「半沢直樹」に重なる白洲次郎の「プリンシプル」

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調査研究本部 丸山淳一

 堺雅人さん主演のTBS系日曜劇場「半沢直樹」が終了し、「半沢ロス」に陥っている人も多いのではないか。最終回の世帯平均視聴率は32.7%と、令和になって最高を記録したという。

日本航空の再建を担う専門家チーム「JAL再生タスクフォース」のメンバーと前原国交相(2009年、東京・霞が関で)
日本航空の再建を担う専門家チーム「JAL再生タスクフォース」のメンバーと前原国交相(2009年、東京・霞が関で)

吉田茂首相の「特使」として羽田空港を出発し、アメリカへ向かう白洲次郎・終戦連絡事務局参与。日本一ダンディーな男とも言われた(1950年)
吉田茂首相の「特使」として羽田空港を出発し、アメリカへ向かう白洲次郎・終戦連絡事務局参与。日本一ダンディーな男とも言われた(1950年)

 ドラマ後半で描かれた「帝国航空」の再建計画をめぐる話は、2009年に民主党の前原誠司・国土交通相が「JAL再生タスクフォース」を設置した話がモデルになっている。債権放棄額などをめぐる銀行団の反発などで再生計画は紆余曲折のあげく企業再生支援機構に引き継がれ、日航は10年1月に会社更生法の適用を申請して経営破綻した。

 私もこの問題を取材したが、経緯はドラマの展開とはだいぶ異なる。関係者が日航再建を巡って熱い議論を闘わせていたのは間違いないが、半沢直樹のような役回りをした人はいなかった。

 私が半沢と重ね合わせたのは、10年前の日航の破綻時ではなく、約70年前の日航創設時に活躍した白洲次郎(1902~85)だ。時の首相、吉田茂(1878~1967)の側近だった白洲は、日本国憲法の制定や通商産業省(現・経済産業省)の創設に深くかかわったことで知られるが、戦後の航空業界で暴れまわったことは、あまり知られていない。

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1510004 0 今につながる日本史 2020/09/30 10:00:00 2020/09/30 11:58:27 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/09/20200929-OYT8I50039-T.jpg?type=thumbnail

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