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政治空白生む権力闘争…危機管理の要諦を忘れた?菅首相

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編集委員 尾山宏

 激しい権力闘争は、政治の空白を生むことがある。

 米軍のアフガニスタンからの撤収に合わせ、日本大使館などで働くアフガニスタン人職員らを退避させるための自衛隊機派遣は、失敗に終わった。外務省と防衛省に対応を任せ、司令塔となるべき首相官邸が機能していなかったとの見方が出ている。

判断の遅れ、党内抗争に気を取られたか

埼玉県狭山市の航空自衛隊入間基地を出発するC130輸送機(8月24日)
埼玉県狭山市の航空自衛隊入間基地を出発するC130輸送機(8月24日)

 日本は8月下旬、自衛隊機3機をカブール空港に派遣し、日本人1人と米国から依頼されたアフガン人14人を退避させた。だが、国際協力機構(JICA)などが雇用しているアフガン人職員ら約500人を出国させられなかった。「安全な輸送」を義務づけた自衛隊法の制約が、派遣判断の遅れにつながったという。

 菅首相は、危機意識を持っていたのだろうか。法律に不備があったとしても、緊急時には政治が決断し、実行に移すことが危機管理の要諦だろう。

 首相周辺からは「新型コロナウイルスへの対応で精いっぱいだった」という声が漏れている。8月後半には、自民党総裁選の前哨戦が始まっていた。首相が党内抗争に気を取られ、退避に関する対応がおろそかになっていたとしたら、問題だ。

「三木おろし」に苦労していた三木首相、最中にミグ25事件

 冷戦さなかの1976年9月6日、ソ連の戦闘機ミグ25が日本の領空を侵犯し、北海道の函館空港に強行着陸した。米国への亡命を希望した乗員による「ミグ25事件」は、日本の防空能力の無力さを示したことで知られる。

閣議の様子を伝える1976年9月11日付の読売新聞
閣議の様子を伝える1976年9月11日付の読売新聞

 当時の読売新聞によると、三木武夫首相は翌7日の閣議で、「防衛庁はレーダー、通信に重点を置いて装備を近代化することが必要だ」と指示したという。もっとも、この事件で政府は詳細な検証を行わなかった。

 三木首相は当時、田中角栄前首相が逮捕されたロッキード事件の影響で、自民党内の「三木おろし」に苦労していた。防衛庁への指示直後の9月10日の閣議は、臨時国会の召集を決めたい首相と、首相退陣を望む閣僚15人のせめぎ合いとなり、休憩を挟んで5時間に及んだ。三木首相に、難しい外交課題に取り組む余力はなかったのかもしれない。

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2373303 0 編集委員の目 2021/09/17 10:00:00 2021/09/17 10:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/09/20210915-OYT8I50023-T.jpg?type=thumbnail

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