<世界の中の日露戦争>第10回~会戦と海戦、日露の死闘

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調査研究本部主任研究員 浅海伸夫

旅順港閉塞作戦の失敗

黒木為楨
黒木為楨

 1904(明治37)年2月8日、韓国の仁川に上陸した日本陸軍の先遣部隊は、鉄道で漢城(ソウル)に進出します。第1軍(司令官・黒木為●(ためもと)(木へんに貞)大将=1844~1923年)の主力部隊も平壌(へいじょう)(ピョンヤン)近くに上陸して北進し、4月下旬には韓国と清国の国境を流れる鴨緑江(おうりょっこう)の河岸に集結しました。

 ロシア軍は攻勢に出ず、満州(現中国東北部)で日本軍を迎え撃つ態勢をとっていたため、朝鮮半島では本格的な戦闘には発展しませんでした。

 他方、日本海軍は、2月の仁川沖海戦以降、旅順港内に引きこもったロシア艦隊を封じ込める作戦(旅順港閉塞作戦)に打って出ます。港口に複数の老朽商船を侵入・自爆させて沈め、軍港をふさいで艦隊を身動きできないようにする奇策でした。

 しかし、この海上封鎖作戦は、5月にかけて計3回、敢行されましたが、いずれも失敗に終わります。

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1281209 0 「世界と日本」史 2020/06/17 05:20:00 2020/06/23 15:21:37 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/06/20200609-OYT8I50039-T.jpg?type=thumbnail

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