ロックな言葉~ジミー・ペイジ(元レッド・ツェッペリン)

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 「解散の決断は早かった。おそらくジョン・ボーナムが亡くなって1週間後には決めていたよ」

ドラマー、ジョン・ボーナム(写真左端)の死で解散してしまったレッド・ツェッペリン(同右からジョン・ポール・ジョーンズ、ジミー・ペイジ、ロバート・プラント)
ドラマー、ジョン・ボーナム(写真左端)の死で解散してしまったレッド・ツェッペリン(同右からジョン・ポール・ジョーンズ、ジミー・ペイジ、ロバート・プラント)

 理想のロックバンドとは? と考えることがある。それは近年、ボーカリスト+その他伴奏者といった趣のバンドが多いからだ。少なくとも、1970年代まではそんなことはなかった。

 多くの人が史上最高のバンドと認めるであろうビートルズを例に挙げよう。芸術性と大衆性を兼ね備え、カリスマでありアイドルでもあった。ジョン・レノンとポール・マッカートニーが注目されることが多いが、ジョージ・ハリスンもリンゴ・スターもそれぞれに個性的で、リードボーカルも取れば作曲もこなす。まさに四つの才能が化学反応を起こし、高みに上っていった。解散後、4人のメンバーは全員、アルバム、またはシングルで全米1位に輝いている。やはり、彼らはロックバンドの理想形だ。

伝記映画がヒット中のクイーンもメンバー全員の個性が際立っていた
伝記映画がヒット中のクイーンもメンバー全員の個性が際立っていた

 この域には達しないにせよ、70年代まではこういった美観を備えたバンドは少なからず存在した。

 目下、伝記映画「ボヘミアン・ラプソディ」が大ヒット中のクイーンだが、ボーカリストのフレディー・マーキュリーの死後もたびたびリバイバルブームを起こしてきた。「ソロで全員が全米1位」という項目を除けば、先に挙げた要素をほぼすべて網羅している。ほかにも、クリーム、イーグルスや第2期と言われる全盛期のディープ・パープル、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングなど、メンバー全員の名前をすらすら言えるバンドは珍しくなかった。

 少なくとも、リーダーとそれに対峙(たいじ)できる才能の存在は正しいロックバンドの必須要件ではないだろうか。ロックという音楽の性格上、それはボーカリストとギタリストであることが多い。ローリング・ストーンズにおけるミック・ジャガーとキース・リチャーズ、エアロスミスにおけるスティーヴン・タイラーとジョー・ペリー、ヴァン・ヘイレンにおけるエドワード・ヴァン・ヘイレンとデイヴィッド・リー・ロスなど、ロック界の名コンビは枚挙にいとまがない。

 だから、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスやマーク・ボラン率いるTレックスのような1人の圧倒的な才能によって成立しているバンドは、どこか物足りなさを覚えてしまう。一方で、ロバート・フリップという絶対的なリーダーが才能豊かなメンバーを集め、それゆえ布陣が安定しなかったキング・クリムゾン、逆に誰が中核か判然としないまま、その時々の総合力で勝負してきたドゥービー・ブラザーズなどは、ロックバンド然としたロックバンドだなあと思う。あくまで私見ではあるが。

 前置きが長くなったが、英国のレッド・ツェッペリンもロックバンドの美観と風格をたたえた希代のバンドだった。リーダーはヤードバーズで名の売れていたギタリストのジミー・ペイジだが、曲作りにも参画する美形のボーカリスト、ロバート・プラントは名パートナーと言えよう。さらに、ベースとキーボードをこなすジョン・ポール・ジョーンズはサウンドの奥行きを、ライブでは10分以上のソロパートをこなすドラムスのジョン・ボーナムは野性的なパワーを加え、ツェッペリンの音楽には不可欠な存在だったと言えるだろう。

 1969年にデビュー。ハードロックを基調にしつつ、フォーク、ブルース、カントリー、民族音楽などの要素を自在に織り込み、9枚のスタジオ・アルバムのうち7枚が全英1位、6枚が全米1位に輝く、ビートルズ解散後のロック界の大ヒーローだ。80年にボーナムが不慮の事故で亡くなり、解散した。

 さて、リーダーのペイジには2003年、全盛期の1972年の米国公演の模様を収めた3枚組ライブ盤「伝説のライヴ」を出したタイミングでインタビューした。解散して20年以上経過しているが、このアルバムはなんと全米1位を獲得し、改めて彼らの偉大さが実証される形となった。

 「あの頃のバンドはアイデアの宝庫で、ツアー中でも次々と新しい曲が生まれていった。曲ができると、すぐにステージで演奏したくなるというわけさ。聴衆は知らない曲を聴くことになるのだが、ライブを通して熟成した曲を次のアルバムに収めるわけだから、当然、強力なアルバムができる。それが全盛期のツェッペリンの強みだったと思う」

 こんなふうに往時を振り返ったペイジにボーナムの死と解散の決断について聞いた。

 「ツェッペリンは4人が互いに触発し合い、生まれるエネルギーを推進力にしていた。誰ひとり欠けてもだめだった。ボーナムが亡くなった時、バンド存続という選択肢はなかった」と語った後、冒頭の発言があった。

 少々不謹慎な言い方をすれば、ペイジとプラントがいれば音楽性は保たれ、ツェッペリンを名乗ることを世間は許容するだろう。それで大きなビジネスは成立する。しかし、彼らはそうしなかった。ドラマーが欠けただけで、迷わず解散するバンドなど、おそらく今ではありえないだろう。しかし、それこそが最高のロックバンドの美学なのだと思う。

プロフィル
西田 浩( にしだ・ひろし
 編集委員。1986年入社。静岡支局を経て90年に芸能部(後に組織改編で文化部)。放送メディア、ポピュラー音楽を中心に取材し、2009年に文化部次長、15年から現職。著書に「ロック・フェスティバル」「ロックと共に年をとる」など。

436437 1 Webコラム・解説 2019/02/11 05:00:00 2019/02/15 11:25:38 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/02/20190207-OYT8I50005-T.jpg?type=thumbnail

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