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三島由紀夫へ、劇画からの熱い「返礼」

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編集委員 石田汗太

・宮谷一彦『肉弾時代』(太田出版など)

 三島由紀夫には、マンガに関する随筆が一つだけある。

宮谷一彦『完全版 肉弾時代』(1998年、太田出版)
宮谷一彦『完全版 肉弾時代』(1998年、太田出版)

 「劇画における若者論」という小文だ。「サンデー毎日」1970年2月1日号に寄稿された。この号は「劇画特集」と銘打ち、若者の間で起きた劇画ブームと、それを苦々しく感じる大人たちをルポしていた。その中で三島は、<突拍子もない教養を開拓してほしい>という見出しで、劇画・マンガ擁護の論陣を張っている。

 <いつのころからか、私は自分の小学生の娘や息子と、少年週刊誌を奪ひ合つて読むやうになつた。「もーれつア太郎」は毎号欠かしたことがなく、私は猫のニャロメと毛虫のケムンパスと奇怪な生物ベシのファンである。>

 <私だつて面白いのだから、今の若者もかういふものを面白がるのもムリはない。>

 <劇画ファンの若者の教養の不足を嘆く人たちは、自分たちが教養と信じてゐたものの、上げ底に巣()つた蛆虫(うじむし)でもつくづく眺めてみるがいいのである。>

手塚、水木には辛辣な評も

 三島は、古ぼけた啓蒙主義よりも、劇画の持つ<決して大衆社会へ巻き込まれることのない、貸本屋的な少数疎外者の鋭い荒々しい教養>に期待した。一方、売れっ子に対してはなかなか辛辣(しんらつ)で、手塚治虫と水木しげるを<図式化された浅墓(あさはか)な政治主義>に()したなどと痛烈に批判している。『カムイ伝』の白土三平も好まなかったようだ。手放しで褒めているのは赤塚不二夫だけだ。この国民的作家は、マンガ家にとって頼もしい味方であると同時に、恐ろしい読み手でもあっただろう。

 『あしたのジョー』の大ファンだった三島は、1969年の夏ごろ、映画の撮影のため「週刊少年マガジン」の最新号を買えず、翌朝まで待てずに、深夜、突然講談社の編集部を訪れて入手したという逸話もある。この「劇画における若者論」が発表されたころ、「マガジン」誌上では、ジョーと力石の死闘に決着がつこうとしていた。三島も夢中で読んでいたことだろう。

森と梶原の「悲憤」

 約10か月後の11月25日、三島は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決を遂げる。

 この衝撃は、文学者や知識人のみならず、当然マンガ家たちの間にも広がったはずだ。しかし、私の知る限り、目に見える形でこの事件に反応した作家は、あまりいない。

 数少ない例外が、石森章太郎と梶原一騎だ。事件当時、「プレイコミック」(秋田書店)で『時の狩人』を連載していた石森は、まるまる一回分を使って、ストーリーとは無関係に、新聞や雑誌に出た三島事件の「論評」を大量に引用した。そして、主人公の目に一瞬何かを光らせることで、万感の思いを表現した。石森にしかできないワザである。

 もっとストレートなのが梶原一騎だ。「冒険王」(秋田書店)に連載していた『夕やけ番長』(画・荘司としお)のラスト近く、三島自決のニュースを知った主人公・赤城忠治は男泣きし、「その魂を追っかけるぜ!」と叫ぶ。ケンカ番長の赤城が三島文学に親しんでいたはずもなく、あまりに唐突なシーンなのだが、それだけに梶原のショックと悲憤がありありと伝わってくる。

 梶原は『あしたのジョー』の原作者(高森朝雄名義)でもあったが、この時、『ジョー』についての三島の逸話を知っていたかどうか。定かではないが、その可能性は高い。

とんでもない“怪作”があった

夏目房之介編『現代マンガ選集 侠気と肉体の時代』(ちくま文庫)。『肉弾時代』の連載最終回のみ収録されている
夏目房之介編『現代マンガ選集 侠気と肉体の時代』(ちくま文庫)。『肉弾時代』の連載最終回のみ収録されている

 こう書くと申し訳ないが、私自身は三島の特段のファンというわけではない。三島事件の時は10歳で、正直ピンとこなかった。ただ、こうしたマンガを通じて、三島の「偉大さ」をうっすら感じていただけだ。

 もう一作、とんでもない“怪作”があることを知ったのは、だいぶ後のことだ。ちくま文庫オリジナルで今年9月に出た『現代マンガ選集』第5巻「侠気(おとこぎ)と肉体の時代」(夏目房之介編)に、宮谷(みやや)一彦『肉弾時代』が抄録されている。それで思い出した。1998年に太田出版から、この親本となる『完全版 肉弾時代』(QJマンガ選書13)が刊行され、かなりの衝撃を受けたことを。

 宮谷一彦を知る人はもう少ないかもしれない。学生運動が燃えさかった1960年代後半における、劇画界レジェンドの一人である。代表作は『性蝕記』『ライク ア ローリング ストーン』『人魚伝説』など。手塚治虫主宰の「COM」でデビューし、エロスと暴力に彩られた、ナイーブで難解でスタイリッシュな作風は、大友克洋らにも多大の影響を与えたと言われる。

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1618633 0 一押しマンガ 2020/11/12 10:00:00 2020/11/12 10:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/11/20201110-OYT8I50005-T.jpg?type=thumbnail

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