<世界の中の日露戦争>第14回~小村寿太郎の近代外交

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調査研究本部主任研究員 浅海伸夫

ルーズベルト米大統領に依頼

ルーズベルト大統領(1904年頃撮影、アメリカ議会図書館蔵)
ルーズベルト大統領(1904年頃撮影、アメリカ議会図書館蔵)

 1905(明治38)年5月、アメリカのルーズベルト大統領は、ニューヨーク滞在中の金子堅太郎・元司法相から日本の日本海海戦勝利を聞くと、「トラファルガーの役とても、かくまで雄偉、完全ではなかった」と語りました。(外務省編『小村外交史(上)』)

 ちょうど100年前にイギリス艦隊がスペインのトラファルガー岬の沖で、フランス・スペイン連合艦隊に圧勝、ナポレオンのイギリス本土侵攻の野望を阻んだ故事を引いて、日本の勝利を(たた)えたのです。

 日本海海戦から3日後の同月31日、小村寿太郎(こむらじゅたろう)・外相は、ルーズベルトに「日露講和の(ゆう)()斡旋(あっせん)を希望する」旨を申し入れるよう、駐米公使・高平(たかひら)小五郎(こごろう)(1854~1926年)に命じました。

 ルーズベルトは、日本が満州(現中国東北部)を戦後清国に還付すること、また満州にも門戸開放主義の原則が尊重されるべきことを求め、その受け入れを前提に日本の要請を承諾しました。(岡義武著『明治政治史(下)』)

トラファルガーの海戦(The New York Public Library蔵)
トラファルガーの海戦(The New York Public Library蔵)

 ルーズベルトは6月2日、駐米ロシア大使と会談し、講和を勧めましたが、大使は「日本は(いま)だ、ロシア領土を全く占領しておらず、講和は困難だ」と拒みます。

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1463009 0 「世界と日本」史 2020/09/09 05:20:00 2020/09/10 17:27:42 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/09/20200901-OYT8I50072-T.jpg?type=thumbnail

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