんじゃないか……。

 これらに対しては、次のような反論がある。

 (1)の年金財政への心配については、「マクロ経済スライド」 (注6) の導入により、持続可能性は確保されている。また、早く年金を受け取ると減らされた額が一生続くので、予想以上に長生きした場合、困る事態が予想される(ちなみに、年金相談の現場では 『繰り下げて後悔するのはあの世、繰り上げて後悔するのはこの世』 という言葉があるそうだ)(2)の繰り下げ中は別の資金が要るし、お金が必要になったら困るのはその通り。ただ、繰り下げの制度は意外に柔軟で、最初から繰り下げを決めておく必要はない。70歳まで頑張るつもりでも67歳で体調を崩したら、そこから受け取り始めればよい。受け取り方も2種類から選べる (注7) (3)の利用状況の低さのうち、厚生年金の繰り下げが少ないのは、今は60~64歳で受け取れる「特別支給の老齢厚生年金」 (注8) があるから。受け取っていた年金を65歳で一度やめるのは人間の習性として難しい。繰り下げの本格的な利用は、特老厚がなくなってからと見込まれる。ただ、厚生年金、国民年金とも、繰り下げると受け取れなくなる加算 (注9) がある。

*注6  「マクロ経済スライド」  公的年金は賃金や物価の変動に応じて毎年度、改定される。その改定率を現役人口の減少や平均余命の延びにより調整し、年金額の増加を抑える仕組み。給付を実質的に減らすことで、現役世代の負担を軽減し、年金の持続可能性を高める目的がある。既に受け取りを始めた人の年金額にも適用される。2004年の年金改正で導入された。

*注7  受け取り方も2種類から選べる  増えた年金を67歳から受け取るか、増額はないが、65歳から受け取っていなかった分を一括で受け取り、67歳からは増額のない本来額の年金を受け取る。

*注8  「特別支給の老齢厚生年金」  1985年の法改正で厚生年金の支給開始年齢を60歳から65歳に引き上げることにしたのに伴い、特別に支給される厚生年金のこと。いきなり65歳にすると影響が大きいので、生まれ月により段階的に引き上げが完了するまで支給される。男性は2025年度、女性は2030年度に引き上げが完了する。

*注9  繰り下げると受け取れなくなる加算  家族手当といわれる「加給年金」や、それに関連した「振替加算」など。

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2226209 0 安心コンパス 2021/07/22 10:00:00 2021/07/22 10:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210720-OYT8I50044-T.jpg?type=thumbnail

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