特攻の遺品 返還を取り持った研究家

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編集委員 森川暁子

 戦中・戦後の体験を聞き書きする連載企画「戦後75年 終わらぬ夏」の中で、児童文学作家の富安陽子さん(61)にインタビューした。伯父で海軍の特攻隊員だった富安俊助中尉は、米空母「エンタープライズ」に体当たりして亡くなった人で、衣服にあった遺品の50銭紙幣が先月、75年を経て遺族のもとに戻ってきた(記事はこちら)。この返還を取り持ったのが、東京都内に住む戦史研究家の菅原完さん(91)だった。

「中尉」「トミヤサ」「5月14日」…情報つなぎ合わせ特攻隊員特定

菅原完さん
菅原完さん

 菅原さんは1945年4月に海軍兵学校に入校し、在籍4か月あまりで終戦を迎えた。戦後は航空会社に勤務した。歴史が好きで、定年退職後に太平洋戦争のことを調べ始めた。英語が堪能なため米国側の資料を読むのに苦はなく、米国の戦史作家や戦友会などとのネットワークも広がって、情報収集を協力し合うようになった。

 2003年に取り組んだのが、1945年5月14日に九州の南でエンタープライズに体当たりした零戦の、パイロットの特定だった。同艦は大きな被害のために戦列を離れ、乗組員14人が亡くなっていた。特攻隊員は名刺を所持していたとされているが、正しい姓名の記録は残っておらず、米国の関係者の間で長らく「トミ・ザイ」と呼ばれていたという。日本でも、だれが突入したのかは、わかっていなかった。

 同艦の記録でパイロットの階級が「中尉」とされていることや、「シュラスカ・トミヤサ」という情報があること、その朝に鹿児島県の鹿屋航空基地を飛び立って戻らなかった特攻隊員たちの名前などを突き合わせ、体当たりをしたのは富安俊助中尉だと結論づけた。当時存命だった、富安中尉の弟の秀雄さんらに報告することができた。

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1422668 0 編集委員の目 2020/08/21 10:00:00 2020/08/21 09:51:47 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/08/20200819-OYT8I50017-T.jpg?type=thumbnail

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