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「終わってみれば成功」の前回東京オリンピック…今回は?

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調査研究本部 丸山淳一

今回大会の開会式で入場行進する日本選手団
今回大会の開会式で入場行進する日本選手団
1964年の東京五輪の開会式で入場行進する日本選手団
1964年の東京五輪の開会式で入場行進する日本選手団

 コロナ禍のただなかで、東京オリンピックが開幕した。新国立競技場計画の白紙撤回、エンブレムの変更、コロナ禍による延期、開会式前日の演出担当者の解任――これだけトラブルが続いたオリンピックは過去になかっただろう。それでも菅首相は強気で、7月20日の米紙ウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューで「競技が始まり、国民がテレビで観戦すれば考えも変わる」と語ったという。ひょっとすると首相は、1964年の前回東京大会をめぐる世論の推移を研究しているのかもしれない。

 64年大会は、日本が戦災から復興したことを世界に示し、平和の祭典をアジアで初めて開くという意義があった。しかし、当初は国民の関心は低く、国民一丸となってオリンピックに夢と希望を抱き、準備を積み上げたとは言い難い。誰もが「大成功」と思ったのは「終わってみれば」だったのだ。

64年の大会前…寄り合い所帯の組織委、漂うしらけムード

 近現代史研究者・辻田真佐憲さんの近著『超空気支配社会』に、「多くの国民が無関心だった? 1964年オリンピックの真相」という評論(2016年7月)が収められている。東京大会の開催が決まった1959年5月から大会終了までの間、当時の文部省(59年~63年)とNHK(64年)は東京オリンピックに対して、継続的に都区部で世論調査を行っている。辻田さんは関心の低さを示すデータとして、開会4か月前の64年6月の調査結果(都内の1131人が回答)をあげる。

 「近頃どんなことに一番関心を持っていますか」との問いに「オリンピック」と答えたのは2.2%だけ。「一番の関心」で「社会、経済、政治」(33.0%)や「家族・友人など」(13.4%)より低くなるのは当然としても、オリンピックは「趣味」(9.4%)にも大きく水をあけられていた。さらに、47.1%が「オリンピックは結構だが、私には別になんの関係もない」、58.9%が「オリンピックを開くのにたくさんの費用をかけるくらいなら、今の日本でしなければならないことはたくさんあるはずだ」という意見に賛同している。

 こうした白けたムードは東京大会が決まった直後から続いていた。女優の高峰秀子(1924~2010)は59年9月22日付朝日新聞に寄稿したコラムで、「開催までこれから先の5年間、鬼が出るか蛇が出るか、末恐ろしくさえなってくる」「何もあわてることはない。オリンピックは10年先でも結構ではないか」と返上を求めている。コラムの題名は「アンバランス」。無理に背伸びして国力に不釣り合いなことをすべきではない、という意見はほかにも多くの有名人や識者が表明している。

組織委懇談会で辞意を表明した田畑事務総長(右)ら組織委三役
組織委懇談会で辞意を表明した田畑事務総長(右)ら組織委三役

 辻田さんは、「こうした国民のしらけムードを作った原因のひとつが、組織委員会の無責任体質だった」と分析している。組織委は当初は実務を担う官僚を中心に組織される予定だったが、政界から反発が出て難航のあげく、政府、東京都、財界、国会議員らが参加した寄り合い所帯になった。さらに62年5月にオリンピック担当相に就任した川島正次郎(1890~1970)と、組織委事務総長の田畑 政治(まさじ) (1898~1984)が対立し、10月には組織委の三役が「東京オリンピックの準備に不安・不信を抱かれた責任を取る」という理由で辞任している。

盛り上がらぬ世論について分析した1963年1月6日付読売新聞の記事
盛り上がらぬ世論について分析した1963年1月6日付読売新聞の記事
政界の寝技師といわれた川島正次郎
政界の寝技師といわれた川島正次郎

 63年1月6日付の読売新聞に掲載された「試練の年’63年 オリンピック 盛り上がらぬ世論」は、組織委の無責任体質が改まらないのは、国民の無関心にも原因がある、と指摘している。準備が遅れていても組織委に世論の圧力がないため、一部の関係者は「いまのうちはポスターでもはってお茶をにごしておいても、いよいよ(開催が)近づけば、日本人のことだからワッとくる――その方がうるさくなくてよい、と考えている」というのだ。だが、組織委の内紛を演出したのは「政界の寝業師」の異名を持つ川島だったとされており、混乱は組織委だけの責任ではない。辻田さんは5年前に書いた前掲の評論で、組織委の無責任体質を「組織的な欠陥」としたうえで、こんな“予言”をしている。

 「責任ある体制にするためには、権限を一箇所に集中しなければならない。ところが、オリンピック利権に群がる組織や人間があまりに多いため、それができないのだ。2020年大会の組織委は、構造的な欠陥をいまだ解消できていない。このままでは、64年大会のときのように、開会が近づいてふたたび問題が生じるのではないだろうか」

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2239321 0 今につながる日本史 2021/07/28 10:00:00 2021/07/28 11:28:10 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210727-OYT8I50093-T.jpg?type=thumbnail

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