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今年はコロナ禍で世の中の空気が重苦しいこともあって、周年や就任披露などの記念公演は華々しく行われていません。演劇界の異才・松尾スズキさんが東京・渋谷のシアターコクーンの芸術監督就任後に初めて作・演出した新作ミュージカル「フリムンシスターズ」もご多分にもれず、10月24日に静かに開幕しました。そこで、今回は松尾スズキさんにスポットライトを当てます。
シアターコクーンは、東急の経営する文化施設Bunkamuraの中にあります。1989年開場で、初代芸術監督は串田和美さん、2代目は蜷川幸雄さんが務めました。昨年、新監督は松尾さんだという発表を聞いて不安になりました。主宰する劇団「大人計画」などで作ってきたのは、人間の残虐さや暴力、下ネタなどタブーとされる題材をコミカルに描く作品ばかり。果たして洗練されたBunkamuraに合うのだろうかと。
就任記者会見で「謝罪」

そんな懸念を逆手にとって、松尾さんは、ショーアップした就任記念記者会見を開きました。バンドや三味線の生演奏があって、司会は劇団の下ネタを担う皆川猿時さん。冒頭に「あってはならない役職につくことを、本人に成り代わりまして深くお
最後に松尾さんが大真面目に抱負を語りました。「演劇を動かす力には二つある。一つは芸術的な面、もう一つは客商売。そこを行き来するには、ある種の不真面目さが必要。不真面目な色気のある劇場にしていきたいと思います」「世の中が窮屈になっている時代、劇場ぐらいは倫理や道徳から解放された空間であってもいいのでは」と。
要は自由な創作の場にしたいということでしょう。近年、演劇界では公共劇場が制作力を上げていますが、民間劇場の芸術監督のほうがしがらみが少なく、自由度は高いのかもしれません。会見場から出ると、不安は消え、何か面白いことをしてくれるのではとワクワクしてきました。
出演者のコロナ感染で暗雲
しかし、「フリムンシスターズ」はすんなり開幕できませんでした。10月7日に主要キャストの阿部サダヲさんの新型コロナウイルス感染が分かったのです。ミュージカルは歌、踊りなど多くの稽古を要するため、これは大打撃。「公演中止では」と臆測が流れました。ただ、13日にキャスト、スタッフ全員がPCR検査で陰性と確認されたために稽古が再開。そして、初日から5日前の19日、予定通り開催と発表されたのです。
この間の関係者の心労はいかばかりか。私が観劇した31日、知り合いのスタッフは疲れた表情でこう語りました。「一人でも感染者が出たら中止ですから。無事、公演が終わって感染者が出てないことが分かった時に、初めてホッとできるんですよ」。お疲れ様です。12月6日の大阪公演の千秋楽まで、気苦労は続くのでしょう。
ちょっとだけ不道徳

さて、「フリムンシスターズ」、最初の場面は、新宿2丁目の上空に浮かぶという劇場テアトル・ド・モモ。皆川さん演じる派手な服装のゲイのオーナー・信長の語りで始まります。「劇場が好きよ。ショーをやったり、夢のような物語や、夢じゃないような物語をお芝居にしたり、ちょっとだけ不道徳なことをしたり」。松尾さんのコクーンへの思いを代弁しているのでしょう。
主人公は、沖縄出身のコンビニ店員のちひろ(長澤まさみさん)、10年ぶりの舞台に再起を期する落ち目の大物女優のみつ子(秋山菜津子さん)、みつ子の世話を焼くゲイのヒデヨシ(阿部さん)。