デスクの目~知人が逮捕されて

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 友達や恋人、家族と話すときにこれ使ったらヤバイな、と気をつけている言い回しはないだろうか。

 新聞記事では人権侵害や差別につながる表現を避ける。それは当たり前としても、記者をしていると、できれば避けたい言葉が自分の中にちょっとずつ降り積もっていく。個人的なNGワードというやつだろうか。

 私の場合、「絆」はその一つである。

人生、思わぬ出来事が…(写真はイメージです)
人生、思わぬ出来事が…(写真はイメージです)

 昨年末、20年来の知人が逮捕された。彼は、とある外資系企業でトップセールスをたたき出す営業マンである。だが、暴力沙汰を起こし、相手に軽いけがを負わせてしまった。そして、年末年始を警察の留置場で過ごした。

 四十数年の人生で初めて逮捕され、「221番」という番号が彼の名前にすり替わり、鉄格子の内側には歯が1本しかない初老の常連男性が座っていた。朝食に食パン3枚、昼夜は麦飯とおかず1品。正午に5分だけNHKのラジオニュースが流れる。<カルロス・ゴーン被告は年末年始にだて巻きやおせちを食べるということです>。その瞬間、あちこちの房はどよめいたという。「やっぱトウコウ(東京拘置所)の生活はすげえ」と。

 そんな中、知人は泣いてばかりいた。「一緒に風呂に入ったヤクザの背中に彫られた真っ赤な(こい)が苦しそうに見えて。熱湯で溺れるんじゃないかと手を伸ばしちゃった」。先日、居酒屋で久しぶりに会うと、ゴーン氏よりもこけた頬を震わせて当時の錯乱ぶりを回想した。

 元日から取り調べが始まり、一回り年下の検事に「あなたみたいな人が手を出した理由を説明してください」と冷静に詰められ、もうしないと心から誓ってそう書かれた調書にサインして釈放された。逮捕から十数日たっていた。

 家に帰ると奥さんと子どもは家具ごといなくなっていた。家族の写真立てだけを残して。「家族にとってもう俺は写真ですら必要ない存在なんだ。そうわかったとたん、部屋の温度がぐんと下がったような気がした」

 しかも、仕事始めから1週間は欠勤している。妻を通じていきさつを伝えてあった上司に電話した。即刻、出社の指示である。クビを覚悟して出向いたという。

 ところが、である。

 役員はじめ上司から気を失うくらい責められたが、処分は宣告されなかった。「いったん死んだと思ってゼロからやり直せ」。上司からそう諭されたらしい。

 それから1か月半後、彼はその会社で再びトップセールスを記録した。

 殺人と強盗と泥棒の罪の重さは違う。ただ、これまでいろんな元犯罪者から話を聞いてきて、再び犯罪に手を染めるかどうかを分けるポイントは共通すると思っている。罪を償った後に誰かとの結びつきがあるかないか。それは、仕事でも家族でも友人でもいい。

 再び塀の中に舞い戻る出所者の7割は仕事のない人が占めている。私の知人は刑務所に入ったわけではないが、解雇されてもおかしくなかった。妻子は今も戻ってこない。涙を浮かべてこうも言っていた。「クビになっていたら、俺はどうなっていたかわからない」と。

 私は元々、絆という言葉があまり好きではない。動物をつなぎとめる綱だったという語源は別にしても、相手のことを深く理解もせずに振りかざしたくないし、どこか上から目線的なイメージを抱いているから。ただ、特に意識して使わなくなったのは、ここ数年である。

 3月11日が近づくと、テレビや新聞ではこの言葉をよく見聞きするようになる。そして、先日、なんで自分のNGワードにランクインしたのか、ようやく気がついた。

 8年前、私は被災者の方々からつらい記憶を絞り出すような取材を重ねた。でも、今は被災地を訪れることもほとんどない。

 それは罪悪感のようなものだと思う。使いたくないのではない。使えなくなった、が正しい。私には使う資格がないだけなのである。

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プロフィル
足立 大( あだち・だい
 社会部主任。1998年4月入社。水戸支局などを経て2004年9月に社会部。検察や裁判、法務省などを取材し、2018年10月から社会部デスク。裁判や司法、農林水産省、環境省、メディアなどを担当する。

490869 1 Webコラム・解説 2019/03/15 17:00:00 2019/03/19 17:36:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190315-OYT8I50005-T.jpg?type=thumbnail

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