斜め上、あるいは「脳天」から
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若者言葉やネットスラングとして広がっている「斜め上」という言葉は、前向きな場面でも、ややネガティブな文脈でも自在に使われているようだが、いずれにしても、<思っていたのとちょっと違う展開に驚く>という語感を含んでいる。この「ちょっと」というさじ加減を「斜め」と表現するセンスの良さに感じ入りつつ、私は日々、新聞社のデスクをしながら、「斜め上」を実感している。
当事者の生の声は強く、奥が深い…自分の想像などあっさり裏切られる
ここで言う斜め上は、大ニュースに接した時の衝撃とはまた違って、「おっと、そう来たか」というような、自分の想像が「良い意味で裏切られた」時のちょっとした感慨、とでも言おうか。要するに、机の前で記者の報告を待っているだけのデスクが頭で考えていた浅はかな想像など、日々、あっさりと裏切られるものなのである。それほど、記者が現場で聞いてきた当事者の生の声というのは強く、奥が深い。
かつてニュースで話題になった人の今を追う「あれから」

「あれから」という読売新聞の人物企画を担当している。これは、かつてニュースで話題になった出来事に遭遇した人たちの今を追う企画で、初回の 「山岳救助史の奇跡」(2020年2月23日朝刊、福益博子記者) からして、私にとっては斜め上であった。
あめ玉7個でたった1人、山中で13日間を生き抜いた多田純一さんをめぐる話。多田さんの捜索に参加した山の所有者、山中豊彦さんは「カラスが飛んでいないから、まだ生きている」と言って、捜索をあきらめない。<カラスが飛んでいない=死臭が漂っていない>というわけである。山の怖さを知り尽くした人物のこのリアルな一言で、多田さんが置かれた状況がいかにギリギリだったかが、はっきり実感できる。

サリドマイド薬害により両腕のない状態で生まれ、松山善三監督の映画「典子は、今」で日本中の注目を浴びた白井のり子さんの歩みをとり上げた 「両腕のない主演女優」(2020年6月21日朝刊) 。当初、デスクの私は、のり子さんが映画に出ることを決めるまでの葛藤……といったものを想像していた。しかし、坂本早希記者が聞いてきたご本人の言葉は、「山口百恵さんのように、映画に出て演技してみたい」だった。いたって普通の女の子の発想であり、普通であることはご本人にとっては自然であり、望んできたことなのに、私は知らず知らずの間に、のり子さんに「普通ではない」フィルターをかけていたことになる。この言葉を記者から聞いた時、私は自分の浅慮をいたく恥じた。
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