エスカレーター、「立ち止まろう」だけでいい?

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編集委員 伊藤剛寛

 エスカレーターの右側に立ち、歩かない――。この2か月ほど、埼玉県内の自宅最寄り駅で心がけるようにしている。県の条例がきっかけだ。

全国初の条例、埼玉県で施行

エスカレーターを歩いたり走ったりすると、転倒などの危険性がある
エスカレーターを歩いたり走ったりすると、転倒などの危険性がある

 埼玉県は、「エスカレーターでは立ち止まる」ことを義務化する条例を、全国で初めて制定し、昨年10月に施行した。エスカレーターを歩いたり、走ったりすると、他の利用者とぶつかったり、体のバランスを崩して転倒・転落の危険性があるためだ。利用者の義務として、「立ち止まった状態で利用しなければならない」、管理者の義務として、「利用者に対し、立ち止まって利用すべきことを周知しなければならない」ことなどを定める。罰則はない。

 とは言っても、左側にできている長い列を横目に前に進み、空いている右側に立つのは勇気が要る。立ち止まると、後ろから舌打ちされるという話も聞く。「エスカレーターは立ち止まって2列で利用を」というアナウンスが流れると、正直ほっとする。

変わらない「おなじみの光景」

埼玉県の条例化を伝えるポスター
埼玉県の条例化を伝えるポスター

 条例施行から3か月以上たつ。変化はあるのだろうか。JR浦和駅で観察してみた。構内には条例を伝えるポスターが貼られている。電車が到着すると、下りのエスカレーターに人が集中する。相変わらず、右側を歩いて下りる人が多い。歩きスマホも目立ち、見ていてはらはらする。そのうちに、右側に向かう人が減少し、右側にはだれもいない状態に。にもかかわらず、左側には長蛇の列が続く。考えてみれば奇妙だが、おなじみの光景だ。

 1時間ほど見た限りでは、比較的混雑した状況で右側に立ち止まっていたのは、小さな子どもと手をつないだ親4人、高齢の女性1人、中年の夫婦も1組いた。多いのか、少ないのか。判断は難しい。ちなみに後続の人が、いらだっている様子はなかった。

 「本当は条例まで作ることはないと思いますが、今の状況を考えると仕方がありません。罰則もなく、県民に自主的な取り組みを求めており、評価します」

 江戸川大学名誉教授の 斗鬼(とき)正一(まさかず) さん(文化人類学)はこう話す。エスカレーターの歴史や文化の研究を続けている。

「変なことが始まったな」

 世界で初めてエスカレーターの片側空けが始まったのは、1944年頃、ロンドンの地下鉄駅とされる。その後、欧米各地やアジアに広がった。

 日本で片側空けのきっかけとなったのは、1967年頃、大阪・阪急梅田駅での呼びかけだ。右側に立ち、左側を空けるようアナウンスされた。

新御茶ノ水駅で始まった片側空けについて伝える読売新聞の記事(1989年9月2日朝刊)
新御茶ノ水駅で始まった片側空けについて伝える読売新聞の記事(1989年9月2日朝刊)

 「ただ、当時は駅にエスカレーターはほとんどありません。広がったのはこの、20~30年です」と斗鬼さん。東京の場合、1980年代末ごろ。斗鬼さんは、新橋駅と東京駅にできていた地下深くへのエスカレーターで、片側空けが自然発生的に起きたのを体験しているという。「変なことが始まったなと思いました」。地下鉄千代田線新御茶ノ水駅でも始まったという記事が、1989年の読売新聞にも掲載されている。

 背景のひとつが、「欧米のマナーを見習おう」という日本人の意識だったと考えられるという。読売新聞の記事もロンドン在住経験者の声として、「あのマナーはいい」「急ぐ人に片側を空けるのは合理的」などと記している。国際化が進む中、「外国人に見られても恥ずかしくないマナーを」という価値観が、欧米在住経験者や評論家らによって掲げられた。鉄道事業者側は、歩くことの危険も指摘しているが、片側空けの流れはとまらなかった。

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