読売新聞オンライン

メニュー

ニュース

動画

写真

スポーツ

コラム・連載・解説

発言小町

漫画

教育・受験・就活

調査研究

紙面ビューアー

その他

サービス

読売新聞のメディア

購読のお申し込み

読売新聞オンラインについて

公式SNSアカウント

キャバレー、バブル、ぼっち。融通無碍な“日本流クリスマス”

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

編集委員 片山一弘

 今や日本で最も高名な銀行員となった半沢直樹を主役にした、池井戸潤さんの小説シリーズ第1作のタイトルは「オレたちバブル入行組」という。序章によると半沢が入行したのは1988年(昭和63年)らしい。

 筆者が読売新聞東京本社に入社したのは87年(昭和62年)で、やはり世間でいう「バブル入社」にあたる。とはいうものの、入社直後から地方支局に赴任して「サツ回り」などに明け暮れ、4年後に東京の本社に戻った時には、バブル経済は崩壊に向かい始めていたので、バブル景気を享受した実感はない。

クリスマスの午前2時、キャバレーはイモを洗うようだった。チークダンスを楽しむ若者たち(神戸市内で)=1953年(昭和28年)12月25日
クリスマスの午前2時、キャバレーはイモを洗うようだった。チークダンスを楽しむ若者たち(神戸市内で)=1953年(昭和28年)12月25日

 地方支局にいた頃、テレビではトレンディードラマが全盛で、ブラウン管(!)の中では、都会の華やかな業種で働く美男美女が恋愛に明け暮れていた。仕事の合間、職場のソファに寝転がってドラマを見ていた先輩から「なあ、こんな恋愛してみたいよな」と言われて、「この時間に職場でテレビ見てるようじゃ無理ですよね」と答えたのを覚えている(そして、若いうちからこんな冷めたことを言っている男にキューピッドの矢は当たらない)。

バブル景気とともに膨らみ、しぼんだ恋愛過当競争

 トレンディードラマのクライマックスのひとつが、クリスマスだった。10月スタートの連続ドラマがちょうど最終回を迎える時期でもあり、クリスマスイブに主人公の恋愛が成就するかどうか、大勢の視聴者がハラハラしながら見守っていた。そして、ドラマのみならず現実世界の若者たちも、クリスマスに意中の相手の心を射止めようと頑張った。89年(平成元年)1月19日朝刊の「家庭とくらし」面に、<ジュエリーは男の売り場?! 20歳代サラリーマン急増>という記事がある。

若い男性たちは、クリスマスに意中の相手の心を射止めようと必死だった=1989年(平成元年)1月19日朝刊
若い男性たちは、クリスマスに意中の相手の心を射止めようと必死だった=1989年(平成元年)1月19日朝刊

 <誕生日やクリスマスのプレゼントに指輪やイヤリングなどの宝飾品を贈る若者が増えている><「この四、五年、売り場に二十歳前後の男性が増えていたのは事実ですが、昨年のクリスマス前は大変でした」と話すのは、三越本店宝飾品部長の斉藤良雄さん。同店一階にあるジュエリーショップ「ティファニー」では、クリスマスの一週間ほど前から百五十平方メートルの売り場は若い男性でいっぱいになり、「オーバーでもなんでもなく、とにかくレジの音が一日中やむことがなかった」と驚いた様子>

 この頃、若い男性向けのファッション・情報誌は盛んにデート・マニュアルを掲載し、プレゼントはこれ、泊まるホテルはそこ、と男たちに指図した。その結果、91年(平成3年)12月6日朝刊経済面の<直前キャンセルが怖い! イブ、年末年始の予約>と報じられたような事態も起きた。

 <クリスマス時期にヤングカップルの予約が殺到する都内や近郊のホテルは、今年も今月二十一日から二十五日にかけ、予約で一杯の状態。昨年は宿泊当日になってキャンセルをしてきたり、フロントに全く姿を見せない客が、各ホテルとも十数人から数十人出た>

 そのため人気ホテルほど自衛手段に苦慮している、という話。数か月も前に部屋は押さえたものの結局一緒に過ごす相手がいない、というのがキャンセル客の内情だったのかもしれない。

 前年の12月25日朝、産経新聞に同じ趣旨の記事が載った。見出しは<やはり君は来ない 予約だけのXマスイブ>。当時も今も人気のある山下達郎さんの歌「クリスマス・イブ」の歌詞をもじった辛辣(しんらつ)な文言で、この時期も深夜まで仕事ばかりの記者の怨念がにじみ出ているようだ、と同じ境遇の同業者たちと笑いながら読んだ。

 92年12月21日朝刊社会面の記事では、例年満室続きだった人気ホテルも<「イブでもまだ十数室はご用意できる」>状況と報じられている。クリスマスをめぐる恋愛過当競争は、バブル景気とともにしぼんでいったようだ。

キリスト教徒の行事から逸脱した20世紀

20世紀に入ると、「キリスト教徒の行事」に変化の兆しが……=1904年(明治37年)12月15日朝刊
20世紀に入ると、「キリスト教徒の行事」に変化の兆しが……=1904年(明治37年)12月15日朝刊

 そもそもイエス・キリストの降誕祭であるクリスマスを、大半がキリスト教徒ならざる日本人が、いつから祝うようになったのか。読売新聞の記事を遡ると、19世紀のうちは在日西洋人やキリスト教徒の行事として紹介されている。変化が見えるのは1904年(明治37年)12月15日朝刊の記事。

 <我国にても年一年と範囲広がり単に基督(キリスト)教信者のみならず廿世紀(にじゅっせいき)的家庭に(おい)ては一の交際例となり母子(おやこ)(ひき)連れて衣裳を着飾り会堂(もし)くは知己の(もと)(まわ)るに至りたる>

 以後、子供たちが贈り物を楽しみに待つ家族の行事として扱う記事が増え、贈り物ガイドも恒例に。

優雅に行われた帝国ホテルのクリスマスパーティー=1928年(昭和3年)12月26日朝刊
優雅に行われた帝国ホテルのクリスマスパーティー=1928年(昭和3年)12月26日朝刊

 と同時に、クリスマスは優雅な大人の楽しみでもあった。28年(昭和3年)12月26日朝刊には<不景気風も何のその 踊り狂ふ数百名 ゆうべ帝国ホテルのクリスマス>。写真も文章も華やかだ。

 <名流家庭の家族連れあり、外交官あり、列国大公使あり、役者あり、モガ、モボ等々いとも華やかに多彩なる大集会が柊の葉とクリスマス・ツリーとシャンデリヤの光彩陸離(りくり)たる(うち)に催され><紙のシルクハットや尖んがり帽子を被ったり、文金高島田、大丸髷(まるまげ)等婦人連等内外人数百名が相擁(あいよう)して珠玉を転がす様に麗しく入り乱れて午後十時過ぎ(まで)踊り抜いて非常な盛況裡に散会した>

 この頃すでに、多くの日本人がクリスマスを楽しんでいたことがわかる。

残り:3017文字/全文:5819文字
読者会員限定記事です
新規登録ですぐ読む(読売新聞ご購読の方)
無断転載・複製を禁じます
1691439 0 ちょっと前はどうだっけ? 2020/12/11 10:00:00 2020/12/10 17:55:12 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/12/20201209-OYT8I50071-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)