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私の親友は、イシグロさん家の「クララ」と池辺さん家の「和音」です

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編集委員 石田汗太

・池辺葵『私にできるすべてのこと』(文芸春秋)

 最初に言ってしまうが、本作はかなり評価が分かれる作品だと思う。池辺葵さんのファンでも、「何が面白いのかわからない」と言う人がいるかもしれない。白状すると、私もなかなか物語に入りこめなかった。

池辺葵『私にできるすべてのこと』(文芸春秋)。とにかくゆっくり読むことをお薦めしたい
池辺葵『私にできるすべてのこと』(文芸春秋)。とにかくゆっくり読むことをお薦めしたい

 その原因の一つは、おそらく帯のコピーにある。

 <AIが人の仕事を奪うだなんて 誰が言ったのだろう/『プリンセスメゾン』の池辺葵、SFへの挑戦!>

 編集者も苦労して書いたに違いない。内容はまったくこの通り。だが、この帯を見て「ああ、AIが人間を脅かすSFなんだな。映画の『AI崩壊』みたいなやつか」などと思って読み始めると、あれれ?となると思う。事件らしい事件は、最初から最後まで、なにも起こらないからだ。

 主人公は、確かにAIロボットだ。だが、人間と人間でないキャラクターは、見た目、まったく区別がつかない。セリフを読んでも、ほとんど区別がつかない。そこが、本作の最もすごいところなのだが。

人間とAIが交ざって暮らす町

 東京郊外と思われる静かな町。()(オン)というおかっぱの少女が、占い師の()()おばさんの喫茶店で住み込みバイトをしている。和音の日課は、その日観察した出来事を、田岡という男に手紙で報告すること。田岡は、同じ町の通販アパレル会社「グリース」で、お客様対応部門の課長をしている。一見ぽけっとしているが有能で、電話オペレーターたちの評価も高い。

 和音も田岡も、見かけは人間そっくりだが、実はロボットAIだ。この町では、なぜか人間とAIが、ほとんどお互いを意識せずに、交じり合って暮らしている。

 田岡は以前、どこかの大会社の社長秘書で、和音の前身は「監視カメラ」だったらしい。穏やかな日常を送る和音には、報告すべき特別なことは何もない。和音は、田岡への手紙にこう書く。

 <彼らは 怒ったり 笑ったり 泣いたりしながら あいかわらず発光しつづけている>

女性マンガを変えた『プリンセスメゾン』

 池辺さんが、AIをテーマにすること自体、驚きではある。

 その名を広く知らしめた『プリンセスメゾン』(2014~18年、小学館、全6巻)は、独り暮らしの若い女性が、自分の理想の物件を求めて、不動産業者のスタッフと東京中を歩き回るという、ただそれだけのミニマルな物語。都会で生活する「おひとりさま」の孤独と覚悟を、前向きに、肯定的に描いて広く共感を呼び、NHKでテレビドラマにもなった。以後の女性マンガの流れを変えた、静かな傑作だ。

 『私にできるすべてのこと』は、「週刊文春WOMAN」に2019~20年に連載された。最先端のAIをテーマにしても、まったく派手な展開にならないのは、さすが池辺さんだ。

 ……などと、妙に感心している場合ではない。これほど未読の人に紹介しにくい作品もない。さて、どうしたものか。

カズオ・イシグロとの「きょうだい関係」

カズオ・イシグロ『クララとお日さま』(早川書房)。小学生でも読める内容。それでいて苦く深いのはさすが
カズオ・イシグロ『クララとお日さま』(早川書房)。小学生でも読める内容。それでいて苦く深いのはさすが

 そう悩んでいたら、意外なところに突破口があった。

 本書が出たのは3月だが、ほぼ同時に、きょうだいのような小説が出ているのに気がついた。カズオ・イシグロの『クララとお日さま』(土屋政雄訳、早川書房)である。こちらの主人公は、人工親友(AF)と呼ばれるクララ。「少女・AI・ロボット」というモチーフが、実によく似ているのだ。

 念のために言うと、池辺作品の方が、書き下ろしのイシグロ作品より世に出たのは早い。相互影響の可能性はゼロで、偶然のシンクロニシティーみたいなものだ。

 それにしても、和音とクララには共通点が多い。ともに太陽の光をエネルギー源とし、知的で、つつましやかで、自分の仕事に忠実で、<観察と学習への意欲>が飛び抜けて高い。

 ひたすら観察する和音には、人間たちが自然に発する光が見える。クララは、寄り添う人間の少女ジョジーの動作を観察して、トレースすることができる。人間の心を習得できるかと問われて、「AFがその気になって、時間が与えられれば、部屋の一つ一つを調べて歩き、やがてそこを自分の家のようにできると思います」と答える。

 この2作が、きょうだいのように見える一番の理由は、ともに「AIという傍観者の視点から人間を見つめた物語」であることだ。「機械に心はあるのか否か」という昔ながらの議論は、両作では軽々と飛び越えられている。

 そこにあるのは、親しい友だちに、自分をわかってもらえたような、ホッとする気持ちだ。決して「人間が機械に取って代わられる恐怖」などではない。

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2017480 0 一押しマンガ 2021/04/29 10:00:00 2021/04/29 10:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/04/20210427-OYT8I50021-T.jpg?type=thumbnail

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