8月に「最後の舞台」 ジャーナリスト岸恵子さんが語りたいこと

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編集委員 祐成秀樹

 この夏、女優で作家の岸恵子さんが熱い。今でも、1954年の映画「君の名は」の真知子役で語られがちですが、エッセイストやジャーナリストとしても素晴らしい業績を持っています。御年89歳。「最後の舞台になる」という8月12日横浜、30日に東京・新宿で開くトークショーでは、国内外での多彩な体験談はもちろん、ウクライナ危機についても深い洞察が聞けそうです。そこで、今回は、ジャーナリストとしての岸恵子さんにスポットライトを当てます。

ウクライナ人もロシア人も知っています

岸恵子さん
岸恵子さん

 5月に開かれたスペシャルトークショー「いまを生きる」の合同取材会で、久々に岸さんは報道陣の前に登場しました。最初はカメラを前に「私、こういうのって得意じゃないから」と戸惑いがちでしたが、語るうちに熱を帯びます。

 「私が映画界で活躍していたころと、時代が変わった。コロナがはやり、プーチンさんが無謀な戦いをしている」「ウクライナ人って強いと思います。国に対する愛がある。あそこまで乱暴されながら戦えるとは。ゼレンスキー大統領を最初に小ばかにした人もいましたが、素晴らしいじゃないですか」「私はロシア人も良く知っています。フルシチョフさんに招かれ、夫と共にソビエトの各地を回りました。その時、スラブ民族の明るさ、ユーモア、やさしさ、素朴さを見ました。そんな人たちが、なんだか分からないのに、戦いに駆り出されて死んでいくのはものすごくむなしい」――。

フルシチョフからの招待

 ソ連の最高指導者だったフルシチョフさんとのエピソードは、主演し、1961年に公開された映画「スパイ・ゾルゲ 真珠湾前夜」に関わるもの。ゾルゲとは、太平洋戦争前に日本で暗躍したソ連のスパイ。日経新聞の「私の履歴書」によると、岸さんは彼の資料を読んで「自分なりの思想と手法で世界を良くしようと夢想した」と、その人間性に魅力を感じ、映画化を企画しました。監督は、夫だったイブ・シャンピさん。公開されると欧州でも評判を呼び、モスクワ映画祭への出品を目指しますが、ソ連の高官の反対で果たせませんでした。しかし、感動したフルシチョフさんの後押しでソ連での公開が実現し、夫婦で招待されたのです。

 その頃から、すごい行動力です。岸さんは24歳で結婚のために渡仏してから、パリと日本を往復しながら、時代と世界を鋭く見つめ続けていたのです。

衛星放送キャスター 紛争地域を巡る

 昨年、刊行された「岸惠子自伝」(岩波書店)の略年譜から、その分野での事績を抜き出してみます。68年、パリで「五月革命」、チェコスロバキアでプラハ侵攻が始まり、双方の現場に立つ。83年、エッセー集「巴里の空はあかね雲」を刊行。84年4月、イランの元将軍暗殺事件に興味を持ち、単身イランへ。11月、イランを再訪し現地を取材。85年、「大河ナイル6700キロ」(テレビ朝日)のリポーターとして、アフリカ取材。86年、「砂の (くに) へ」を刊行。87年、NHK衛星放送「ウィークエンド・パリ」キャスターに就任。88年、イスラエル取材を決行。93年、「ベラルーシの林檎」を刊行――。

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3145796 0 スポットライト 2022/07/07 10:00:00 2022/07/08 12:02:43 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/07/20220705-OYT8I50031-T.jpg?type=thumbnail

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