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マクロン大統領不覚…ノートルダム大聖堂は「焼失前の姿」で再建へ

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編集委員 鶴原徹也

 焼け落ちた尖塔(せんとう)は元に戻すのか、新しくするのか、それが問題だ――。昨春炎上したパリのノートルダム大聖堂の再建を巡り、1年以上続いた論争にようやく決着がついた。

 元に戻す、と。

 マクロン仏大統領がこの7月、「焼失前の姿に戻す」とする建築家フィリップ・ヴィルヌーヴ氏の報告書を承認し、決した。

 政教分離を国是とするフランスだが、建物としての大聖堂は国が所有する。宗教団体は、この場合はカトリックのパリ大司教区だが、国から無料で使用権を貸し与えられる。このようにして国が信仰の自由を保障している、という理屈らしい。建物の保全は国が行う。

国際コンペをぶち上げたマクロン氏

 論争に火をつけたのはマクロン氏だった。

 セーヌ河岸に立つ、この大聖堂が燃えたのは2019年4月15日。衝撃は世界を駆け巡り、本紙の「読者が選んだ19年の海外10大ニュース」で2位(1位は香港の学生らの大規模デモ)だった。

 マクロン氏は火災直後に「5年以内の再建」を約束。崩落した高さ93メートルの尖塔については「現代建築の意匠で装うのも一つの手」と言及して国際コンペ案をぶち上げた。

 内外の建築家からは「ガラスの尖塔」「屋上庭園」「展望テラス」など様々な提案が寄せられたという。

 しかし、変更は専門家にも国民にも極めて不評だった。

 大統領はノートルダムに「現代建築の意匠」を加えることで、自らの名を歴史に刻みたかったのだろう。

ルーブル美術館のナポレオン広場にあるガラスのピラミッド。ライトアップされ、幻想的な雰囲気を生み出している(1997年撮影)
ルーブル美術館のナポレオン広場にあるガラスのピラミッド。ライトアップされ、幻想的な雰囲気を生み出している(1997年撮影)

 先例はある。例えばミッテラン大統領(在職1981~95年)は89年、パリのルーブル美術館のナポレオン広場に米国の建築家I・M・ペイ設計によるガラスのピラミッドを出現させて世界を驚かせた。そして、ルーブルに名を刻むことに成功した。

 マクロン氏は失敗した。

時代ごとに「現代建築」を取り入れた大聖堂

 ただ、「現代建築の意匠」にも一理はある。

 ノートルダムは12~13世紀、当時の「現代建築」の粋を集めて建てられた。以後の修復の際にも時々の建築技術が使われた。

 崩落した尖塔は13世紀当初の尖塔とは別物だった。19世紀半ばに建築家ウジェーヌ・ヴィオレルデュクが独自の考えで設計したものだ。当時の「現代建築」である。

 付言すれば、歴史的建造物は人類の財産であり、ありのままに保全すべきという考えは、20世紀後半に勢いを得た。ユネスコの「世界遺産」は1970年代以降の産物だ。

 さて、ヴィオレルデュクの発想にはこんな背景があった。

 当初の尖塔(高さ78メートル)は18世紀後半には朽ち果て、取り外された。

ビクトル・ユゴーの長編小説「ノートル=ダム・ド・パリ」(岩波文庫)
ビクトル・ユゴーの長編小説「ノートル=ダム・ド・パリ」(岩波文庫)

 ノートルダムは1789年のフランス革命時、襲撃と略奪の対象になる。カトリック勢力は国王の勢力同様に革命の敵だった。大聖堂は保全されず、やがて忘れられる。

 救世主は19世紀のロマン主義の旗手で国民的作家のビクトル・ユゴーだ。1831年刊の長編小説「ノートル=ダム・ド・パリ」(岩波文庫)には大聖堂の再生を願う強い思いも込めた。中世ゴシック建築の至宝・ノートルダムは再評価されなければならない――。

 ロマン主義は、それ以前の古典主義がギリシャ・ローマを理想化したのに対し、中世に理想郷を求めたのだ。

 ユゴーが再生の流れを起こし、ヴィオレルデュクは流れに乗った。新たな尖塔はロマン主義に基づき、当時の「現代建築」を駆使したゴシック風だ。

「フランスの心」を読み違えたマクロン氏

 ところで、「エッフェル塔はパリ、ノートルダムはフランス」という表現がある。フランスの歴史と不可分な建造物という意味である。

 ノートルダムで14世紀初め、聖職者・貴族・平民代表で作る身分制議会の三部会が初めて開かれた。19世紀初めにナポレオン1世の戴冠(たいかん)式が、19世紀半ばはナポレオン3世の結婚式が執り行われた。第1次大戦の宣戦布告、第2次大戦のパリ解放時には、ここの鐘が鳴り響く。2015年のイスラム過激派による週刊紙襲撃事件では哀悼の弔鐘を響かせた。

 パリで昨秋取材した作家カミーユ・パスカルさんは「ノートルダムはフランスの喜び、悲しみと共にあるのです」と語った。

新型コロナウイルスの影響はノートルダム大聖堂の再建にも及び、工事は遅れが目立っている(今年4月撮影)
新型コロナウイルスの影響はノートルダム大聖堂の再建にも及び、工事は遅れが目立っている(今年4月撮影)

 私はこう思う。大聖堂炎上は19世紀に再生されたノートルダムが「フランスの心」と化していることを国民に改めて気づかせた。それは守るべきものであり、マクロン印を刻む余地はない。大統領は「フランスの心」を読み違えたのだ。

 「5年以内の再建」は24年の「パリ五輪開催前」を指すらしいが、現実的ではない。

 現状は再建工事の前段である、大聖堂の崩壊防止工事の段階。それが遅滞している。昨年は火災で溶けて飛散した屋根部分の400トンの鉛が周辺を汚染していたことが判明し、その除去作業に手を焼いた。そして今年はコロナ禍である。

 次期大統領選は22年春。マクロン氏は再選を狙うが、コロナ禍対応も不評で、長く続く不人気を脱していない。大聖堂再建時に大統領の座にいる保証はない。

プロフィル
鶴原 徹也( つるはら・てつや
 新聞記者歴は40年近い。主に国際報道に関わり、東南アジアの2都(ジャカルタ、バンコク)、西欧の3都(パリ、ブリュッセル、ロンドン)に駐在した経験がある。「どこが好き」と聞かれる度に、「どこも好き」と答えてきた。この10年ほどは東京勤め。「東京は好きか」とは聞かれない。近年は内外の識者のインタビュー記事を読み物風に書くことが多い。

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1437060 0 編集委員の目 2020/08/28 10:00:00 2020/09/26 10:00:02 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/08/20200825-OYT8I50028-T.jpg?type=thumbnail

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