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<明治から大正へ>第10回~明治の終わり

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調査研究本部主任研究員 浅海伸夫

条約改正の完成

 1911(明治44)年1月18日、桂太郎首相は参内し、この日に大審院が死刑判決を下した大逆事件の顛末(てんまつ)を明治天皇に報告しました。この時、天皇は初めて事件を知り、直ちに特赦減刑を考慮するよう指示したということです。

 当時、外国の元首が暗殺される、あるいは謀殺の危機にさらされるケースは決して少なくありませんでした。

 例えば、ロシア皇帝のアレクサンドル2世は1881年、イタリア国王のウンベルト1世は1900年、ポルトガル国王カルロス1世は1908年に、それぞれ無政府主義者らに殺害されました。その頃、フランス大統領やアメリカ大統領の暗殺も相次いでいました。

 訪日中の1891年、大津で巡査に斬りつけられて負傷したロシアのニコライ皇太子(のちの皇帝ニコライ2世)を天皇が深く気遣ったことは、以前、述べました。

 今回の大逆事件は、天皇自身が日本人によって暗殺の対象になったもので、天皇が受けた衝撃の大きさは想像に難くありません。

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1880722 0 「世界と日本」史 2021/03/03 05:20:00 2021/03/03 05:20:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/02/20210224-OYT8I50052-T.jpg?type=thumbnail

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