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コロナ対策と瞑想と…「21世紀の原油」を使いこなすには

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経済部デスク 有光裕

 大活躍が続く米大リーグ、エンゼルスの大谷選手がシーズン前に訪れた場所が米国で話題になっている。特殊なカメラやセンサーでとらえた投球フォームやボールの軌道、バットのスイングなどをデータで分析し、ボールの回転数や変化量、体の動作を改善する米西部ワシントン州の「ドライブライン・ベースボール」で、近年のデータ革命を象徴する施設だ。

 大リーグのデータ革命は、あまり注目されていないデータに目を付けて資金不足だったチームの強化に成功し、映画にもなった2000年代初めの「マネー・ボール」が有名だ。投球回あたりの安打・四死球による走者の数や、好守や失策がある守備の影響を除くために被本塁打と与四死球、奪三振数で投手を評価するなどして、新しい考え方の土台を築いた。

オールスター戦前日のホームラン競争に日本人として初出場し、柵越えを連発したエンゼルス・大谷(7月12日)=AP
オールスター戦前日のホームラン競争に日本人として初出場し、柵越えを連発したエンゼルス・大谷(7月12日)=AP

 19年に出版された「ザ・MVPマシン」は、「マネーボール2.0」と呼ばれる近年の動きが題材で、埋もれた価値の発見に役立った前者に対し、本書はデータ分析による選手の能力向上が目的で、大きな違いがあると分析している。育成能力を評価されれば、将来、優れた選手が入団を希望し、チーム力を高めやすくなるだろう。

 「21世紀の原油」とされるデータをどう使いこなすか。日本の政策現場の取り組みは、米国に比べると、立ち遅れている。対象の選別や集めるスピード、実際に必要とする人たちとデータを共有する仕組みや分析能力を持つ人材の育成など、課題が山積している。

 「証拠に基づく政策立案」は、英語で「EBPM」(Evidence-based Policy Making)と呼ばれる。政府はこれを推進する指針を今夏まとめる。官民のデータを使った政策効果の検証や政府の主要な統計に使うデータの詳細な内容の公表などを想定している。

 政府は17年にEBPMに取り組む方針を示し、関係府省に担当ポストを設けた。自分たちに都合の良いデータばかりに目を向けないよう、政策の目標に照らして現在の方法が適切かどうかを論理的に考える「ロジックモデル」を、その第1段階として導入した。

 それでも、その対象は約5000ある国の事業のうち300弱で、効果をデータで検証しているのは、さらにその一部に限られる。専門家は現状を「ベビーEBPM」と指摘し、霞が関の官僚からも、政策判断について「エビデンス(証拠)よりもエピソード重視」との声が聞かれる。

4回目の緊急事態宣言が出された東京都内。新型コロナ対策には、国民が納得できるデータの提示が欠かせない(7月12日)
4回目の緊急事態宣言が出された東京都内。新型コロナ対策には、国民が納得できるデータの提示が欠かせない(7月12日)

 長期化する新型コロナウイルスとの戦いでも、データ戦略が重要性を増している。政府が国民の十分な協力を取り付けるには、納得感があるデータの提示が効果的だ。想定外の事態で当初は容認されたとしても、時間が経過するほど、データの裏付けが不十分と受け止められた政策判断に対する許容度は低下し、ストレスや反発が生まれる要因になる。

 デジタル化で爆発的に増えるデータとの間合いの取り方は難しい。見かけは同じでも、その意味が変容するリスクがあるからだ。「経済の鏡」とされる株価は、その一つだろう。超高速で大量の売買取引の結果、短時間に株価が急落する「フラッシュ・クラッシュ」という現象が繰り返されている。

 2年前にニューヨークで話を聞いた米投資ファンドの幹部は、高速取引を支える人工知能(AI)について「素晴らしい技術だが、バブルの種にもなる」と話した。人間が思いつかない発見をする可能性を秘める一方、偶然の一致を必然とみなしやすく、「自分を規制する感情がない分、強力なバブルを生み出す」という。

データとの間合いの取り方を誤ると、株価の急落を引き起こす(6月21日、東京都中央区で)
データとの間合いの取り方を誤ると、株価の急落を引き起こす(6月21日、東京都中央区で)

 AIやソフトウェアを巻き込もうとする不正プログラムも開発されている。米連邦捜査局(FBI)が18年に不正プログラムを作ったとして起訴した男の裁判資料によると、英国の投資家が持ち込んだアイデアでプログラムを作った男は約2万4000ドル(約260万円)の報酬を受け取り、それを悪用した投資家は約4000万ドル(約44億円)を荒稼ぎした。

 株価が企業価値を表すものでなく、市場を席巻するAIやソフトウェアによる自動取引が作り出す数字になれば、経営判断や事業活動、資産形成など、経済活動の根幹に影響が出る。膨張するデータがもたらす恩恵が光を放つ一方、信頼の喪失を招く脅威は見えにくい。

 複雑な数式や構造図が室内の壁のあちこちに書かれたファンドの一室には、日本の習慣からヒントを得たという 瞑想(めいそう) をするスペースがあった。データに自らの思考を支配されまいとするその備えが、まだ見えない闇の深さを物語っているようだった。

 読売新聞経済面の連載をまとめた「 インサイド財務省 」が、中央公論新社から発売されました。224ページで、価格は1650円(税込み)。全国の書店やインターネット通販でお求めになれます。

プロフィル
有光 裕( ありみつ・ひろし
 経済部デスク。1999年4月入社。新潟支局などを経て、経済部では財務省や国土交通省、厚生労働省、エネルギー分野などを担当した。2012~13年は政治部の首相官邸で、15~19年はニューヨーク支局で取材した。

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2221737 0 デスクの目~経済部 2021/07/21 15:00:00 2021/07/21 15:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210716-OYT8I50060-T.jpg?type=thumbnail

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