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アイドルに「なった」キャンディーズ、アイドルを「やる」AKB

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編集委員 片山一弘

 懐かしい映像を見た。40年前に開かれた歌手・山口百恵さんの引退コンサート中継。百恵さんと同時期の1970年代後半に活躍したキャンディーズのデビューから解散コンサートまで。NHKのBSプレミアムで、それぞれ10、11月に放送された番組だ。

百恵さん現役当時、ほぼ見当たらなかった「アイドル」

東京・後楽園球場で行われたキャンディーズの解散コンサート=1978年(昭和53年)4月4日
東京・後楽園球場で行われたキャンディーズの解散コンサート=1978年(昭和53年)4月4日

 筆者はこの時期、小学生から高校生だった。彼女たちの熱心なファンというわけではなかったが、その姿と数々のヒット曲は頭に焼き付いている。同世代は大抵そうだろう。

 懐かしさだけでなく、こちらが年をとった今だから思うこともある。百恵さんの歌の表現力は圧倒的で、この人が引退せずに歌い続けていたら日本の音楽地図は今とずいぶん違ったのではないかとさえ感じた。キャンディーズは、今のエンターテインメント界の水準で見れば歌も踊りも洗練されているとは言えないけれど、かわいさは色あせず、その歌声には似たもののない魅力がある。

 ともに絶頂期での引退と解散。当時の読売新聞はどのように報じたのだろうかとデータベースで過去の記事を調べているうちに、あることに気づいた。

山口百恵さんの引退コンサートを報じる本紙記事=1980年(昭和55年)10月6日朝刊
山口百恵さんの引退コンサートを報じる本紙記事=1980年(昭和55年)10月6日朝刊

 今では初期の女性アイドルと位置づけられている彼女たち。後からアイドル史を振り返るような記事には名前が出てくるけれど、百恵さんの現役当時の記事には、「アイドル」という言葉が、ほぼ見当たらない。

本紙「今週のスター」に登場した山口百恵さん=1975年(昭和50年)9月28日朝刊
本紙「今週のスター」に登場した山口百恵さん=1975年(昭和50年)9月28日朝刊

 山口百恵さんは73年(昭和48年)にデビューし、翌年の「ひと夏の経験」の大ヒットでスター歌手の仲間入りを果たした。そこから80年(昭和55年)の引退までの間、読売新聞にも何度かインタビュー記事が掲載されているのだが、彼女を形容する表現は、こんな具合だ。

 <女優に、歌手に、ちょうどひところの吉永小百合みたいな存在だ>(75年9月28日朝刊)
 <歌とドラマ、そして映画の主役をこなし、老若男女にファンを広げて、いまや人気絶大。どうやら、本物の“スター誕生”である>(77年1月29日夕刊「顔」)
 <十四歳でデビューしてから、順調にスター街道を走っている山口百恵>(78年8月6日朝刊)

 三浦友和さんとの交際を公表した際の記事(79年10月22日夕刊)では<若手の人気タレント>と素っ気ない。

百恵さんは「本物の“スター誕生”」と記事にある=1977年(昭和52年)1月29日夕刊
百恵さんは「本物の“スター誕生”」と記事にある=1977年(昭和52年)1月29日夕刊

 そして、引退コンサートの様子を報じた80年10月6日朝刊社会面の記事<さようなら… 涙の百恵ちゃん>に至って、<人気は絶頂なのに、俳優三浦友和さんとの結婚生活を選んだアイドル歌手、山口百恵さん>と、ようやく「アイドル歌手」という形容が登場する。

 百恵さんはデビュー当初から成熟した雰囲気をまとい、今でいうアイドルのイメージとは、だいぶ異なっていた、とはいえ、同年代の森昌子さん、桜田淳子さんとともに“花の中三トリオ”として売り出された経緯などは、今の観点からアイドルと呼ぶにふさわしい。

 しかし、森さん、桜田さんにしても70年代に掲載された記事にアイドルという形容は少ない。

「アイドル」呼称は外国人、国内では「スター」が主流

 彼女たち3人をはじめ多くのアイドル歌手を輩出した日本テレビ系のオーディション番組「スター誕生!」を特集した72年と79年の記事にも、アイドルという言葉は使われていない。例えば78年(昭和53年)5月23日の朝刊テレビ面に掲載されたコラム「豆鉄砲」では、番組内容を<昨日までは、ただの歌好きな少年または少女に過ぎなかったものを一夜にして、スター歌手に仕立てあげる>と書いている。かわいい少女もイケメンも、あくまで「スター歌手」なのである(最近はむしろ「スター」という言葉の方が使われなくなった気もする)。

 この時代に、「アイドル」という形容がなかったわけではない。64年(昭和39年)にフランス映画「アイドルを探せ」が公開され、主演のシルヴィ・バルタンが歌った同名の主題歌は日本でもヒットした。その翌年公開されたビートルズの主演映画「HELP!」の、日本公開時のタイトルは「HELP!4人はアイドル」だ。

 「アイドル」をキーワードに記事を検索すると、60~70年代に目立つのは外国人だ。63年(昭和38年)1月25日夕刊に<イギリス十代のアイドル クリフ・リチャードが主演作>として、映画「若さでぶつかれ!」を紹介する記事が載っている。当時22歳のリチャードは、英国で600万枚のレコードを売った人気歌手だ。

 72年(昭和47年)1月8日から5回にわたって夕刊に掲載された短期連載<10代のアイドル>に登場するのは、アメリカの人気俳優、英国のサッカー選手、韓国の深夜ラジオDJ、チェコのポップ・シンガー、タイのレビュー歌劇団の看板ダンサー。性別もジャンルもさまざまだ。

ベイ・シティ・ローラーズは「BCR」と略された=1976年(昭和51年)8月17日夕刊
ベイ・シティ・ローラーズは「BCR」と略された=1976年(昭和51年)8月17日夕刊

 そして、76年(昭和51年)8月17日夕刊には<少女は踊る“失神ロック” アイドル・ご三家に熱狂 クイーン キッス BCR 知ってる?>という大特集がある。<日本の女子中・高校生のアイドルとなっているイギリス、アメリカのロック・グループ>だという。

 クイーンとKISSは、今でも根強い人気がある。近年は映画「ボヘミアン・ラプソディ」のヒットで若い世代にも浸透した、英国を代表するバンド、クイーン。顔に派手なメイクを施すことで知られ、昨年もラストツアーと銘打って来日、NHK「紅白歌合戦」にも出演したアメリカのハードロックバンド、KISS。

来日し、取材に応じたベイ・シティ・ローラーズ=1976年(昭和51年)12月12日
来日し、取材に応じたベイ・シティ・ローラーズ=1976年(昭和51年)12月12日

 この2組に比べると、「BCRって何?」と思う人は多いかもしれない。略称でなくベイ・シティ・ローラーズと言い換えれば、50代半ば以上の人なら思い出すことだろう。タータンチェックを印象的に用いた衣装に身を包んだ若い男性メンバーたちによる英国のロックバンド。クイーンやKISSよりも親しみやすく、少年っぽい容姿で、来日公演のたびに女子中学生・高校生が会場に詰めかけた。他の2組に比べれば一時的なブームに終わった感は否めないけれど、この時期、BCRを脱退した元メンバーが結成したロゼッタ・ストーンなど、数多くのロックバンドも来日し、それぞれ若い女性の人気を集めていた。彼らの動向を伝えた77年(昭和52年)11月15日朝刊の記事の見出しは<アイドル・ポップ・ブーム もうタイヘン!>である。

おじさんもアイドル扱いされた

 一方、国内の記事で「アイドル」という言葉が登場する際の用法は、実に幅広い。

 68年(昭和43年)10月30日夕刊<オールナイト・ニッポンの成果>は、ラジオのニッポン放送が前年に開始した深夜放送「オールナイト・ニッポン」の人気ぶりを伝える記事。<たった一人でファンと対話するというシステムの担当司会者はいまや若者たちのアイドルとなっている>という記述がみられる。「司会者」は主に同局のアナウンサーで、20代から40代。中年男性もいたわけだ。

 70年(昭和45年)12月22日朝刊の「ことしの当たり屋」という連載ではザ・ドリフターズを<完全に子どもたちのアイドルとなったザ・ドリフターズ>と形容。当時、加藤茶さんは27歳だが、いかりや長介さんは39歳。こちらも結構なおじさんである。

 74年(昭和49年)4月10日夕刊の<怪獣からマスコット人形へ チビっ子のTVアイドル“異変”>という記事では、<テレビ公開番組の子供たちのアイドルが、静かに変わってきている>と、ザ・ドリフターズの「8時だョ!全員集合」に登場するジャンボ・マックスなど、人気バラエティー番組に登場する着ぐるみ人形たちが紹介されている。おじさんどころか、もはや人間ですらない。

 「アイドル」という単語の意味を広辞苑(第七版)で調べると、<(1)偶像。→イドラ。(2)あこがれの対象者。特に、人気のある若手タレント。>と書いてある。が、広辞苑で「アイドル」の語義に「人気者」が加わったのは91年(平成3年)発行の第四版から。これらの記事が書かれた時期には「偶像。崇拝するもの。→イドラ」だけだった。まだ語義の定まらない新語だったことがうかがえる。ただし、広辞苑には二葉亭四迷「浮雲」の用例が掲載されている。明治時代には既に、憧れの人物をアイドルと呼ぶ用法もあったことになる。

「茶の間のアイドル」キャンディーズ

 キャンディーズに話を戻そう。歌って踊って、かわいくて元気で、バラエティー番組のコントでも活躍した3人組。いま私たちがイメージする「アイドル」そのものだった。

 彼女たちがコンサートの舞台上で突然、引退を表明したのは77年(昭和52年)7月17日のこと。18日に記者会見し、翌19日朝刊社会面では<「キャンディーズ」秋に?サヨナラ “普通の女の子に戻りたい”>という見出しで伝えられた。この中でキャンディーズは<ミニスカートの歌と踊りで人気のあるコーラスグループ><若者のアイドル的存在だった>と紹介されている。

解散を前に心境を語るキャンディーズの3人。「普通の女の子に戻りたい」は流行語に=1978年(昭和53年)3月14日夕刊
解散を前に心境を語るキャンディーズの3人。「普通の女の子に戻りたい」は流行語に=1978年(昭和53年)3月14日夕刊

 78年(昭和53年)3月14日夕刊の、解散コンサートツアーを前にしたインタビュー記事<キャンディーズ いよいよ解散>には<茶の間のアイドルとして四年半、親しまれてきた三人娘>とある。

 山口百恵さんとは異なり、キャンディーズは現役当時から「アイドル」と書かれていたわけだが、記事を注意深く読むと、今の「アイドル」という言葉の使い方とは、少し違うことがわかる。<若者のアイドル的存在><茶の間のアイドル>など、あくまで「〇〇のアイドル」という形容だ。上述のDJ、ドリフターズ、着ぐるみなども同様。若者なり茶の間なりが彼女たちをアイドル視している、そういう文脈である。

 ある時、といっても既に十数年くらい前のような気がするが、テレビの深夜番組で若い女性タレントが「アイドルやらせてもらってます」と自己紹介するのを聞いて、ひどく違和感を覚えたことがある。

 アイドルというのは「やる」ものなのか?

 当時の筆者の理解では、「アイドル」とは、歌手や俳優やテレビタレントの中でも絶大な人気を獲得した成功者に冠せられる形容だった。たとえば「人気歌手」「演技派俳優」という形容は周囲が言うことであって、自分で名乗るようなものではない。それらと同様に、アイドルとはファンの力で「なる」ものであって、自分で「やる」ものではないだろう。

 それが、70年代に育った筆者の言語感覚だった。ここまで紹介してきた記事では、おおむねそのような意味で使われている。

 当時「アイドル」とは、周囲から与えられる、ある種の称号だった。

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1621742 0 ちょっと前はどうだっけ? 2020/11/13 10:00:00 2020/11/13 11:21:15 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/11/20201111-OYT8I50066-T.jpg?type=thumbnail

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