デスクの目~女神がみつめるゴーン事件

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 その世界は女神に見つめられている。

 裁判所で、検察庁で。弁護士事務所で。いろんなところでお目にかかるのは、法を統べるギリシャ神話の女神テミス像。左手には公平性を象徴する天秤(てんびん)を提げている。

 罪と罰は釣り合わないといけない。公平は、法の世界の基盤である。

日産自動車のカルロス・ゴーン前会長
日産自動車のカルロス・ゴーン前会長

 日産自動車のカルロス・ゴーン前会長が東京地検特捜部に2回目の逮捕をされた時の出来事である。

 東京地裁の裁判官は2018年12月20日、前会長の勾留を延長することを認めなかった。

 この決定は、検察官や弁護士だけでなく、記者の間でも物議を醸した。他社の記者との宴席でも「裁判所は露骨だよね~」とひとしきり話題になった。

 正当な理由なく人は勾留できない。憲法34条にある。だから、裁判官は、正当な理由があるかどうか、つまり、もし勾留を解いたら容疑者が証拠を処分したり逃げたりする危険性があるかどうかを考える。

 波紋を広げたのは、勾留延長がまったく認められない割合は0・3%(2017年は6万4632件のうち221件)にすぎず、特に、証拠構造が複雑な特捜事件では異例の判断だったからだ。

 そして、フランスをはじめとする海外メディアから、前会長の勾留期間が1か月を超えることは非人道的だとさんざん批判されていたさなかの決定だったからだ。

 果たしてこれは「外圧に屈した」と批判の的になるような判断だったのだろうか。

 特捜部は、前会長の8年間の「違法行為」を古い時期の5年分と直近の3年分の2回にわけて逮捕した。本来は証拠の集めやすい直近の違法行為から手をつけるのが常道である。

 証拠があるのにあえて直近3年分を後回しの逮捕の材料にしたんじゃないの? 裁判官がそう首をかしげたのかは知らない。ただ、5年分も3年分も事件の性質にさしたる違いはなく、特捜部が証拠を入手していることを理由に勾留延長を認めなかった。

 このことに異論はない。ないが、いつもと違う判断をしたことも事実である。裁判官が海外の批判をどれだけ気にしたかは別にしても、法の原理原則に立ち返り、ふだん以上に慎重に厳格に検討して、そして思い切った。そんなところではないか。

 難しいのは、過去と未来との釣り合いである。

 過去の事件と今回と、どちらの結論が正しかったのかは判断のしようがない。ただ、今回の決定を知った各地の裁判官が天秤のさじ加減を変えていくことはあり得る。「0・3%」が増していけば、いずれ、過去との公平の問題がブーメランのように返ってくる。

 裁判官はどのように天秤の平衡を保つべきなのだろう。東京地裁の決定は重い問いをはらんでいる。

最高裁判所のホールにある女神テミスの「正義」像(最高裁判所提供)
最高裁判所のホールにある女神テミスの「正義」像(最高裁判所提供)

 裁判所の総本山、最高裁判所のホールには女神テミスのブロンズ像が立っている。

 もちろん、左手には天秤を提げている。

 前を通るたびに気になる。天秤の左の皿がちょっと傾いているように見える。こっそり直したいが、像のタイトルは「正義」である。新聞記者風情が手をかけていいはずもない。

 知り合いの裁判官に指摘したことがあるが、「ちゃんと釣り合ってるよ」と否定された。「それは足立さんが心の目でみようとしないから」。けむに巻かれた。

 公平を維持することは難しい。そして、傾いた皿を戻すのはもっと難しい。果てしない忍耐力と覚悟がいる。時間がかかる。

 正義の実現にいそしむ日本の裁判官は4000人近くいる。さあ、これからどんな天秤を見せてくれるのか。ちょっとした見物である。

プロフィル
足立 大( あだち・だい
 社会部主任。1998年4月入社。水戸支局などを経て2004年9月に社会部。検察や裁判、法務省などを取材し、2018年10月から社会部デスク。裁判や司法、農林水産省、環境省、メディアなどを担当する。

416790 1 Webコラム・解説 2019/02/01 02:58:00 2019/02/01 12:05:50 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/02/20190129-OYT8I50012-T.jpg?type=thumbnail

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