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北斎も広重も愛した藍…ジャパンブルーの意外な歴史

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浮世絵を変えたベルリン生まれの「ベロ藍」

葛飾北斎(『肖像』国立国会図書館蔵)
葛飾北斎(『肖像』国立国会図書館蔵)
歌川広重(『肖像』国立国会図書館蔵)
歌川広重(『肖像』国立国会図書館蔵)

 前述した北斎と広重も、ジャパンブルーを海外に広めるのに大きな役割を果たした。2人の青の色遣いは「ホクサイブルー」「ヒロシゲブルー」と呼ばれてフランス印象派やアール・ヌーボーの芸術家たちに鮮烈な印象を与え、「ジャポニズム」旋風の 牽引(けんいん) 役となった。

 2人は当代一の浮世絵師の座を競い、北斎は70歳を超えてから『冨嶽三十六景』を出すと、広重は、それを数で上回る『東海道五十三次』を出して、互いに庶民が好みそうな題材を描いた浮世絵を量産し続けた。流行色の藍色も競って取り入れたのも、相手を上回る評判を勝ち取りたかったからだろう。

 しかし、2人が取り入れた藍色は、実は日本産のジャパンブルーではなかった。18世紀初めにドイツ・ベルリンの塗料技師が、原料の調合を間違えて奇跡的に誕生した「ベルリン藍(ベロ藍)」という化学染料だったのだ。

世界で最も有名な浮世絵といわれる『冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏』(メトロポリタン美術館蔵)はベロ藍を駆使して描かれている
世界で最も有名な浮世絵といわれる『冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏』(メトロポリタン美術館蔵)はベロ藍を駆使して描かれている

 ベロ藍は奇跡的な誕生から約1世紀後にオランダ船で長崎に持ち込まれた。版元から入荷の連絡を受けた北斎と広重は、新色をただちに自分の絵に取り入れる。それまで浮世絵の青色に使われていた植物由来の染料は色あせが激しく、明るい青を出す鉱物由来の顔料は希少・高価で、青色は庶民向けの浮世絵には使いたくても使えなかった。だが、ベロ藍は安価で濃淡もつけやすく、風景画の浮世絵版画にうってつけだったのだ。

歌川広重『東海道五拾三次 沼津・黄昏図』(国立国会図書館蔵)も深い青が基調だ
歌川広重『東海道五拾三次 沼津・黄昏図』(国立国会図書館蔵)も深い青が基調だ

 ベロ藍を手にした北斎は、役者絵や美人画から風景画に作品の主軸を移し、国産の濃い藍も使って『冨嶽三十六景』を描いた。広重も負けじと『東海道五十三次』にベロ藍を使い、ベロ藍は浮世絵の色彩を一変させた。つまり、ジャパンブルーの浮世絵は純国産ではなく、ベルリン生まれの化学染料と国内産の伝統染料の和洋折衷で誕生したわけだ。

 その青色が「日本の色」として再び衝撃を与えたのが、約1世紀後の「ベルリンの奇跡」だった。ジャパンブルーは、ベルリンで起きた2度の奇跡によって、世界に広がったことになる。

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2126413 0 今につながる日本史 2021/06/16 10:00:00 2021/06/16 10:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210614-OYT8I50079-T.jpg?type=thumbnail

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