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従軍ジャズメンと大物たちの来日公演

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編集委員 西田浩

 戦後の日本ジャズ界に影響を与えた存在として、進駐軍の一員となって来日した本場・米国のジャズメンの存在を忘れるわけにはいかないだろう。1940年代の米国ではそれまで主流だった大編成のアンサンブルを主体としたスイングジャズに代わり、小編成での即興演奏を重視したビバップが隆盛となるジャズ史のターニングポイントにさしかかっていたが、その新たなスタイルを伝える役割を担った。

ジミー荒木、ジョージ仲間…流行のビバップ広める

 その一人に46年、連合国軍総司令部(GHQ)の情報将校として来日した日系2世のジミー荒木(ジェイムズ・T・アラキ)がいた。帰国後、ライオネル・ハンプトン楽団に在籍したこともあったが、日本文学研究者に転じたという経歴の主だ。進駐軍ラジオからは盛んにビバップが流れ、米軍クラブでも若い兵士から「ビバップをやれ」というリクエストがくるのだが、日本の奏者たちはそれに応えられない。そんな中、荒木は南里文雄(トランペット)や(おおの)(ただ)(おさ)(サックス)ら日本の一線級と交流を持ち、ビバップを教えた。そして彼らと「APO500」や「東京リフ」といった自作のビバップ・ナンバーを吹き込んでいる。

 また松本伸(サックス)率いるイチバン・オクテットには、進駐軍のジョージ仲間(サックス)が在籍し、米国からビバップの楽譜を取り寄せ、演奏していた。こういった流れにも触発され、40年代末には若い奏者たちが編成したグラマシー・ファイブ、CBナインといったバンドが本格的なビバップを指向するようになった。

腕利きたちが米軍クラブで最先端のジャズ演奏

軍務で来日していたビバップの名ピアニスト、ハンプトン・ホーズ
軍務で来日していたビバップの名ピアニスト、ハンプトン・ホーズ

 50年代初頭には、ハンプトン・ホーズ(ピアノ)、ハル・スタイン(サックス)といった腕利きが軍務で日本に駐留している。彼らは米軍クラブで演奏し、日本の奏者たちとも交流した。大御所・渡辺貞夫(サックス)が当時の様子をこう証言する。

 「53年夏頃、僕はジャフロというバンドを組んで、横浜のハーレムというクラブで演奏していました。ここには米軍に招集されたジャズメンたちが出入りしていて、日曜日の昼間に集まってジャム・セッションを繰り広げるわけです。本場の最先端のジャズを生で聴くことのできる貴重な場で、僕のような駆け出しがとても入っていける雰囲気じゃなかった。ただただ『すごいな』と思う一方、『いつか僕もあの域に達したい』と自分を鼓舞していましたよ」

 同じ頃、渡辺の三つ歳上で新進ピアニストとして評価を上げていた秋吉敏子は、このセッションに加わっている。ステージで奔放な演奏を繰り広げた秋吉に羨望のまなざしを送っていた渡辺は、程なく彼女とタッグを組むことになるのだが、その話は次回以降に譲ろう。

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1888984 0 日本ジャズの断面 2021/03/08 10:00:00 2021/03/08 10:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/02/20210217-OYT8I50018-T.jpg?type=thumbnail

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