「スターリンの野望」北海道占領を阻止した男

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北海道をめぐる米ソの駆け引き

 ソ連は1940年(昭和15年)の日ソ中立条約の締結交渉で、すでに樺太と千島列島を「回復すべき失地」と主張していたという(中山隆志『一九四五年夏 最後の日ソ戦』)。だが、8月15日の時点でヤルタ協定で得た領土の占領は終わっていなかった。

 スターリンは是が非でも、日本が降伏文書に署名する前に占領を終え、既成事実にしたかった。18日、マッカーサー連合国軍最高司令官(1880~1964)は日本の要請を受けてソ連軍に戦闘中止を求めるが、スターリンの命令を受けていたソ連軍は要請を無視した。樋口はスターリンの野望を見抜き、独断で自衛戦争を指示したのだろう。

旧ソ連の北海道占領計画をスクープした読売新聞夕刊(1990年12月25日付)
旧ソ連の北海道占領計画をスクープした読売新聞夕刊(1990年12月25日付)

 樋口の懸念はそれだけではなかった。大本営の戦闘停止命令が届いた17日、樋口は別の理由から自衛戦争を決意している。

 「私自身はソ連が更に進んで北海道本島を進攻することがないかと言う問題に当面した。私としては相当長期にこの問題に悩んでおり、一個の腹案を持った。(すなわ)ち、ソ連の行動如何によっては自衛戦闘が必要になろうということだ」(『遺稿集』)。

 この懸念は当たっていた。ロシアに残されている当時の公文書によると、スターリンは対日参戦直前に「サハリン(樺太)南部、クリル(千島)列島の解放だけでなく、北海道の北半分を占領せよ」と命じていた(1990年12月25日 読売新聞夕刊)。樋口が北海道防衛の自衛戦争を決意した前日の16日には、トルーマン米大統領(1884~1972)に書簡を送り、留萌―釧路以北の北海道を占領させろと要求した。トルーマンはこの要求を拒否するが、その後も南樺太にいた第八十七歩兵軍団に北海道上陸のための船舶の用意を指示している。

樋口とB29…終戦前から米軍と連携か

 樋口の孫で、祖父の記録を収集・研究している明治学院大学名誉教授の樋口隆一さんは、「南樺太と千島列島を短期間で占領し、前線基地として北海道になだれ込む計画だったのではないか。スターリンが欲しかったのは不凍港の釧路。記録では北半分とされているが、あわよくば北海道全島を占領しようとしたのだろう」とみている。

 隆一さんによると、ソ連が対日参戦する前の1945年7月には阿南惟幾(あなみこれちか)陸相(1887~1945)が突然札幌を訪れ、樋口と話し込んでいる。17日には米軍のB29が千歳空港に飛来したが、樋口はまったく驚かず、飛来を知っていた様子だったという。米軍機飛来はソ連の北海道侵攻計画に対する警告という見方もある。樋口が大本営を通じて、米軍と連携していたのかも知れない。

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402578 0 今につながる日本史 2019/01/27 07:00:00 2022/04/06 15:57:50 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20190125-OYT8I50032-T.jpg?type=thumbnail

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