「第三の波」の未来学者、トフラー テレワークの正夢
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コンピューターの操作卓、テレビ会議用の設備を家庭に配備すれば、家内労働の可能性は急速に高まり、人々は1か所の集中した仕事場から、電子機器を備えた「エレクトロニックコテージ」に移転するだろう──。1980年に出版され、世界各国でベストセラーとなった「第三の波(The Third Wave)」は、第二の波の産業革命に続く大変革で在宅が主な仕事場になると予見した。まさにテレワークである。新型コロナウイルスの感染拡大でテレワークは急速に社会に根付きつつあるが、著者の未来学者、故アルビン・トフラーにとっては、密から分散へという歴史の必然だったようだ。
分業のために密になった産業革命 「情報化」で分散力が胎動

この未来予測のエンジンは「分業」と「情報化」だ。イギリスが主導した18世紀の産業革命の最大の武器が「分業」である。「国富論」の文頭でアダム・スミスはこう述べる。ピンは一人で鉄から成形すれば、せいぜい1日に1本程度しか作れないだろう。しかし、生産工程を細かく分業すれば、10人の人間で1日4万8000本以上作ることができる。分業で生産性は飛躍的に高まった。産業革命の進展によって、畑で草刈り鎌を振るっていた農民は工場に殺到し、密な環境で働くようになった。大規模な工場地帯や都市部のオフィスビルに人々が集中し、効率の良い近代文明を作り上げた。
しかし、20世紀の半ば、ドイツの機械式暗号を破るためにコンピューターの原型が産声を上げ、核戦争を見据えたネットワークから発展したインターネットが1990年代以降、急速に普及した。トフラーにとり、半導体の性能が指数関数的に進化するムーアの法則は自明だったのだろう。情報化を武器に、アメリカを中心に、テレワークが徐々に普及し、今回のコロナ禍で一気に世界各地で広がった。第三の波はトフラーの予言通り、野火のように世界をのみ込んだのだ。テレワークは在宅だけとは限らないが、東京から地方や近隣県への移住が増えている。ニューヨークを脱出する動きも顕著で、密から分散へと文明のありようは新たなステージを迎えたようだ。
日本はテレワークで生産性低下

先日、野村総合研究所が公表した調査によると、昨年7月段階で、テレワークの利用率は中国の75%をトップに、スウェーデン、米国、英国、イタリア、ドイツで50%を超えていた。日本は一番低い31%だが、そのうち22%は「コロナ禍後に初めてテレワークをした」と答えた。興味深いのが、テレワーク利用者の主観的な生産性の変化だ。「かなり落ちた」と「やや落ちた」と答えた人が日本、中国は半数だったのに対し、イタリア、スウェーデン、ドイツは30%以下にとどまったことだ。
生産性が上がらなければ、テレワークは第三の波の鬼子となってしまう。