<明治から大正へ>第3回 帝国形成へ権益確保

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調査研究本部主任研究員 浅海伸夫

「桂・ハリマン協定」破棄

ハリマン(アメリカ議会図書館蔵)
ハリマン(アメリカ議会図書館蔵)

 

 アメリカ財界の有力者で鉄道王のハリマンは、1905(明治38)年8月10日、ニューヨークを出発しました。

 ハリマンは、太平洋―日本―満州(現中国東北部)―シベリア―欧州―大西洋をつなぐ世界一周の交通網創設を計画し、その一環としてロシアが満州に敷設した東清鉄道と、その支線の長春・旅順間の鉄道(南満州鉄道)を買収しようと考えていました。

 同月末に来日したハリマンは、首相の桂太郎、蔵相の曾禰(そね)荒助、元老の井上馨や財界人から大歓迎を受けます。

 ハリマンは、日本の要人に「アメリカが満州に発言権をもつことは、ロシアの復讐戦(ふくしゅうせん)を困難にする」などと説いて、南満州鉄道の経営をハリマンのシンジケートと日本側との合弁事業とするよう提案しました。

 日本国内には、満州経営について「日本の独力では困難」との見方が強く、特に井上は「一日も早く外資を入れなければならない」と主張していました。

 桂首相は、ハリマンが唱える南満州鉄道の日米共同経営案に同意し、10月12日、「桂・ハリマン予備協定覚書」を結びます。これを仮契約としたのは、外交責任者の小村寿太郎外相が渡米中で不在だったためでした。

 同月16日、帰国直後の横浜でこの報告を聞いた小村は、多くの兵士の血を流しロシアからようやく得た利権をアメリカに譲り渡すことはできないと即断し、東京へ向かう車中で協定破棄の策を練ります。

 小村には、ハリマンの競争相手であるモルガン系の会社から別途、多額の資金を導入できる見込みがあったとも言われています。(片山慶隆著『小村寿太郎』)

 さっそく小村は、桂と会談すると、言下に「南満州鉄道は清国政府の承諾を条件にロシアから日本に譲渡される」ものであり、それ以前に他者と扱いを協議することは、日露講和条約に違反すると指摘します。

 そのうえで、「南満州経営の足場を放棄するが(ごと)き計画は、条約に大不満の民心をいやがうえにも激昂(げっこう)させ、いかなる大騒擾(だいそうじょう)惹起(じゃっき)するやも測りがたい」と、仮契約を取り消すよう求めました。(外務省編『小村外交史』)

 結局、日本政府は、「桂・ハリマン協定」を破棄することを決めます。同月27日、サンフランシスコに帰国したハリマンを待っていたのは、何と「覚書中止」の通告でした。

韓国、保護国化に抵抗

 日本政府は、日露戦争で得た権益を確保するため、韓国と清国に特使を派遣します。しかし、領土を戦場とされた清国と韓国は、日露講和会議の結果に不信と不満を募らせており、交渉はいずれも難航します。

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1597903 0 「世界と日本」史 2020/11/04 05:20:00 2020/11/20 17:45:23 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/10/20201028-OYT8I50074-T.jpg?type=thumbnail

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