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政界実力者の「引退劇」

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編集委員 吉田清久

 どんな実力者でも政治の表舞台から退場する時が来る。思い起こすのは、野中広務・元自民党幹事長の引退劇だ。

 2003年9月の自民党総裁選。再選を目指す小泉純一郎首相に対し、野中は反小泉陣営の頭目として挑んだ。

衰えていた神通力

 「自民党をぶっ壊す」の小泉に勢いがあった。野中は周囲に「奇手、奇策がいろいろある」と匂わせていたが、実際のところ、これといった打つ手はなかった。「政界のスナイパー(狙撃手)」と称された野中だったが、17歳若い小泉の前にその神通力は衰えていた。

政界引退表明の記者会見を終え、自民党本部を出る野中広務・元幹事長(2003年9月9日)
政界引退表明の記者会見を終え、自民党本部を出る野中広務・元幹事長(2003年9月9日)

 そのうち、反小泉の有力な統一候補だった堀内光雄・総務会長が小泉陣営に取り込まれてしまう。さらに所属する橋本派幹部の青木幹雄・参院幹事長、村岡兼造・元官房長官らも小泉支持に回った。最大派閥・橋本派は分裂選挙の憂き目を見る。追い込まれた野中は自らの退路を断つ形で政界引退を表明した。

 「小泉政権を否定するための最大の戦いに燃焼し尽くしたい」

 総裁選告示から2日目のことだった。

携帯を持つ手が震えていた

 筆者は引退表明直前の野中を目撃した。

 衆院議員会館の事務所を訪ねると、野中はひとり、奥の部屋で携帯電話をかけていた。当時77歳。軽い老人性振せん(手の震え)を患い、気持ちが高ぶると手が震えた。

 この時も携帯を持つ手が震えていた。反小泉の盟友である亀井静香・前政調会長、古賀誠・前幹事長らにこう告げた。

 「敵前逃亡するつもりはありません。自らの退路を断って闘う。その決意表明ですわ。これから言いたいことを言う」

 電話を終えると、居合わせた4人の秘書に一人一人ねぎらいの言葉をかけた。ボクサーのファイティングポーズを取りながら「まだ勝負は終わっとらんよ」と一言残し、自民党本部の記者会見場に向かった。

 後ろ姿がもの寂しい。ノックアウト必至のリングに上がる老チャンプのように見えた。

引退勧告に「非礼」「身を引く」…2人の元首相

記者会見で衆院議員引退を表明し、席を立つ中曽根康弘元首相(2003年10月27日)
記者会見で衆院議員引退を表明し、席を立つ中曽根康弘元首相(2003年10月27日)

 衆院選を間近に控えた同年10月には2人の重鎮が、小泉首相に政界引退を迫られた。中曽根康弘、宮沢喜一両元首相である。自民党の「衆院比例選・単独候補への73歳定年制の適用」が名目だった。

 小泉に対し、中曽根は
 「総理・総裁をやった者に対して、突如として爆弾を投げるようなものだ。一種の政治的テロだ。こんな非礼なことはない」
 と激高した。

 一方の宮沢は
 「後進のために身を引くしかない」
 と渋々と応じた。

衆院選・自民党定年制問題で小泉純一郎首相と会談する宮沢喜一元首相(左の写真)会談後に引退を表明する宮沢元首相(2003年10月23日)
衆院選・自民党定年制問題で小泉純一郎首相と会談する宮沢喜一元首相(左の写真)会談後に引退を表明する宮沢元首相(2003年10月23日)

 政治への強い執念を持つ中曽根、淡泊な宮沢。それぞれの性格がにじみ出た。

 両元首相は不本意ながら引退に追い込まれた。当時、中曽根は85歳、宮沢は84歳だった。

82歳・二階幹事長の引き際は?

 秋の総裁選、衆院解散・総選挙に向け、注目されているのが、82歳の二階俊博自民党幹事長の動向である。

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2153265 0 編集委員の目 2021/06/25 10:00:00 2021/06/25 22:31:54 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210623-OYT8I50084-T.jpg?type=thumbnail

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