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ラジオから流れる米国音楽、夢中になって聴いた…進駐軍とともに<上>

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編集委員 西田浩

 1945年8月14日、日本はポツダム宣言受諾を決め、翌日、天皇陛下の玉音放送が国民にそれを伝えた。第2次世界大戦は終わったのだ。連合国占領下に置かれた日本に米軍が駐留、9月12日には在日米軍関係者・家族向けのラジオ放送が始まった。戦時中、敵性音楽として規制されていた米国のポピュラー音楽が大量に流されることになった。当然だが、ラジオ受信機さえあれば、日本人も聴くことができる。これによって、多くの日本人は戦争が終わり時代が変わったことを体感したのではないだろうか。

米軍施設での演奏、ランク外からのスタート…渡辺貞夫

 当時、宇都宮に住む中学1年生だった日本を代表するサックス奏者、渡辺貞夫はその様子をこう述懐する。

 「ジャズ、ハワイアン、ラテン……。終戦とともに、進駐軍ラジオから、これまで聴いたこともなかったような華やかな音楽が流れてきました。僕はラジオにしがみつくように、聴きあさりました」

 渡辺の音楽熱は高まり、自分でも楽器を演奏したいと思うようになり、まずウクレレを手に入れ、高校に進むと、映画「ブルースの誕生」に感動し、その主人公と同じクラリネットを始めたのだった。ジャズの(とりこ)になった渡辺は以後、世界的奏者への道をひた走るのだが、実はすでに高校時代に音楽で金を稼いでいた。

ランクEと記された特別調達庁発行の渡辺貞夫の審査証=エムアンドエムスタジオ提供
ランクEと記された特別調達庁発行の渡辺貞夫の審査証=エムアンドエムスタジオ提供

 友人の父親が中心になって編成された山内楽団に加入し、高校2年の夏ごろから栃木県内の米軍施設で演奏したのだ。米軍関係の仕事をするには、特別調達庁の審査を受けなくてはならず、特AからDまでの5段階の格付けがあり、それによって出演料が決まっていた。山内楽団もジャズ評論家の野川香文による審査を受けたのだが、「うーん、評価のしようがない」と渋い顔をされ、結果的に、枠外の格付け「E」ながら、審査証を発行してもらったという。アマチュアバンドですら、比較的容易に報酬のいい進駐軍の仕事ができたのだ。当時、「楽器さえできれば食うには困らない」とさえ言われた。渡辺に進駐軍での仕事の様子を語ってもらおう。

 「週末、迎えのバスで進駐軍が将校向けの社交場として接収していた鬼怒川スパホテル(現・鬼怒川温泉ホテル)へ向かいました。ロビーに入ると、豪華な調度品の中、香水や葉巻の何とも甘い香りに鼻をくすぐられてね。まさに総天然色の米国映画の世界が広がっているのに圧倒されました。父から借りた背広を着て宴会場に入り、午後6時から深夜まで。落ち着いたディナー音楽で始まり、途中からダンス音楽に切り替えます。その後、日光金谷ホテルなどほかの施設にも通うようになりました。まだ食料難の時代ですから、ハンバーグやフライドチキンなど施設で出される豪華な食事は楽しみ。アメリカへの憧れは膨らむばかりでした」

 人事院によると1950年ごろの大学卒業者の国家公務員の初任給は5000円程度だったが、同じ時期、渡辺は一晩300~500円の収入を得ていたという。

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1822263 0 日本ジャズの断面 2021/02/08 10:00:00 2021/02/08 10:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/01/20210106-OYT8I50029-T.jpg?type=thumbnail

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