自民党総裁選と戦後政治史の謎…「大福密約」

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編集委員 吉田清久

 福田赳夫元首相(1905~95年)は「造語の達人」だった。「昭和元禄」「狂乱物価」「さあ働こう内閣だ」「人の生命は地球より重い」「明治38歳」――。数々の名文句を残した。語録でその政治軌跡をたどれるぐらいだ。

 「天の声にもたまには変な声がある」も福田の記憶に残る言葉だ。

無念さにじむ「たまには変な声」

 1978年11月の自民党総裁選。現職首相・総裁の福田に大平正芳幹事長が挑んだ。党員・党友による予備選が導入され、大平が勝利した。「変な声」はその時の敗戦の弁である。

 総裁選で現職の総裁と幹事長が戦う構図は通常はあり得ない。背景に何があったのか。

福田赳夫・元首相
福田赳夫・元首相
大平正芳・元首相
大平正芳・元首相

 「その2年前(76年10月)、三木おろしの最中、大平と福田の間でひそかに結んだ『大福密約』の存在があった」というのが、「永田町の定説」である。

 密約は三木武夫首相の後継の「受け皿」について(1)「ポスト三木」の新総裁、首相指名候補者に、大平は福田を推挙する(2)福田は、党務(幹事長)を大平にゆだねる(3)総裁任期3年を2年に改める――という内容だった。(3)については、「福田政権は2年間でその後は大平」との解釈がついた。

 結局「密約」は 反故(ほご) にされ、反発した大平が総裁選に出馬した。

 現職総裁の敗戦は例がなく、「変な声」には福田の無念さがにじむ。

評伝は「密約」を否定した

 その福田の実像に迫った「評伝 福田赳夫 戦後日本の繁栄と安定を求めて」(岩波書店刊)が6月に出版された。福田が生前に残した100冊以上の「福田メモ」などをもとにまとめたものだ。

 注目を集めたのは同書が、「大福密約」について「信頼できる一次史料からは確認できない」「唯一の根拠とされてきた『密約文書』が偽作であったとすれば『大福密約』など最初から存在しなかったのではなかろうか」と、改めて否定したことだ。

かばんから見つかった「密約文書」

 実はその「密約文書」をじかに目にしたことがある。

「大福密約」の覚書
「大福密約」の覚書

園田天光光・元衆院議員
園田天光光・元衆院議員

 密約に立ち会った園田直・元外相の二男、園田博之・元官房副長官(2018年死去)が保管していた。私は90年代、園田博之をよく取材した。その折「 (てん)光光(こうこう) さん(園田天光光元衆院議員、園田直夫人、博之の義母)から2枚の文書を譲り受けた」と存在を知らされた。私は天光光に会い、「生前、夫が持ち歩いたかばんの中身を整理したら出てきた」と教えてもらった。数年後、「読売ウイークリー」誌(2004年12月19日号)に写真を添えて、記事を書いた。密約の文面自体は知られていたが、文書の実物が表に出たのは初めてだった。

 文書のタイトルは「福田、大平了解事項」。細字の万年筆で書かれた文字の紺色が30年近くたっても色鮮やかだった。


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