デスクの目~ゴーン新弁護団の勝因は

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 面食らった方もいるだろう。日産自動車前会長カルロス・ゴーン氏の弁護団が一新したら、一発で保釈を認められたことに。それも、前の弁護人はわずか1か月半前に裁判所から2度も保釈を蹴られていたのに、である。

 なんだかんだ報じられているが、勝因の一つは、裁判官の世界に広く根を張る「弘中ブランド」の威力だと思う。

弘中惇一郎弁護士
弘中惇一郎弁護士

 保釈は、逮捕された被告を裁判の判決が出る前にとりあえず釈放することである。裁判官が恐れるのは、裁判が終わる前に被告が逃げてしまうこと、そして、被告が誰かと口裏を合わせて都合のいい証拠をでっち上げたりすること。この2点だ。なので、保釈と引き換えに被告が守るルールを設ける。ゴーン氏についていえば、パスポートをちゃんと管理するだけで逃亡の心配はなくなるから、問題は証拠の不正工作を防ぐ手立てを構築できるか、この1点にかかっていた。

 保釈の条件は裁判官が作るわけではない。弁護団が裁判官と交渉しながら腹を探り、条件を作って提案する。そして、認めてもらう。無機質な裁判手続きのようでいて、実は人間同士の駆け引きの能力が問われるのだ。

 新弁護団の顔は「無罪請負人」というタイトルの自著もある弘中惇一郎弁護士。過去数十年間かけて勝ち取ってきた無罪判決の数は裁判官からの信頼の証しでもある。高野隆弁護士も名声は高い。あまたいる弁護士に弁護テクニックを伝授してきた。

 弘中弁護士が「知恵を絞った」と自賛する条件は、一見、生活の隅々にまで監視を怠らない仕組みになっている。意表を突く内容と項目数は例がないと裁判官も目を見張る。でも、その気になれば抜け穴を掘れそうなのも確かだ。家族や友人のスマホを借りればインターネットや電話は自由に使える。そもそも、家に付ける監視カメラの映像は誰がチェックする?

 証拠捏造(ねつぞう)のリスクの高い暴力団犯罪ではなく、企業経営者による経済事件という保釈を認めやすい事情はあった。裁判官のかゆいところに手の届くような今回の条件の付け方に「保釈のあり方が変わる」という専門家もいる。でも、こんな徹底した保釈条件を普通の弁護士が提示したら裁判官は認めるだろうか。「どうやってカメラの映像をチェックするの?」と詰問するのではないか。言うなれば、今回はスター弁護団ならではの戦略だから功を奏したということである。

 それよりもっと大事なポイントは、ここまで生活を束縛する保釈条件をゴーン氏がのんだという事実だ。弁護団が裁判官と折衝して条件を考えても、肝心の依頼人が首を縦に振らなければ意味はない。前任弁護人の元東京地検特捜部長、大鶴基成弁護士が1回目の保釈請求の時に裁判官に提示した条件は、本国のフランスに住むというものだった。これが認められる確率は、ほぼゼロ。大鶴弁護士はゴーン氏の強い希望を尊重してムリな条件を裁判官に提示したとしか思えない。

 今回はその条件と比べると天地の開きがある。軟禁状態みたいなものだ。新弁護団が条件を伝えた時、ゴーン氏はびっくりして嫌そうな顔をしたという。

東京拘置所から出てきたゴーン被告(6日)
東京拘置所から出てきたゴーン被告(6日)

 なぜこんな厳しい条件で、と不思議だったが、6日に東京拘置所から出てくるゴーン氏の姿をテレビで見て理解できたような気がした。誰がみても不自然な変装を受け入れている……。

 拘置所前に待ち構えるメディアに気づかれずに出るため、新弁護団がゴーン氏に提案したという。発案者の高野弁護士は「未熟な計画だった」と8日のブログで謝罪した。それはそうだろう。ゴーン氏は「私は常に誠実に行動してきた」と訴えてきた。だが、変装という奇策によって、目的のためには誰かを欺くこともいとわない人物というイメージを持たれかねないのだから。

 それでも、こうも言える。新弁護団は、ゴーン氏の完璧な信頼を手に入れているのだ。でなければ、あんなコント役者のような振る舞いに甘んずるはずがない。

 裁判官と依頼人。二つの大きな信頼を手に入れたことが、マジック的にみえる保釈を獲得した勝因だったと思うのである。

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プロフィル
足立 大( あだち・だい
 社会部主任。1998年4月入社。水戸支局などを経て2004年9月に社会部。検察や裁判、法務省などを取材し、2018年10月から社会部デスク。裁判や司法、農林水産省、環境省、メディアなどを担当する。

478395 1 Webコラム・解説 2019/03/08 17:02:00 2019/03/08 17:02:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190308-OYT8I50028-T.jpg?type=thumbnail

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