<世界の中の日露戦争>第15回~ポーツマス「談判」成立

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調査研究本部主任研究員 浅海伸夫

小村VSウィッテ

 1905(明治38)年8月10日、米ポーツマスで日露講和会議が正式に始まります。

ポーツマスで交渉のテーブルに着く日露の代表。左から3番目に小村寿太郎、右から3番目がウィッテ
ポーツマスで交渉のテーブルに着く日露の代表。左から3番目に小村寿太郎、右から3番目がウィッテ

 小村寿太郎外相は、6月30日に閣議決定された「日露講和談判全権委員に対する訓令案」に基づき、ロシア全権のウィッテに12項目の提案をしました。これを受けてロシア側は8月12日、回答書を提示し、逐条審議がスタートします。

 回答書は、日本の韓国への保護権や、ロシア軍の満州(現中国東北部)からの撤兵、遼東半島の租借権および東清鉄道南満州支線の日本への譲渡など、日本側が「絶対的に必要」としていた項目は、条件付きで受け入れていました。

 このうち、韓国の保護権については当初、「韓国皇帝の主権を認める」などの条件がついていました。小村はこれを断固認めず、ウィッテと応酬の末、「韓国の主権を侵害する措置をとるときは、韓国政府と合意の上で行う」ことを議事録に残すことで折り合いました。

 遼東半島租借権と東清鉄道の日本への譲渡では、清国の権利が問題になりました。ロシア側は、遼東租借権は清国側の同意を得なければ、日本側に譲渡することはできないと主張しました。日本側が反論した結果、「日露両国が清国の同意を得ることを互いに約束する」とし、日清交渉の余地を残しました。

 東清鉄道に関して、日本側は、ハルビンから旅順までの南満州支線すべてを要求しましたが、日本の占領地の長春から旅順までとし、付属炭鉱地を含めて譲渡されることになりました。

 また、ロシア軍は満州の全域から、日本軍はロシアの遼東租借地を除く満州からの撤兵を確認しました。

「賠償金」と「樺太」で対立

ポーツマスに到着した日本の交渉団
ポーツマスに到着した日本の交渉団

 ウィッテは現地入りすると、世論に強い影響力をもつ米紙を味方につけようと、記者たちに愛嬌(あいきょう)よく接したり、交渉内容を巧みにリークしたりします。  

 小村は「新聞操縦」のような策を弄せず、「談判」に集中しました。このため、欧米メディアは、ウィッテの巧妙なマスコミ操作に乗せられ、国際世論はロシアに傾きがちでした。

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1487107 0 「世界と日本」史 2020/09/23 05:20:00 2020/09/23 05:20:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/09/20200914-OYT8I50064-T.jpg?type=thumbnail

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