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「鬼マンガ」50年史<下>役小角は、鬼を正義のヒーローにした

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編集委員 石田汗太

 鶴淵(つるぶち)けんじさんが2018年から「青騎士」(現在は「ハルタ」)で連載している『峠鬼(とうげおに)』(KADOKAWA、既刊3巻)は、もっとも新しい鬼マンガの一つ。鬼のルーツと関わりの深い、古代日本の呪術師を描くファンタジーだ。

古き神々が滅びゆく時代

鶴淵けんじ『峠鬼』(KADOKAWA)。絵は現代風だが、役小角の新解釈に挑む本格ファンタジー
鶴淵けんじ『峠鬼』(KADOKAWA)。絵は現代風だが、役小角の新解釈に挑む本格ファンタジー

 <遠く昔のそのまた昔 山に神…… 峠に鬼がいるとされた頃の話……>

 世の禍福が、神様のおぼしめしと信じられていた()の国の時代。山村に住む少女・(みよ)の家の戸口に「白羽の矢」が立つ。1年後、妙が供犠(にえ)として村の氏神「切風孫命神(きっぷうそんのみことのかみ)」にささげられることが、御神籤(おみくじ)によって決まったのだった。自分が逃げれば、村にどんな(たた)りがあるかわからない。親を亡くし天涯孤独の妙は、運命を受け入れ、神事の日を待っていた。

 妙の村に、都で評判の道士がお供を2人連れて現れる。その名は(えんの)()(づの)。お供は弟子の前鬼(ぜんき)後鬼(ごき)。鬼といっても、前鬼は銀髪の少年、後鬼は仮面をつけた黒髪の女性だった。

 小角は詐欺師まがいの怪しい男だったが、後鬼は妙に語る。民の崇敬の衰えで、古き神々はかつての<御権能>を失いつつあり、人の世に益や災いをもたらす力は、すでにない。だから、自分の運命は自分で決めていいのだと。

 神事の日、小角が村はずれの(やしろ)にまじないをかけると、妙と小角らは切風孫命神の神殿にいた。氏神は巨大な多頭の蛇だった。妙は神器「環蛇(かんだ)の鏡」をくぐって時を渡る不思議な体験をする。仮面を外した後鬼は未来の自分だった。後鬼はどこかに去り、妙は小角の新しい弟子として、滅びゆく神々を巡礼する旅に出る。

神話化された修験道の開祖

 修験道の祖、役行者(えんのぎょうじゃ)こと役小角は、修験道界では西暦2000年が「没後1300年」だったそうだ。諸説あるが7~8世紀の人らしい。歴史書では「続日本紀(しょくにほんぎ)」に数行出てくる。文武天皇3年(699年)、葛木山(葛城山)に住む役小角が妖言で人々を惑わしたと、弟子の韓国連広足(からくにのむらじひろたり)が朝廷に讒言(ざんげん)し、小角は伊豆島(伊豆大島)に流罪になった。人々の(うわさ)では、小角は鬼神を(じゅ)で縛り付け、水汲みやマキ拾いをさせていたという。

 公的な記録はこれだけだ。しかしその後、9世紀の仏教説話集「日本霊異記(にほんりょういき)」や室町時代に成立した「役行者本記(えんのぎょうじゃほんぎ)」などによって、様々な神話的エピソードが付け加えられ、日本古来の山岳信仰「修験道」の開祖に祭り上げられていった。以上は、(みや)()(ひとし)『役行者と修験道の歴史』(吉川弘文館)による。

岡野玲子・夢枕獏『陰陽師』(白泉社)。平安時代の空気を現代によみがえらせた傑作。鬼マンガとしても比肩するものなし
岡野玲子・夢枕獏『陰陽師』(白泉社)。平安時代の空気を現代によみがえらせた傑作。鬼マンガとしても比肩するものなし

 ここで、岡野玲子さんの『陰陽師(おんみょうじ)』(原作・夢枕(ばく)、1993~2005年「月刊メロディ」など、全13巻、白泉社)も、鬼マンガの系譜に加えておこう。日本の呪術師といえば、酒呑(しゅてん)童子事件にも顔を出す安倍晴明(あべのせいめい)の方が有名だろうが、役小角は300年前の大先輩にあたる。

 小角の読み方にも諸説ある。『峠鬼』ではオヅノと読ませているが、宮家さんの本ではオヅヌで、(ぜに)(たに)()(へい)『役行者伝の謎』(東方出版)によるとオスミ、コスミと読ませる例もあるという。銭谷さんはオヅミ説を主張している。

 小角の頭には小さなツノがあったともいい、当人もかなり鬼っぽいのだが、鬼マンガ的に重要なのは、従者である前鬼・後鬼の存在だろう。「続日本紀」では鬼神としか書いていないが、後代の伝説では、小角が捕らえて使役したのは生駒山の2匹の鬼、それも赤鬼と青鬼ということになっている。

鬼は白馬のナイト、小角はお姫さま

 役小角と前鬼・後鬼を初めてマンガに登場させたのは、私の知る限り、またしても永井豪さんだ。

 1976年に「週刊少年マガジン」に連載された『手天童子』の前に、「月刊プリンセス」(秋田書店)に掲載されたプロトタイプの読み切り版(75年)がある。最初は少女マンガだったのだ。初出時タイトルは『手天童子』だったが、その後『邪神戦記』と改題された。

永井豪SF怪奇傑作選『邪神戦記』(講談社)。巻末の「天女カラス」は初収録の未発表作
永井豪SF怪奇傑作選『邪神戦記』(講談社)。巻末の「天女カラス」は初収録の未発表作

 女子中学生・小角(おずみ)ゆうのクラスに(しゅ)(てん)(どう)()(ろう)という謎めいた美少年が転校してくる。ゆうは担任教師が校内で殺されるのを目撃するが、死体は消えていた。ゆうは役小角(えんのおづぬ)の直系の子孫で、学校は小角の呪縛を解いた古代の邪神に支配されていた。ゆうの危機に子郎が現れる。彼の正体は役小角を守る前鬼だった。

 中学生だった私は、この作品を読むまで、役小角なんて聞いたこともなかった。ただ、前鬼という、ナイトのように「かっこいい鬼」がいて、ヒロインを守るという設定は、非常に強く印象に残ったのである。

鬼の変身ヒーローも登場

 マガジン版『手天童子』では、少年マンガらしく、小角ゆうのポジションが子郎に変わり、子郎を守る戦鬼(前鬼)と護鬼(後鬼)が登場する。役小角伝説の要素を加えることで、「正義の鬼」という設定を可能にしたのが永井さんの大発明だ。水戸黄門と助さん・格さん、あるいは三蔵法師と孫悟空のような関係と言えるだろう。

谷菊秀・黒岩よしひろ『鬼神童子ZENKI』(集英社)。1995年にテレビアニメ化されている 
谷菊秀・黒岩よしひろ『鬼神童子ZENKI』(集英社)。1995年にテレビアニメ化されている 

 これを発展させた王道ヒーローものが『鬼神童子ZENKI(ゼンキ)』(原作・谷菊秀、漫画・黒岩よしひろ、1992~96年「月刊少年ジャンプ」、全12巻)だ。役小角の子孫・役小明(えんのちあき)がドジっ()の新米呪術師で、前鬼がヤンチャな暴れん坊というところが、いかにも90年代ジャンプ風。鬼がモチーフの変身ヒーローでは、平成ライダーシリーズで異彩を放つ『仮面ライダー響鬼(ヒビキ)』(2005~2006年)の秀逸なデザインも忘れがたい。

後鬼は、本当は女の子だった?

 さて、『峠鬼』で、前鬼と後鬼はどう描かれているか。

 前鬼の(ぜん)は、飢餓地獄で人を()ってしまったが故に、鬼になった少年。普段は小角がつけた首のタガで封印しているが、タガを外すと巨大なツノが現れて凶暴化する。善が小角の弟子になったのは、古代の神の力で、鬼から人間に戻してもらうためだ。

 一方、後鬼となる妙は、まったく普通の女の子。『手天童子』でも『ZENKI』でも、後鬼は男性だったので、斬新だなあ……と思っていたが、「役行者本記」などでは、前鬼と後鬼は夫婦鬼になっていることを、資料を読んで初めて知った。現存する後鬼の木像も、前鬼に比べて優しい印象。後鬼が女性の方が本来の伝説に近いのだ。2匹の鬼を善童子、妙童子とも呼ぶそうだから、善と妙の名は、ここから取ったのかもしれない。

 山に()む異人や、朝廷にまつろわぬ先住民が、鬼に擬せられたことは前回も書いた。葛城山や生駒山には「土蜘蛛(つちぐも)」と呼ばれる土着の民がいて、朝廷に反逆したと伝えられる。そこで修行した小角は、音がカミに通じる賀茂(かも)氏の一族というから、鬼とも縁が深い。ちなみに、安倍晴明の師は、当時陰陽師の第一人者だった賀茂忠行である。

 前回紹介した星野之宣さんの『宗像教授』シリーズでは、鬼伝説と製鉄文化との関係が考察されている。鍛冶や製鉄に必要なのは火力であり、それをおこす炭であったはずだ。銭谷さんの本でも、小角をオスミと読む可能性を、そこに求めている。

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1865056 0 一押しマンガ 2021/02/25 10:00:00 2021/02/25 10:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/02/20210224-OYT8I50004-T.jpg?type=thumbnail

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