遠い国の大噴火に翻弄された日本…その時、指導者たちはどう動いたか

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調査研究本部 丸山淳一

気象衛星「ひまわり」が撮影した海底火山爆発の噴煙(1月15日午後2時30分=日本時間) トゥルーカラー再現画像(気象庁ホームページよりJMA、NOAA/NESDIS、CSU/CIRA)
気象衛星「ひまわり」が撮影した海底火山爆発の噴煙(1月15日午後2時30分=日本時間) トゥルーカラー再現画像(気象庁ホームページよりJMA、NOAA/NESDIS、CSU/CIRA)

 南太平洋の島国、トンガの海底火山で1月15日、大規模な噴火があった。噴煙は上空約20キロと成層圏にまで達し、火山灰は半径250キロ~400キロにわたって広がったとみられる。噴出物の量から噴火の規模を示す「火山爆発指数」(VEI)は5か6で、世界でもこの規模の噴火は50年に1度しかない。トンガでは降灰と津波で全人口(約10万人)の8割以上が被災したという。まずはお見舞いを申し上げたい。

明治期にもあった…遠い国の大噴火で日本に被害

 噴火によるとみられる衝撃波は地球を1周し、8000キロ離れた日本にも津波が押し寄せて、養殖いかだが流されるなどの被害が出たが、遠い国の火山の大噴火が日本に被害をもたらすことは過去にもあった。明治16年(1883年)8月27日のインドネシア・クラカタウ火山の大規模噴火(VEI=6)では衝撃波が地球を4周し、鹿児島県の (こう)(つき)(がわ) には津波が押し寄せたという。この時の衝撃波は人類有史以来最大の「音」とされ、64キロ離れた洋上を航行していた英国の軍艦乗組員の半数の鼓膜が破れ、噴火音は4800キロ離れたモーリシャス領のロドリゲス島にも届いた。

1883年のクラカタウの噴火(ハーバード大学ホートン図書館蔵)
1883年のクラカタウの噴火(ハーバード大学ホートン図書館蔵)

 さらに深刻だったのは気候に与えた影響だ。噴火で排出された硫黄分は大気中の水と化合して硫酸エアロゾル(微粒子)となり、成層圏で拡散すると数年間、日傘のように地球を覆い続ける。太陽光のうち短い波長の青色の光が遮られて空は赤く染まる。ノルウェーの画家、エドヴァルド・ムンク(1863~1944)の代表作「叫び」の空が赤いのは、クラカタウ大噴火後の空を描いたからだという説がある。

ムンク「叫び」(ノルウェー国立美術館蔵)
ムンク「叫び」(ノルウェー国立美術館蔵)

 エアロゾルによって地表に届く太陽光が減れば、地球規模の寒冷化が起きる。数年間にわたって世界各地で農作物が不作になり、不作による食料不足は社会不安や戦乱の要因になる。日本もその例外ではない。世界有数の火山国である日本は、国内の火山噴火による直接的な影響だけでなく、間接的に海のかなたの火山噴火にも 翻弄(ほんろう) され続けてきた。気候と歴史の関係を研究している農林中金総合研究所客員研究員の田家康さんは『気候で読み解く日本の歴史』のなかで、古文書の記録や世界各地に残る大噴火の痕跡などから、その歴史をたどっている。


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2703551 0 今につながる日本史 2022/01/26 15:00:00 2022/02/04 14:31:08 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/01/20220124-OYT8I50098-T.jpg?type=thumbnail

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